氷漬けのヒーロー ⑥
「覚えておけよ、この恨みいつか必ずその身をもって贖わせてやる……」
「わはは、そんな格好で言っても説得力ないヨ」
「に、似合ってるよ盟友……」
「褒め言葉ではない……なんか前もこんなやり取りあったな……!」
詩織ちゃん家の居間で突如始まったファッションショー、その犠牲者は俺だ。
巨大な姿見に写った俺の格好は、薄手のブラウスにクラシックな雰囲気を醸し出すグレーのワンピースを組み合わせたモダンなファッションだ。
スカートの中には一見暑苦しいほどのフリルが仕込まれているが、肌触りの良い布地と風通しが案外良いため、あまり気にはならない。
「どこで買ってきたんだよこんな漫画みたいなスカート……」
「サーキュラー・スカートっていうんだヨ、今後のために覚えておくと良いかもネ」
「ははは要らない知識だな、脱いでいい?」
「いいけど次はこっち着てみてヨ、絶対似合うから」
「逃げていい?」
「ダメダヨ」
笑顔を崩さないコルトが抱えるぬいぐるみからは、皴なく折りたたまれた衣類が次から次へと湧き出してくる。
どれもこれも実に女の子らしいフリッフリでピュアッピュアなデザインだ、そして……あれを全部今から着る事になるわけだ。
「帰る!!」
「どこにだヨ、大人しく私の家に来ていればこんな目には合っていなかったのにネ……!」
「嘘だ……絶対コルトちゃん、ノリノリで同じ事やってた……」
「うふふ、仲が良いわねぇん。 ほら、少し休憩にしましょうか」
その時、丁度いいタイミングでお盆に人数分の麦茶を乗せたおっさんが戻って来る。
これ幸いと衣服をはぎ取るコルトの脇を抜け、おっさんから麦茶を受け取る。
汗をかいたコップになみなみ注がれた麦茶は良く冷えている、喉を通り過ぎていく冷たさが心地いい。
「チッ……邪魔が入ったネ、続きはまたあとだヨ」
「そんな睨まないでちょうだいな……確かに似合ってるけど、あまり無理強いすると嫌われちゃうわよん?」
「ふん……仕方ないネ、今日はこのくらいにしておくヨ」
「明日もやる気かよお前……」
少し不満気だがとりあえず目下の脅威は去り、コルトも大人しく麦茶を受け取ってちゃぶ台前に腰を下ろす。
それと小さく舌打ちしたの聞き逃さなかったからなハク、お前は後で覚えてろ。
「あとビブリオガールの分も持ってきたからネ、午後は三人でお楽しみだヨ」
「ふぇあっ!? わ、わた……私は大丈夫、だよ……!?」
「あらぁん、いいじゃない! 私の分はないの?」
「男島は……サイズがネ……」
期待に瞳を輝かせるおっさんから視線を逸らすコルト、まあサイズ以前の問題だろう。
しかしこの2人、以前に見た時よりもなんだか……
「……なぁ、コルト。 お前っておっさんに怖がられてなかったか?」
「そんなの昔の話だヨ、情報が古いネー」
「まあ初めて会ったときの印象はアレだったけど……女の子同士だもん、すぐ仲良くなれるわぁ」
「そうか……そうかな……」
女の子同士、の部分は深く切り込まないでおこう。
さて午後はどうやってコルトから逃げるかな、と思考を張り巡らせると、ふとコルトのぬいぐるみから着信音が響く。
「おっと、ちょっと失礼するヨ。 はいもしもーし……サムライガール? どったのサそんなに慌てて……うん、うん……うん?」
「どうした、何かトラブルか?」
「葵ちゃんの声……焦ってた、ね?」
「いや、それが……聞き間違いカナ? 店が繁盛してるから助けてほしいって」
「……………………ゑっ?」
――――――――…………
――――……
――…
「……魔物の仕業か!?」
「違いますよ、失礼ですね! 冷やかしなら帰ってください!!」
耳を疑う報告を受け、急いで店に向かってみるとそこには信じられない光景が広がっていた。
何という事でしょう、開放感あふれていた店内には活気に満ちた人、人、人。 それぞれが笑顔で談笑したり、ノートパソコンに向かって何かを打ち込んだり、または一人で物思いにふけりながらも提供された料理に舌鼓を打っている。
千客万来、満員御礼、この店ではありえないはずの景色がそこには広がっていた。
「……店、間違えてないよネ?」
「近くに、他の喫茶店は無かったはず、だよ……?」
「間違ってませんよ私の家ですよここは! それより見てるだけなら手伝ってください、人手は多い方が良いです」
確かにこの客数をいつもスタッフだけで回すには無茶が過ぎる。
……いや、俺がいないんだからいつもより人数は少ないはずだ。 じゃあ調理場には……
「……葵、ちょっと聞きたいんだけど今誰が料理を作ってるんだ?」
「ん? ……ああ、お母さんは作ってませんよ。 であればこの場は地獄絵図となっているはずです」
「まあ、そりゃそうか」
「2人とも、店長に対して凄い信頼だネ……」
「だって、なあ? ……でもそれなら料理は誰が?」
すると、調理場の方からエプロンを着こなした女性が顔を出す。
モデルのように整った顔立ち、可愛いというより美人系のビジュアルには男性客より女性客が漏らす黄色い歓声の方が大きい。
「……日向 天さん、なんでもパリで豆腐を買って帰国したばかりの……なぞの料理人です」
……俺より腕の良さそうな料理人が、調理場を侵略していた。