愛 Like チョコレート! ①
「……さて、どうしてこうなったのカナ」
今、私の目の前には無残な欠片の山となったチョコの群れと、同じくドロドロに溶けた状態のチョコ。
そして歪なハート型に固められたチョコらしい何かが混然となって散らかっている。
資金には余裕があるとはいえ、勿体ない真似をした。 どうしてこうなったのだろうか……
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――…
『ハロー、コルト。 とはいっても日本は夜かしら? どう、そっちでの暮らしは』
「いつも聞くよネー、それ。 問題ないヨ、むしろ悠々自適なぐらいだネ!」
グラスに注いだオレンジジュースを飲み干し、電話の向こうのママと何気ない会話を続ける。
バンクと出会った時の事件以来、家族のわだかまりは多少改善した。 今では週一だがこうして電話を交わす程度にはなった。
「パパは? まだ寝てるのカナ?」
『いいえ、今日は早朝出勤よ、あなたと話が出来なくて寂しがってたわ』
「ソッカー、残念。 また来週話せると良いナ」
『ええ、そうね。 あの人もあなたに彼氏でも出来たんじゃないかって気が気じゃなかったから』
危うく新しく注いだオレンジジュースをひっくり返すところだった。
「か、彼氏……?」
『あら、違うの? ほら、あの喫茶店の店員さんとかあなたかなり気に入ってたみたいだけど』
「お、おにーさんは違うカナァ!? 第一年の差考えてヨ!!」
『うふふふ、愛の前には大した問題じゃないのよ? それに大丈夫よ、お父さんは多分ショットガン持ち出すけど私は認めるわ』
「あーもー切るヨ! 切るからネ!」
『ほら、今度バレンタインでしょ? あなたも贈り物の1つぐらい……』
ママの発言を遮り、通話を切る。 なんて馬鹿な……本当ばかばかしい話だ。
確かにおにーさんには感謝している、こうしてママと楽しく話が出来るのも彼と河原で殴り合ったからこそ。
だけどそれはLikeであってLoveではない。 まったく……まったくまったくまったくだ、全く本当ばかばかしい話だ。
「……バレンタイン、かぁ」
ふとスマートフォンの画面を動かし、日にちを確認する。 バレンタインまではあと二日という時期だ。
……ジャパンでは製菓業界の陰謀により、バレンタインには女性から男性に向けてチョコを送るのが一般的だ。
そして、この国では“友チョコ”という風習もある。 その名の通り友情を確かめる形で送るチョコのことだ。
「……うん、友達。 友達だからネ、ブルームは」
友達にチョコを送らなければムラハチブにされてこん棒でボコボコにされるという噂もある。
それは恐ろしい、それに感謝の気持ちを込めるというのであればいい機会だろう。
仕方ない、仕方ない、言いわけの言葉を口の中で反芻して、私は暫く使っていない台所に立った。
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――…
「その結末がこの惨状だよネェ……」
溶かして固めるだけ、と侮ったのが間違いだった。
試しに火にかけたフライパンの上で溶かして固めたチョコを削りながらハート型に整形してみたが、これが難しい。 それになんだか表面に白い筋のようなものが浮き出て見た目も悪い。
試しにひとかけら口にしてみたが、何だか溶かす前に比べて味も落ちている気がする。 フライパンも冷えて固まったチョコでガチガチだし誰が洗うんだこれ。
『もっきゅ~……』
「バンク……お前までそんな目で私を見るなヨ……」
さっきまでクッションに丸まって寝ていたはずのバンクが足元にすり寄り、床に零れたチョコの破片を一口齧って鳴き声を上げる。
「うわ、これお前作ったの、マジ? 味覚アメリカに置いて来たの?」とでも言わんような憐みの籠った表情だ。
この小動物、いつもは愛想を振りまくが私に対してだけは妙に態度が悪辣な気がする。
「はぁ……これじゃとても渡せないヨ、どうするカナ」
失敗作は自分で消費するとして、このまま自分1人で試行錯誤を重ねても満足できる出来になる気がしない。
そもそも自炊もまともにしたことがないから調理器具が揃っていないんだ。
ひとまずチョコは買ってくるとして、調理場は……
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――――……
――…
「こういうときは知識があるやつに聞くのが一番だヨ」
「行動力の化身……」
買い足したチョコを詰め込んだテディを片手に、やってきたのはビブリオガールの家だ。
知識なら間違いなく私よりある、前に家事を手伝っていると言う話も聞いたので調理スキルと道具も揃っているだろう。 持つべきものは友達だ。
「と、言うわけで知恵を貸して欲しいヨ。 ガス代とかは後でまとめて払うからサ」
「お、お金はいらないから……それに、私も今作ってたところ」
ビブリオガールに招き入れられた玄関には確かに甘いチョコの香りが漂って来る。
心なしか私がやたらめったらに溶かしたものより上品な香りだ、何が違うのだろう。
「一緒に作ろう……お古のエプロンあるけど、使う?」
「サンキュー! やっぱり持つべきものはフレンドだネ、ところでどんなチョコ作ってるのカナ?」
「私はね、簡単だけどトリュフチョコを……」
「じゃあ私はキャビア持って来るよ!」
「うーん……そこからかぁ」
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――…
「なるほど、そういう名前のチョコがあるんだネ」
「うん……湯煎から、1つずつやっていこう?」
これはビブリオガールを頼って正解だった、一人だけじゃとんでもない物が出来上がる所だ。
チョコを溶かす工程1つとっても手間がかかる、フライパンで溶かすとどうも口当たりが悪くなるらしい。
「それにしても、これくらいならネットで調べれば……良かったんじゃ……?」
「んーとネ、SNSでフォロワーにチョコの作り方聞いたら大荒れだヨ、彼氏いるんじゃないかって話になってネ」
「え、えぇ……」
「それにネットの情報より信頼できる相手に頼む方が確実だからネ! 今日は頼むヨ、ビブリオガール!」
正直な話、調べるのは面倒だし実際に見て聞いて学べる相手なら彼女が適任だったという理由もあるが。
それにどうせなら友達と話しながら作業するのも悪くない。
「……で、誰に、渡すの?」
「ん゛っ、えーっとネ~……い、いつもお世話になってるからサ? 他意とかないんだけどネ? おにーさんに、その、渡そうカナって」
「……! わた、私……頑張るね……!」
「いやいやいや、そこまで気負わなくていいんだヨ!? 本当にただの日ごろのお礼って言うか……ネェ!?」
「分かってる、分かってるから……! 道のりは大変だけど、応援するね……!」
「だーかーらーモー!!」
赤くなった顔を隠し、一人相当エキサイトするビブリオガールから視線を外す。
日頃の礼だ、それ以外は何もない。 ちゃちゃっとチョコを作って渡せたらそれで良いんだ。
……だったら、ブランド品のチョコでも良いのに。 私は何でこんな面倒な真似をしているのだろうか。
時系列は気にするな!