例え忘れられたとしても ⑩
「――――馬鹿野郎!!」
実の親に対するものとは思えない言葉を吐き捨て、背後を振り返る。
再会なんて望んでいなかった、もう顔なんて見せる気はなかったんだ。
忘れたならそれでいい、だからアンタは何も気にせず生きてくれればよかったんだよ――――母さん。
「来るな、あんたらだって狙われてんだ!!」
「大丈夫よ、私があなたを守るから!」
「ゆ、夕さん! 駄目だ、危険すぎる!」
《マスター、あの人こっち突っ込んできますよ!?》
父さんの制止を振り切り、母さんは消火器を担いでトカゲの群れに突っ込む。
この数の魔物に鈍器1つで挑むなんて無謀が過ぎる、しかしあまりに突拍子もない行動にトカゲたちも面食らったのか、ぽかんと口を開けて硬直していた。
「っ……この!」
別に信用しちゃいないがこれが神様って奴のお目こぼしなら乗らない手はない。
雁首揃えたトカゲの頭上を飛び越え、一息で母さんの下に駆け付ける。
「なにやってんだ! あんた等だけでも逃げなきゃ俺が時間を稼いでる意味ないだろ!!」
「だけどあなただけを置いて逃げられないわ!」
「もういい! 父さん、早くこの人を連れて逃げてくれ!!」
「え……あ、ああ!」
追いついた父さんに無理矢理母さんを押し付け、再びトカゲたちへと向き直る。
突然の乱入に思考が止まっていたようだが、エサが三人纏めて逃げるのを黙って見ていられるはずもない。
≪……ぐ、グギョオオオオオ!!!≫
再起動した親の一声により、弾かれたようにトカゲたちが襲って来きた。
噛みつかれでもすれば容易く肉を持って行く咬合力、爪の一裂きだけでも十分致命傷だ。
それが数えきれないほどの数になって飛び掛かる、火事場の馬鹿力で母さんが落とした消火器を拾い上げ、大口を開けた子トカゲの口に叩きこむ。
≪グギョッ!?≫
「伏せろ!!」
メシャリと発泡スチロールのように噛み潰された消火器が内圧に負け、爆音を響かせて破裂する。
耳が痛いほどの爆風と共に消火器の中身がまき散らされ、辺り一面は薄桃色に染め上げられて互いの姿を見失った。
「っ~~~~……!! ゲホッ、大丈夫か2人とも……!?」
「あ、ああ……なんとか」
「あらあら、また助けられちゃった」
耳をやられたせいで音が遠いがケガはないらしい、何よりだ。
飛び掛かってきたトカゲたちも今の爆風で吹き飛ばされ、粉まみれになってこちらを見失っている。 逃げるなら今のうちだ。
しかし立ち上がろうと足に力を込めた矢先、額からどろりと赤い液体がしたたり落ちる。
《マスター、血が!》
「ああ、さっきの爆発……でっ!?」
突然、母さんに首根っこを掴まれて後ろに引っ張り倒される。
何をするんだといい掛けた口を閉じさせたのは、俺の鼻先を掠めたトカゲの爪だった。
「あ、ぶ……!」
「い、今のうちに逃げよう! 夕さん、その子を!」
「うん、秀ちゃんお願い!」
「ちょ、何やってんだ!?」
流石夫婦、息の合ったコンビネーションで俺の身柄を受け渡し、そのまま踵を返してトカゲから逃げ始める。
だがトカゲも立ち込める煙を突破し、猛然と俺たちの後を追って来る。
……いや、奴らの視線は母さんたちを追っていない。 親子ともどもその視線は血を流す俺へと向けられている。
「血だ、あいつら俺の血の匂いを追ってきてんだ! 降ろせ、巻き込まれるぞ!!」
「お、恩人を見捨てる訳にはいかないだろ! 任せてくれ、こう見えても昔はスポーツマンだったんだぞ……!」
「ひ、秀ちゃん……」
前を走っていた母さんが突然足を止め、前方に人差し指を向ける。
差し向けられた廊下の先からは、後方と同じように大量のトカゲたちがこちらに向けて走り寄って来るではないか。
「……だから言ったろ、俺が流した血に集まってんだ。 後ろから追ってきてる奴らが全部じゃあるまいしこうやって挟まれる」
《に、逃げ場なくないですかこれ!? どうしますマスター!?》
