例え忘れられたとしても ③
「いやー参ったわ、地の底まで追いかけるつもりだったのに気付けば車の中に乗ってなかったんだもの」
《……あの、マスター》
「多分何処かで落っことしたと思うのよ、心当たりがあるとすればクワガタくんが直撃した時だけど……その時に車から投げ出されたとしたらこの辺りで隠れてんじゃないかと思ったのよね」
《ねえ、マスター。 もしかしてこの子……》
「皆まで言うな、分かってるよ……」
発言の内容と探し人の特徴、そしてクワガタというワード。 ここまでくれば嫌でもわかる。
魔法少女としての衣装を脱ぎ、印象こそ変わっているがほぼ間違いない、彼女は日向さんの姪っ子だ。
「……ねえ、大丈夫アンタ? 顔色悪いけど」
「え゛っ!? あ、ああうん大丈夫だよ俺は大丈夫!!」
まずい、タイミングが悪い……いや、この場合良かったのか?
もう少し遭遇が早ければ危うく日向さんと鉢合わせだった、むしろこのタイミングでよかったと考えよう。
《マスター、ついでに言いますけど葵ちゃんから着信入ってますよ、多分この子の事でしょうけど》
「ど、どうすっかな……」
この子の場合、知っているとでもいえば銭湯に殴り込んで風呂ごと爆破しかねない。
かといってしらを切って野放しにするのも危険かもしれない、ならばこの場合の対処は――――
「――――あ、あ~? そんな感じの人さっき見たかもしれないな~?」
「おっ、本当? やっぱり私の勘は当たるもんね、なんかあんたなら知ってる気がしたのよー!」
しらを切らないで正解だった、予知の残滓が発現してるのか妙に勘が鋭い。
下手に誤魔化していたらボロが出ていたかもしれない。
ならばある程度の真実を織り交ぜつつ、日向さんから距離を離す方が安全だ。 それに銭湯から離れる口実にもなる、ヨシ!
「よ、良かったら一緒に探すの手伝おうか? 俺もちょっと暇してたところでさー」
「マァジマジマジ? あんたいい子ね~! どこ小? 名前は? 私は暁よ、暁 のの! よっろしく!」
「お、俺はひいr……箒、それが名前だ。 よろしくぅ……」
「オッケー、箒ちゃんね! それであのにっくきあんちきしょうはどこに行ったの?」
「えーっと……向こうの服屋で見た気がするなー?」
――――――――…………
――――……
――…
「……むぅ」
「どうしたんだヨ、サムライガール。 さっきから携帯とにらめっこしてるけどサ」
「いえ、それがですね。 どうやら箒が例の魔女と接触したようです」
日向さんの姪っ子魔女が車から離れ、急ぎ来た道を戻る道すがら、私の携帯を震わせたのは箒からのメールだった。
簡素な文面からは限られた時間で書き上げた切迫感が伝わって来る。 今のところは無事なようだが、状況はかなり不味い。
「そ、それは盟友が危険ではないか?」
「でしょうね、上手いこと日向さんとは引き離したようですがそれでも出会えば一触即発です。 ドレッドハート、車はこれ以上速度を上げられませんか?」
こちらも焦燥感が募る、あの時に箒と日向さんを取り落としたのが不味かった。
逸る気持ちに反比例するように車体の速度が酷く遅く感じられる。 ……というより、本当に段々と速度が落ちているような。
「……ごめん、タイミング最悪だけどガス欠だわ。 魔石補充しないとエンストよ」
≪チィッ、一発貰った時の防御に魔力持って行かれたな! 待ってろ、すぐ補給すらぁ!≫
ダッシュボードの中に詰まった魔石を取り出し、ドアを開けて後方の給油口に魔石を流し込む2人。
これまでのドライブで気づかぬうちにかなり消耗していたようだ、これは再始動までには時間がかかるだろう。
「むぅ、こうなれば私が先行して……!」
「待て待て待てヨ、サムライガールだけ駆け付けても意味ないってば! 箒たちを回収してすぐまた逃げないといけないんだヨ?」
「それはそうですけど……」
「め、盟友たちならきっと大丈夫だとも! 信じよう!」
「たしかに彼女も歴戦の魔法少女です、修羅場には慣れていますが今の彼女は変身が出来ない」
「えっ、ブルームって今変身できないの!?」
「話す暇が無かったんだよネー、流れで連れて来ちゃったけどサ」
それを聞いたドレッドハートが作業の手を早め、より乱雑に魔石を投入する。
半分ほど詰め込むと給油口を閉め、2人はそれぞれ運転席と助手席へと戻って来た。
「だったら満タンまで詰める暇はないわ、このまま突っ切るわよ! たぶん足りるわよね!?」
≪ああ、この距離なら十分行けるぜ。 今まで以上に飛ばすからしっかり掴まってなぁ!≫
「おねがいします!」
「お、お手柔らかに頼むヨ……」
しかしゴルドロスの懇願むなしく、アクセルを全開で踏み込んだ車体は矢のように駆けだし始める。
箒と日向さんの事も気がかりだが……遅めの朝食を取ったばかりのゴルドロスたちの容態も不安だ。
そして運転手も魔法少女らしからぬ痴態を案じてか、3人分のエチケット袋が投げ渡された。
……それはつまり、今から始まるドライビングに覚悟をしておけということだろう。
――――――――…………
――――……
――…
《……マスター、怪しまれるから返事はしなくていいですけど葵ちゃんたちにメール送っておきました。 なるはやで来るそうです、頑張って時間を稼いでください》
頭の中にハクの息をひそめた報告が響く、俺以外には聞こえないんだから潜める必要はないんだが気分の問題か。
「ねー箒、ジュース飲む? 奢るわよ」
「い、いや。 俺はいい」
時間さえ稼げば助は来るが、問題はその時間の稼ぎ方だ。
今こそ日向さんを餌に引き付けてはいるが、これも長くは持たない。 ドレッドハートたちが到着するまでの時間稼ぎには怪しい所だ。
「やーね、その年から遠慮なんて覚えちゃ駄目よ。 ほい、オレンジ」
「あ、ああ。 ありがとう」
強引を缶ジュースを渡してくる彼女の笑顔は屈託がないものだ、とても先ほどまで修羅の形相で爆弾を投げてきた魔女と同一人物とは思えない。
というか、変身時とは印象が変わるのは当たり前だが、なんだろうこの違和感――――
《マスター、周辺のマップデータはダウンロードできました。 いざとなったらスタコラサッサしましょ》
「………………」
《……マスター?》
「ん? 箒、どうかした?」
「……悪い、ちょっと待ってくれ。 何か聞こえた気がする」
滅多に吹かない夏の風に紛れて微かに甲高い人の声が聞こえた気がする。
聞こえたのは先程も俺と日向さんが通って来たシャッター街の方向だ、人通りの少ない場所で聞こえる甲高い声……嫌な予感しかしない。
「……ごめん、ちょっとここで待ってて!」
「えっ? あっ、ちょっと!」
暁をその場に残し、声が聞こえた方に向けて駆けだす。
勘違いならそれでいい、ハクにからかわれるだけの話だ。 万が一のリスクを無視する理由にはならない。
俺は思うように進まない短い脚を必死に動かし、懐かしい街中を走り出した。