例え忘れられたとしても ⑥
「こ、コルト……?」
「ハァーイ、そうだヨ。 元気してたカナ?」
冷たい声と視線に突き刺され、ゆっくりと振り返るとそこには仁王立ちするコルトの姿があった。
その後ろにはアオと詩織ちゃんも見える、三人とも無事に戻って来たようだ。
「箒、誰この子たち? 友達?」
「元気そうで何よりですね……それで、そちらの方は誰ですか?」
「え、えっと……」
何故だろう、アオ達の背後から殺気が立ち上っている。
お、俺何かやったっけ……。
《護衛対象から離れてこんな格好して知らない女とデートしてたらそりゃまあ怒るのも無理はないんじゃないですかね》
「あ゛っ、そうだった……待て3人とも! これには深い事情が」
「……ま、大まかな事情はここに来る前に聞いているので説明は結構ですよ。 そちらの方が魔女ですか」
「ああ、なに。 箒、あんたの友達って魔法局?」
「いや、これは……」
「良いや、気にしないで。 多分アンタの事情を知っていたとしても私のやる事は変わらなかったと思うし、今さら後悔もないわー」
片手をひらひらと振ってあっけらかんに暁が笑う。
一瞬一触即発の未来も見えたが、本人にその気はないようだ。
「その口ぶり、認めるということでよろしいですか?」
「ええ、そうよ。 ……場所変えましょうか、多分ここじゃお互いに話もしにくいでしょう?」
――――――――…………
――――……
――…
「魔法局が抱えるセーフティールームの1つです、ここなら他人に話を聞かれる心配はありませんよ」
「っかー! こんなとこにこんな部屋作るなんて税金贅沢に使ってるわねー」
アオに先導されて連れてこられたのは病院から歩いて5分の距離にある市立図書館……の、奥にある地下部屋だ。
地下には十分寛げるだけの空間と空調、それに蔵書やらウォーターサーバーまで揃っている、なんならここで寝泊まりも十分可能だ。
「で、あんたらがいるって事はあの叔母も居る訳よね? 一発爆弾ごとぶん殴るから連れて来てくれない?」
「そう言われて連れてくる奴はいないんじゃないカナ、それよりも話は魔物についてだヨ」
「あーはいはい、分かってますよ。 敵はトカゲ型の魔物、能力の詳細は不明、人を積極的に襲ってたから多分また姿は見せるわよ」
「なるほど、ここに来るまで町の被害や市民のざわめきは少なかったようですが」
「爆弾一つで即撤退したわ、アレはまだ弱い方よ。 力つける前に爆殺しておきたいわね」
「ええ、見つけ次第討伐します。 この町には魔法局は?」
「……ないよ、魔法少女不足で形ばかりのものだけだ」
当たり前だが、魔法少女の頭数にはどうしても限りがある。
一つの町に1人の魔法少女を派遣するというは難しい、主要な場所に配置して周辺の町までカバーするなんて珍しくない。
「むっ、そうですか……しかし詳しいですね」
「し、調べりゃすぐに出てきたよ……つまりこの町の戦力は現状この場のメンツで全員だ」
「そう、つまりこのアタシも貴重な戦力よ! まさかアタシだけ仲間外れって事にはしないわよね?」
「残念ながら、魔女と共闘する気はないですよ。 あなたは魔法局に引き渡します」
「あら、あのブルームスターだって野良じゃない?」
「あなたとブルームは違いますよ、私は彼女の肩書ではなく実力を信用しています」
「ふ、二人とも……穏便に……」
見かねた詩織ちゃんが仲裁に入るが、2人の間に張り詰めるピリピリとした空気は解かれない。
まあドがつくほど真面目なアオと大雑把な性格の暁、どう見ても相性がいい2人ではない。
「……アタシがいないとトカゲの追跡が途切れるわよ?」
「むっ、どういうことですか」
「あー、そういえばサソリ……」
暁はトカゲが逃げる時に数匹のサソリ爆弾を放っていた。
あいつらがしっかりトカゲの後を追っているのなら、それは確かに重要な手掛かりになるはずだ。
「そう、そうよ箒! サソリちゃんはまだトカゲの痕跡を追っている、アタシには分かるわ。 ただ、もしアタシを連行する気なら追跡は解除するわよ」
「ほう、脅す気ですか。 良い度胸ですね」
「こちとら野良の魔女よ、やり方が多少あくどくなっても気にならないの。 それに戦力が多くて損はないでしょ?」
「……サムライガール、ここは受け入れるべきだと思うヨ。 すでに市民に被害も出てるし言い争ってる暇もないんじゃないカナ」
「……分かりました、しかし日向さんには会わせませんよ。 彼女は別働の魔法少女がすでに保護しています」
「チッ、そう上手く行かないか」
「おい?」
――――――――…………
――――……
――…
《……で、私達は待機って訳ですか》
「ああ、着いていっても足手まといにしかならないってさ」
図書館の隠し部屋から戻り、今は病院のロビーだ。
ただし今度は暁たちもおらず、俺とハクの2人だけ。 残りのメンバーはトカゲ討伐のためにこの町の魔法局に向かっていった。
《しっかし機能してないのに建物だけは残っているんですね、税金の無駄遣いじゃないですか?》
「今回みたいに魔物が出た時に連絡拠点がないと対応が遅れるだろ、形だけでも残ることに意味があるんだ」
ここの魔法局は月夜の存在が消えて以来、魔法少女の数をじわじわと減らして行った。
魔物出現頻度が少ないこともあり、事実上この町の魔物対策は外からの支援に頼っている。
今回、偶然にもアオたちが立ち寄ったのは運が良かった。 出なければもう少し魔法少女の到着は遅れていたはずだ。
《……で、マスターはここで何する気ですか》
「父さんたちに会うんだよ、トカゲに食われたしその後が心配だ」
《……向こうは、多分マスターの事を忘れてますよ》
「――――……はじめから期待しちゃいないさ、俺の立場はただ2人を魔物から助けた勇敢な少女Aだよ」
まあ実際にはそれもほぼ全部が暁の手柄なのだが、少し恩に着せて顔を合わせるぐらいはばちも当たらないと思う。
それに、今の俺は本当に何の力もないただの子供だ。 何度顔を合わせようとも、「七篠陽彩」とは結びつくはずもない。
そうだ、これは最初からありもしない希望なんだ。
《……マスター》
「なんだよ、ハク。 まだ何かあるか?」
《いえ……なんでもないです》
「そうかい、ありがとうな」
暫く2人の間で無言の時間が流れる。 病院のロビーで患者やその見舞客と思われる人の流れをどれほど眺めていただろう。
……やがて、先ほどのナースから父さんの検査が終わったことを伝えられた。