「俺を降ろせ、あいつらの狙いが俺なら2人は逃げられるかもしれない」
「駄目……駄目よ。 可愛い子供を見捨てられるわけないじゃない」
「…………いい加減にしてくれよ、俺はあんたたちの子どもなんかじゃない! 3人纏めてトカゲの餌になるのと、ちょっとでも生き残る可能性あるのはどっちがマシだ!?」
「全員一緒に逃げるのが一番に決まってるでしょう!!」
「ゆ、夕さん……?」
激昂する俺の言葉に、母さんはそれでもなお首を縦に振らない。
目じりをきつく吊り上げ、真っ直ぐに俺を見つめ返す瞳は先程までのどこか遠くを見つめていた虚ろな物じゃない。
いつの日にかの記憶にある……俺が知っている母さんの目だ。
「ごめんなさい、私はあなたに酷いことをしたの。 許してもらえるはずなんてないのに、ずっとあなたに謝りたかった」
「……誰の、話をしてんだよ……」
「二度も我が子を失いたくないの、だからお願い……」
「ふ、二人とも……来るぞ!」
時間として10秒もない親子の話は、あっという間に距離を詰めたトカゲたちによって断たれる。
今度は消火器も何もない、二度目の奇跡はありえない。 それを分かっての事か、トカゲたちの動きにもためらいはなく一斉に飛び掛かる。
「……あなた達に酷い事をした分、今度は私達が守るから……! 親より先に死なないで!」
「っ―――――」
トカゲたちからかばうように、父さんと母さんが俺の身体を抱きしめる。
そんな事をしても無駄だ、寿命が数秒伸びるだけでほとんど意味がない。
覚えているはずがない、分かるはずもない、それでもこの人たちは俺を―――――
『――――無駄じゃなかった。 良く時間を稼いでくれたわ、箒』
まず一番初めに飛びついた子トカゲが母さんの背中に食らい――――つこうとした瞬間、廊下の窓を突き破って飛来した何かに射抜かれ、反対側の壁まで吹き飛ばされた。
眼孔が貫通した子トカゲはそのまま絶命したのか、一瞬で塵に還る。 魔物を殺す一撃……つまり、魔法少女による攻撃だ
『ヒットォ! 箒、無事カナ!?』
「ご、ゴルドロス!?」
スマホから聞こえて来たのはゴルドロスの歓喜の声だ。
続いてシルヴァやラピリスのわちゃわちゃとした声と、断続的な戦闘音も聞こえてくる。
『やっぱさっきの消火器っぽい爆発は箒の仕業だネ、お蔭で大まかな位置は分かったヨ。 こっちは今向かいのビルの屋上!』
言われて視線を向けると、一瞬だがキラリと光が反射する何かが見えた。
それに病院の中で手いっぱいだったが、改めて見ると周囲の建物にも結構な数のトカゲたちがへばりついている。
『こっちも子トカゲ退治で余裕がない、援護が精いっぱいだヨ! だから……』
『だからアタシの力を分けるわ、箒! 遠慮せず使いなさい!』
「その声、暁か? 力って……おわっ!?」
続いて先の一撃でこちらを警戒し始めたトカゲの群れを薙ぎ払い、床を突き破ってクワガタ爆弾が顔を出す。
そのまま俺の手の中に飛び込んできたクワガタのあごには、錠剤を数粒収めたガラスの小瓶が挟まれていた。
「これは……」
『ちょ、何する気ですか!?』
『黙ってなさいサムライ優等生! 良いかしら、箒? さっきも言ったけどこっちも誤射が怖くて援護ぐらいしかできないわ、だからあんたが戦いなさい!』
一瞬の躊躇、しかしそんな暇は状況が許してくれない。
すぐにビンの蓋をむしり取り、中の錠剤を一粒取り出す。
《ちょ、マスター!? まさか……》
「悪い、腹くくってくれ。 これしか方法が無いんだろ……だったらやってやるよ!」
これが俺一人だったらまだ迷っていたかもしれない、だが後ろには家族がいる。
手元には戦う力があり、戦えるのは俺だけだ。 選択肢なんて初めから無い。
手に取った錠剤を口に放り込む、噛み砕く。 いつもの電子音声はないが、それでも俺の覚悟はとうに決まっていた。
「……変身!」
例え忘れられたとしても、この人たちは俺を守ってくれたんだ。