零下の炎 ②
「ゴルドロス、向こうの様子はどうですか!?」
襲い掛かるトカゲたちを斬り捨て、一般人たちの退路を切り開く。
ある意味今回は今までのどの魔物より厄介かもしれない、いつかのネズミと同等以上の物量、それが明確な脅威になって人を襲う。
パニオットといい最近はこんな相手ばかりだ、物量で押すのが流行っているのか?
「外に出て来たヨ、オオトカゲと交戦! チャンスかもネ、大ボスを潰せばこいつらも全部消えるかもしれないヨ!」
「ほ、本当か! それならば我々も盟友に加勢……」
「駄目、私達は露払い担当よ。 大ボスは箒に任せるべきでしょ」
加勢しようとするシルヴァを暁が遮る、その背後にはハチ型の爆弾が数体待機していた。
トカゲたちを爆殺しながらもこちらをけん制する視線を向ける、一体何のつもりなのだろうか。
「良く知らないけどあいつはあいつなりに因縁があるのよ、だったら本人が片付けるべきでしょ」
「因縁? そんな事を言っている場合ですか、ただでさえ今の彼女はイレギュラーな変身をしているんです、何かあったらその時は……」
「その時はその時よ。 おばあちゃんも言っていたわ、“女の喧嘩を邪魔する奴はハチに刺されて死んでしまえ”ってね!」
「サムライガール、言い争うより目の前の雑魚片付けてから合流した方が早いヨ!」
「ああ、もう……どうやらその様ですね!!」
――――――――…………
――――……
――…
《……マスター、どうやら向こうも大変なようです。 救援は残念ながら期待できない状況かと》
「ああ、どうやらそうみたいだな」
トカゲと相対している間にも胸元に仕舞ったスマホからは騒がしい会話が聞こえてくる。
暁のやつめ、その心遣いはありがた半分迷惑半分ってところだ。
ともかくお礼参りには集中できるが、窮地に陥った時の幸運は期待しない方が良い。
≪グゲオォ!!≫
「っと、まあ無策で出ては来ねえか」
するともごもごと口内で何かを備えた後、カメレオンのように長い舌を俺に向けて射出する。
伸ばされた舌は粘性の高い唾液にまみれており、射線上に置いた箒を絡みとって奪っていった。
ゴムで出来た箒を巻き取り、トカゲは数回咀嚼してからごくりと飲み込む……腹がおかしくはならないんだろうな、魔物だから。
「舌自体も威力があるな、石帚なら砕かれた」
《まともに喰らったらそのままゴックンといかれますよ、その時は私だけは逃がしてくださいね》
「ははは、抜かせ!」
冗談を吐く余裕がある相棒はさておき、もう一度今の攻撃が飛んでくる前に距離を詰める。
幸いもごもごとガムを噛むような予備動作は分かり易い、飛んでくると分かっていれば今の俺でも回避は十分可能だ。
≪ぐ、グゲッ!≫
こちらの突貫にトカゲも焦ったのか、慌てて俺へ向けて舌を飛ばしてくる。
だが直線的なその攻撃はタイミングを合わせれば最小限の動きで躱せる、かがんだ俺の頭上を突き抜けるトカゲの舌は紙一重で空振った。
「俺一人だけなら問題ないが……万が一母さんたちに矛先が向いても面倒だ」
完全に伸び切ったその瞬間が大きな隙だ、首から外したマフラーをトカゲの舌に巻き付ける。
このままマフラーで舌を締め上げても切断するのは難しいだろう、だがそんな時こそ魔法の力。
「――――変われ!」
マフラーを舌に強く絡めたまま、箒へと変換する。
そして舌に巻き付いた布地が真っ直ぐな柄を持つ箒へ姿を変えるその途中、変形に巻き込まれた舌はバツンと歯切れのよい音を立てて千切れ飛んだ。
≪グギャ――――≫
「そんでもって……オラァ!!!」
舌を切断された激痛に叫び声を上げようとするトカゲの顎をカチあげた箒でぶっ叩く。
マフラーの次は無理矢理閉じさせられた自分の顎で舌を切断することになったトカゲは、もはや声にならない悲鳴を上げて悶えた。
《うひー、対人戦じゃ使えない技ですね!》
「使うかバカ! 今のうちに決めるぞ、ハク……」
いつものようにスマホを呼び出そうとして、気づく。
そう言えばいつも大技の発動はハクに任せていたが、今の姿は彼女を経由していない独立した変身状態だ。
はて、この状態で同じようにアプリをタップしても技は発動するのだろうか。
《マスター、先に言っておきますと無理ですよ。 いつもは私がブルームスターの魔力を管理・制御していますが現在は錠剤の力で変身しています、私とのリンクがないんです》
「つまり?」
《……気合いで炎出してください!》
「できるか! おうわっ!?」
モタモタしている間にトカゲが器用に前足を振りかぶり、力任せに振り下ろす。
咄嗟に箒で受け止めるが、体重を思い切り乗せた一撃は受け止める腕から足まで響き、足元のコンクリに激しい亀裂を作り出す。
「にゃろ……! 漫才してる場合じゃなかったな! ハク、いつもどうやって炎とか出してんだ!?」
《んー、それ私的には“呼吸ってどうやるの?”って聞かれてるようなもんですねー! えー、まず丹田に力を込めて……》
「丹田ってどこォ!?」
《あーそこからですかー! おへその少し下の辺りです!》
≪グギャー!!≫
相も変わらず漫才を続けると、好機を得たトカゲからの激しいツッコミが繰り返される。
両前足を連続で振り降ろす駄々っ子パンチだが、パワーの落ちている今の姿だと受けるだけでも結構きつい。
いつものように蹴りか羽箒でも使えれば打開も楽だが……とりあえず言われた通りへその下に意識して力を込めると、体の内側から冷たい力が湧き上がって来ることを感じる。
「ふん……ぎぃ……! いい加減に、しろぉ!!」
両手が振り上がった僅かな隙を見つけ、大上段で振りかぶった箒をトカゲの鼻っ柱へと振り下ろす。
面食らったトカゲが立ち上がった格好のまま、よたよたと数歩後退。
その間にもへその下から湧き上がる力は段々と強まり、俺の左足へと収束していく。
≪グギ……ギィ、グゲエエエエエエエエエエ!!!≫
一方的に攻撃できなくなった状況に憤慨したのか、舌っ足らずな鳴き声を上げてトカゲは勢いよく突進。
策も何もない、本当に頭に血が上っただけの突進だ。 いっそ尻尾を巻いて逃げ出した方がまだ生き残る目はあっただろう。
《マスター、いい感じですよ! そのまま蹴り飛ばしちゃってください!》
「ああ――――あばよ、トカゲ野郎!」
タイミングを合わせた俺の回し蹴りが衝突した瞬間、足先に込められた冷気の力が一気に開放され、トカゲの身体はあっという間に凍り付いた。
次いで、蹴りの衝撃により音を立てて粉砕。 その場に魔石を1つ落として途端に塵へと変わる。
親の消滅に合わせ、遠くの方に見える子トカゲたちも次々と消滅していくのが見えた。