日本は無防備に留学生受け入れを拡大

日本が長年にわたり提供してきた経済的支援に対する感謝の声もなく、それどころか日本を「小日本」と呼ぶ侮蔑的表現が一般化し、対日蔑視の感情は社会の隅々にまで浸透していった。

こうした状況の中で、日本政府は2008年、福田康夫首相のもと「留学生30万人計画」を打ち出し、アジア諸国からの留学生を大規模に受け入れる方針を掲げた。この政策は、日本の大学における国際化を推進し、少子高齢化による学生不足の解消を図るとともに、「人的交流を通じた相互理解の深化」を理念として掲げたものである。

中国が日本を仮想敵国として位置づけ、その脅威を強調する教育が制度的に徹底されてきたという現実を、当時の日本政府がどこまで理解していたのか、あるいは事実として把握していたとしても、外交的配慮や経済的利益を優先し、あえて看過していた可能性も否定できない。

いずれにせよ、このような構造的問題を十分に精査することなく進められた政策は、あまりに楽観的で無防備であったと言わざるを得ない。

「中国共産党の歴史観」を持った留学生

こうした前提のもと、中国共産党の特異な教育体制の中で育った若者たちが、留学生として日本へ続々と渡航するようになる。実際、中国人留学生の多くは、国家主導のナショナリズム教育によって形成された対日観を、無自覚のまま抱えて来日する。

日本側がどれほど友好的に彼らを迎え入れようとも、幼少期から一貫して刷り込まれてきた対日史観が、短期間の留学で解けることなどありえない。「人的交流が相互理解へと結実する」とする発想そのものが、現実を見誤った楽観的な幻想にすぎないのである。

さらに彼らは、日本に学びに来ているにもかかわらず、清朝末期の日本留学の歴史や、中華民国期における日中の軍事交流、さらには中国共産党の創設メンバーの多くが日本留学生であったという史実について、ほとんど何も知らない。

日本に滞在しながら、自国の先人たちがこの地で何を学び、いかにして祖国の近代化や革命運動に貢献したのか。そうした歴史的背景に思いを馳せることもないのである。