零れた水は救えない ⑥
赤い炎が闇夜を照らす。 赤熱した蹴脚がヴィーラの鉄槌を跳ね上げる。
トレードマークであるマフラーを夜空に燦然とはためかせるその姿を、まさか忘れることなどあるわけがない。
「――――ブルームスターッ!!」
「よう、久しぶりだなヴィーラ……! 駆け付けて正解だよ!!」
中空で体を反転し、ヴィーラが忌々しげにブルームスターを睨みつける。
あくまで蹴り飛ばしたのはハンマーだけだ、彼女には傷一つない。
だというのにヴィーラの瞳には親の仇を見るような憎悪が籠っている。
「ぶ、ブルームスター……なぜここに?」
「コr……ゴルドロスにお前の様子がおかしいって話を聞いてたんだよ、だからまあ向こうが終わってから文字通り飛んできたんだけど、状況は?」
「っ……ギャラクシオンが説得しようとしたっすけど、ダメだったっす。 完全に火に油注いで手の付けようがないっすよ……!」
「おわぁ急に戻るなそばかす!」
「うっせぇっすよあんた! あだだだ、傷に響く……!」
だって急にころころ変わられると我だって驚くもん。
片膝をついて荒く息を繰り返すそばかすの脇腹からは、先ほどよりも赤いシミが広がっている。
完全に傷口は開いてしまっている、痛みにあえぐ顔色はやや青い。
「無茶するなぁもう、色々言いたい話は多いけど今は後だ。 敵はヴィーラだけか?」
「いや……」
……そういえば、トワイライトの奴はどこにいった?
姿こそ見えないがヴィーラと共にいたはずだ、少なくとも戦闘になるその時までは声が聞こえて来た。
今なおその姿は見えない、だとすれば……
「……ブルームスター! 気を付けろ、トワイライトがまだ――――」
「だろう……なぁっ!!」
「―――――っ!?」
後ろも見ずに投擲されたブルームスターの箒が私の真横を過ぎゆき、音もなく近づいていたトワイライトへと衝突する。
辛うじてナイフの腹で防御をしていたようだが、それでも勢いを殺しきれずに大きく後退、その背中を強かに倉庫の壁に打ち付ける。
「と、トワっち! くそ、背中に目でもついてるのかよ!」
「お前ひとりでのこのこやって来るとは思ってねえよ、警戒さえしとけばこっちの目は2人分あるんだ!」
「ハッ、意味わかんないし! それで勝ったつもりかっての!!」
計らずとも距離を取ったヴィーラが再度ハンマーを振りかぶる、通常なら振り回したところで掠りもしない間合いだ、だが……。
「駄目だブルームよ、避けろ! ヴィーラの魔法は……」
「何かしらを吹っ飛ばす魔法、だろ!」
≪――――IMPALING BREAK!!≫
「……! チッ!!」
ヴィーラの動きを悟り、いち早くブルームスターが袖口から羽箒を射出する。
迎撃しなければ喉笛を突く軌道、たまらずヴィーラも急遽振りかぶった攻撃を中断して防御に回る。
ハンマーに弾かれた羽箒はあらぬ方向に吹き飛び、そのまま海の中へと沈んでいった。
「前に見た魔法だ、大体は想像ついてんだ。 大方今のは目の前の大気を弾いた塊で殴りつける技ってところか?」
「っ……本っ当に、ウッザい……!!」
「―――――ヴィーラ、撤退を提案する」
「駄目、引くならトワっちだけ引きな!! 私はこいつをぶっ倒していく!!」
「――――ヴィーラ!!」
遠距離戦は分が悪いと踏んだか、すぐさまハンマーを構え直してブルームスターへと飛び掛かる。
ブルームスターもそれは読んでいたのか、構えた箒で鍔迫り合って応戦する。
背後のトワイライトに気を配りながらもハンマーの表面に触れない立ち回り、これが歴戦の魔法少女の戦い方か。
「――――っ、それなら……!」
「う、動くなトワイライト! ブルームスターの邪魔をすれば、お前ぐらい我のブラックホールが軽く飲み込むぞ!」
「―――――冗談、今の貴方にそんな度胸はない。 試してみる?」
「はっ、上等デスね。 やってやるデス」
「―――――!?」
私のつたない脅しにほくそ笑んだトワイライトに向かい、電撃の弾丸が飛来する。
辛うじて固定したマントを盾に防いだようだが、先ほどまでの余裕の色は消えていた。
「ふ……ははははは! いつかのリベンジマッチデスよ! 背中は我ら二人に任せるデスごふっ!!」
「そ、そばかすー!? また変わってるし!!」
「援護は助かるけど無理だけはしてくれるなよ!!」
背後に意識を裂かなくていい分、ブルームスターが前方のヴィーラに集中する。
そうなれば辛うじて拮抗していた力量差がじわりじわりと開き、巻き込みかねない私達から距離を取り始める。
この瞬間、戦場は二つに分割された。
「……防衛ぐらいはできるデスよね、まかせたデスよ銀河フェチ」
「ぎ、銀河フェチ!? ま、まあ良いぞ! 王たる我に任せるが良い!」
「――――……どいつも、こいつも……!」
氷のように整っていたトワイライトの表情が崩れる。
その瞳に燃えているのは私達への怒り……いや、違う。 どちらかというとあれは……“焦り”か?
「―――――これ以上は加減はしない、お前たちに使う時間はない。 私は……!」
「……まったく、ローレルに呼ばれたと思ったらこの騒ぎか」
「…………えっ?」
トワイライトの焦りを沈める様に刺し込まれたと共に、静まり返った港に古臭い電子音が響く。
≪――――超・無敵大戦!!≫