氷漬けのヒーロー ⑨
「右! 左! 右! もいっちょ右! 跳んで、跳ねて、避けて!」
≪注文が荒いなぁオイ!!≫
「できるでしょ!」
≪もちろん!!≫
「待て! 後部座席の事も気にしてああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
狭い路面を激しく蛇行しながら間一髪で上空からの攻撃をかわし続ける車に乗せられた気持ちは分かるか?
リテイクが許さないスタントマンはこんな気分なんだろう、これからハリウッド映画を見る目線が変わりそうだ。
運転手の腕を信用していないわけではないが、変身も出来ずにただ見ているだけというのは心もとない。
「箒、あなたはもっと頭を下げていてください! 日向さん、その子の事は任せました!」
「分かった」
「いや、俺は大丈bモガモガー!?」
抵抗する間も無く、日向さんに抱き寄せられてその胸元に顔を埋められる。
引き剥がそうにも子供の腕力じゃどうしようもならない、というかがっちりホールドされてこれは不味い、息が苦しい!
「へー羨ましいネーそーんな顔埋めちゃってサー?」
「ゴルドロス、集中してください。 まずは彼女を止めますよ!」
「う、うむ! 我としては出来るだけ穏便に行きたいが……」
「遠慮はするな、私の姪だ。 3対1なら十分なハンデだろう」
「ムガモガ……ぷはぁ! どっちの味方だよあんた! といかまた来るぞ!!」
窓の外では、再度姪っ子の魔女が拳を振り上げ、“それ”の投射準備を整えている。
彼女の拳を覆っているのはグローブ状の杖だ。 その表面には小さなシャッターがいくつも並び、拳を振るうと同時にシャッターが開くと、中からカブトムシを模した小型ユニットが飛び出す。
「チッ……全員耳塞いでなヨ!」
同時に、窓から半身を乗り出したゴルドロスが機関銃で応戦する。
銃弾と衝突した途端、カブトムシは爆発四散。 唯一残された角部分が爆発の勢いで矢のように射出され、車体の屋根を叩く。
「イデデデデ! もう、厄介な爆弾ね……!」
「ほう、車と痛覚が繋がっているのか、珍しいな」
「呑気な事言ってる場合か! 大丈夫かドレッド!?」
「Sorry! でも今ので特性は読めたヨ、次こそは……!」
「ちなみにだ、あの子が生成する爆弾はカブトムシだけではないぞ」
「What!?」
姪っ子さんがまた拳を振るい、グローブから虫型の爆弾が射出される。
それをみてゴルドロスも反射的に迎撃のマシンガンを放つ、面を制圧する弾幕はあっけなく虫型爆弾を捕らえ――――ることなく迂回される。
「よ、避けられたぁ!?」
「“トンボ型”だな、飛行性能が高い。 単調な攻撃ならすべて躱しきれる」
「そういうのがあるなら先に教えてほしかったカナ!」
「退いてください、ゴルドロス! ならば寄ってきたところを斬ります!」
ゴルドロスが打ち漏らしたとみるや、窓から飛び出したラピリスが飛来するトンボを目にも止まらぬ速さで斬り捨てる。
そして風を吹かして車体の屋根にラピリスが飛び乗ると、遅れて斬り捨てられたトンボが空中で爆発四散する。 心なしか火力は先程のカブトムシよりも低い気がする。
「スタンダードなカブトムシ、高機動のトンボ、毒性のあるハチ、破壊性能が高いクワガタ、どこまでも追尾してくるサソリ、トリッキーなバッタ、この6つの爆弾を使い分けてくる。 気を付けろ」
「良く逃げ切って呑気に喫茶店なんか来てたなあんた……」
「ら、ラピリスよ! 大丈夫か!?」
「問題ありません、私はこのまま飛んでくるトンボを斬り落とします! ゴルドロスは遠距離から引き続き迎撃、シルヴァは私達が取り逃した時を考えて防御の用意を!」
「わ、分かってはいるが……ここここうも揺れると筆ががががが!」
「ロイ、もう少し静かに運転できない!?」
≪無茶言うな、避けるだけで精いっぱいだぜ! 向こうの偏差がやけに上手い!!≫
揺れる車内ではシルヴァもまともにペンを振るえない、かと言って速度を落とせば今度は爆弾の餌食だ。
2人が対処してくれてはいるが、飛んでくる爆弾の数が多い。 このままチェイスが続けば被弾のリスクも増えてくる。
「シルヴァ、落ち着いて一筆ずつ書こう。 ゆっくりでいい、時間は2人が稼いでくれる」
「う、うむ……我分かった!」
「あと日向さん、彼女の魔法についてだけど……」
「ああ、おそらく私の魔法を少なからず受け継いでいるな。 血の繋がりからか、それとも魔女とやらの性質か……?」
「そうか、だとしたら厄介だな……!」
知覚神経の加速、およびそれに付随する数秒先の未来予知。 この一方的に攻撃される状況では凶悪な相性だ。
それでもかろうじて回避できているのは本人がまだ魔法を使いこなせていないのだろうか。
「Hey! 今更だけどサ、怒ってるならとりあえず謝っておけばいいんじゃないカナ!?」
「可能性は低い、今さら形だけの謝罪を見せたところでな。 私は罪深い女だよ」
「ああ、これ他にも余罪ありそうですね!!」
「もうこの人捨てて逃げた方が早いんじゃないカナ?」
「さ、流石にそれは酷いと我は思う……」
≪次弾来るぞォ、気ぃ付けろ!!≫
ロイの警告と同時に飛んで来たのはハチ型の爆弾だ。
確かあれは毒を持つとのことだが、見た目通りその針に毒があるのか?
「あれは爆発し際の煙にも毒がある、吸い込むと痺れるぞ」
「なら近づけられませんね、ゴルドロス!」
「アイヨー! 纏めてこいつでどーカナ!?」
ゴルドロスが肩に担いだロケットランチャーの引き金を引く。 吐き出された弾頭は真っ直ぐに飛び、衝突すると周りの爆弾を巻き込みながら連鎖的に炸裂する。
なるほど、サブマシンガンよりも効率的だ。 しかし爆煙で視界を遮られたのが悪かった。
「――――第二射ァ!!」
「なにっ!?」
煙を貫いて次に飛んで来たのは一匹のクワガタムシだ。 これまでで一番速い。
その上ゴルドロスが撃つ弾丸にも怯まずこちらに向かって一直線だ、たしかクワガタは破壊力……
「やむを得ません、私が斬り……」
「ごめん、ハンドル切るわ! ラピリスちゃん伏せて!!」
「へっ!? うわわぁ!!」
屋根の上でラピリスが刀を構えるが、タイミング悪く道の先にあるのは急カーブだ。
ハンドルを切った車体には横向きに強いGが掛かり、ラピリスの体勢が大きく崩れる。
「……なるほど、これはしてやられたな。 流石私の姪だ」
「感心してる場合かああああああああ!!!」
2人の迎撃を掻い潜ったクワガタは見事着弾、これまでで一番の爆発を見せてドレッドハートの車体は紙のように宙を舞った。