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鏡映しの双竜 ④

『――――オオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!』


耳を劈く絶叫を上げ、黒い竜がくたりとその肢体を投げ出す。

魔石化しないことから死んではいないだろう、癖も無く手強い分、加減に苦労した。


「無力化には成功しましたか……暫く起き上がる事はないでしょう」


隣に立つラピリスが双刀を鞘に納める。 竜との戦闘でだいぶ消耗したようだ。

こちらも魔力量的には2割も残っていない、暴れ回る魔物が相手だが、これがクーロンの杖と繋がっている以上は下手に倒すわけにもいかない。


「ロウゼキさんは……まあ無事でしょうね、ブルームスターはその魔物を縛り上げておいてください」


「ああ分かっ……いや待て待て、どうやってだ?」


「頑張ってください」


「丸投げか!!」


縛れと言われてもこんなバカデカい魔物を縛る縄なんて持ってなるはずがない、辛うじてマフラーくらいだがそれでもまるで長さが足りてない。

しかも文句を垂れる前にラピリスはさっさと行ってしまった。 せめてこの場にシルヴァでもいればどうにかなったのだが……


「――――おぉーい! 盟友ー!!」


「……ん? おお、噂をすればってか」


魔物を置いてこの場を離れる訳にもいかず、どうしようかと考えていると向こうから覚えのある声が聞こえていた。

石段の方から駆け寄ってくるゴルドロスとシルヴァの姿が見える、向こうもどうやら片が付いたらしい。


「おーい、シルヴァ! 丁度良かった、こっちで―――――」


『――――ゴギャアアアアアアアアアアアア!!!!!!』


魔物の高速を頼もうとした瞬間、先ほどまでほぼ瀕死だった竜が突然のたうち回り、暴れ出す。

何故?と疑問を口にする余裕もなく、鞭のようにしなる竜の胴体が俺の全身を打ち付けた。


「な――――いっでぇ!?」


「め、盟友!?」


「何油断してんだヨ! この……!」


「ま、待て! 様子がおかしい!」


俺を弾き飛ばしてもなお、竜は逃げるでも襲い掛かるでもなく地面に激しく体を叩きつけて暴れている。

いや、その姿は暴れているというより“苦しんでいる”という表現が正しいか。

その予想を裏付けるかのように、竜の口からは黒い血液が滝のように零れだす。


《な、何ですか突然!? 私はちゃんと手加減したはずですよ!》


「分かってる! とにかくこのままじゃ危険だ、どうにか抑えるぞ!」


しかし力づくで押さえつけようにも、体躯と膂力の差は歴然。

暴れ回る力も先ほどまでの比ではない、口から吐き出す血の量に反比例するかのように暴れる魔物の力は強くなっていく。

やがてビクリ、と最期に強く痙攣すると、瞳から光を失った竜は絶命した


……息絶えた竜の腹を突き破り、宿主の命を奪った正体が現れる。

それは黒い血に染まった植物だった。 葉の無い枝が絡み合ったような樹木が竜の血を啜るかのようにウネウネと蠢くが、すぐに枯れ果て塵へと消えてしまった。


《……な、なんですか……今の……》


冒涜的なその光景に思わず言葉を失っていた中、絞るように吐き出されたハクの言葉で我に帰る。

原因はわからない、だが既に竜は魔石を残して消滅しかけている。

ただ、竜が消えたという事はクーロンは―――


「っ……! 悪い、二人とも! この場は任せた!!」


「め、盟友!? 任せたといっても何を……」



――――――――…………

――――……

――…



ひび割れた心中に冷たいものが滲み出す。 それを異常だと感じてはいても私の心は揺れ動かない。

そうか、これが杖を砕かれた魔女の気持ちか。 当事者になってようやく分かった、筆舌に尽くしがたい。


「っ……しっかりせえ、あんたには喋ってもらわないといけない事色々あるんやで!」


私の異変に気付いたロウゼキが慌てて治癒の力を分け与えるが、それはあくまで物理的な傷を治す力だ。

砕けた心は治らない。 おそらく私の杖を兼任していた竜が息絶えたのだろう。


「はは、ローレルめ……最初から、こうなると分かって……いたな……っ!」


「喋るな阿呆! ああもう、なんで……!」


「ロウゼキさん! 何があったんですか!?」


と、そこにラピリスの姿が現れる。 竜が倒されれば相手していた魔法少女もやって来るか。

だが、それもももはやどうでもいいことだ。 興味や関心というものが急速に心の中から消えていく。


「……人からものを盗んでおいて、ケジメの付け方がそれやなんて……大層なお人やな」


「褒め言葉と受け取っておこう……私の心はもうじき失せるが、輝鏡の事は頼むよ……」


「……? どういう事や?」


「ふふ、さて……な……」



――――――――…………

――――……

――…


「ロウゼキさん、クーロンは……?」


「……ダメや、杖を破壊されたわ。 こうなったらもう何も喋れん」


光のない瞳で虚空を見つめるクーロンの身体をロウゼキさんが揺する。

首をがくがく揺らすクーロンの身体はそれでも一切の反応を見せない、まるで人形のようだ。

そして私はその症状を知っている。 あの武道館と同じだ。


「すぐにこの子は病院に連れてってや。 ごめんな、そこまで助けになれへんかったわ」


「いえ、とんでもないです。 ロウゼキさんがいなければ被害はもっと大きかったですよ」


実際、皆がロウゼキさんの登場によって安心し、落ち着いて避難を行えた。

それに結界を壊したのもロウゼキさんの功績だ、あれが無ければ事態はもっと混迷を極めていただろう。


「すぐにこの神社は封鎖、魔法局の手で調べさせてもらうわ。 礼の黒幕に繋がる何かがあるかも……」


「――――あら、その必要はないんじゃないかしら?」


背後からどこかで聞いた事があるような、しかしこちらを嘲るような声が聞こえてくる。

気配は一切なかった、それに私ならともかくロウゼキさんすら声が掛けられるその瞬間まで存在に気付けなかった。

弾かれたように振り返ると、そこには輝鏡さんのお母さんを抱えた――――黒い喪服に身を包んだ女性が立っていた。



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