NGOピースボート地球一周船の旅
2010年の春、うつ病の苦しみは続いていた。
月刊誌の連載原稿が書けなくなった。講演や研修の仕事はペースダウンして続けてはいたが、今までやってきたことを続けることはできても、新しい創造活動には脳も体も一切対応しなかった。
そんな状態なのに、私は地球一周ピースボートに乗った。一年以上前からのピースボート運営者たちとの約束だった。
「NGOピースボート地球一周船の旅」は、1回の航海およそ3カ月かけて世界約20ヶ国を訪れる。老若男女、多国籍の人々を乗せて、船上と寄港地で様々なプロジェクトを行う。http://www.pbcruise.jp/
船上では「水先案内人」と呼ばれる各分野での専門家による洋上講座やワークショップをはじめ、語学クラス、サークル活動など、乗船者は興味や目的に応じて自由に参加することができる。
私は、二年前の航海から、その「水先案内人」の一人として招待で乗船していた。私の役目は船上で講演会やワークショップをする。「エンパワメントと生きる力の社会変革」とか「非暴力ワークショップ」などをテーマにしてやった。私の講演を聞いて興味を持った人たちとの小さな集まりも何度も開いた。
最初の年の体験で私はすっかりピースボートの大ファンになった。その頃はうつ病ではなかったので、船上で起きることひとつ一つに目を輝かせて感激していた。そしてたくさんの人との出会いの時をこよなくエンジョイした。
一人で参加していた15歳のA君は、陸では不登校をしていたという。
彼はボートが毎日発行する公式新聞の編集をほぼ一人でこなしていた。船上では「水先案内人」たちの企画の他に、乗船者が自発的に開催するクラブやピースカフェやライブ音楽会など何十ものイベントが起きている。新聞は、どこで何の企画が起きているかを知らせる貴重な日々の情報ソースだ。
A君は乗船者の何人かにスポットライトを当てて、紹介記事も載せていた。私も彼にインタビューされて掲載された。
15歳の見事な編集長だった。あれから11年後の今、彼はどんな人生を生きているだろう。
南太平洋を行く
南太平洋を横断する航路の「水先案内人」常連のフラダンス伝道師・サンディさんとの出会いは衝撃的だった。
私の「エンパワメントと生きる力」と題した講演を聞きにきてくれて、何か深いものを感じられて、即座に私の本「エンパワメントと人権」を買ってくれた。そこから親しくなり、ほとんど毎夜、ボートの唯一の居酒屋でおしゃべりをした。
ハワイ語で、魂のことをMANAマナという。ハワイアンにとって最も大切な言葉だ。サンディさんと私は、出会った日にMANAでつながった。
もともと日本のヴォーカリストの先駆者として活躍した彼女は、横浜と渋谷で大きなフラの学校を主宰する著名なフラダンサーでありクム(師)だった。伝統的古典フラのクムフラ(フラの師)としての修行を続けイニシエイトされた数少ないフラの伝道師だ。彼女が小説家吉本ばななが尊敬するフラの師であることは、後になって本で知った。https://hula.sandii.jp/
ピースボート乗船中、サンディさんは毎日フラダンスクラスを開いていたので、私も参加した。一週間後に船はタヒチに到着し、私たちは練習したフラを砂浜に一列に並び、タヒチの朝日を浴びながら踊った。
サンディさんがくれた豪華本「マナ:語り継がれるアロハスピリット」(サンディ著)を今開いてみると、内扉に彼女のサインと言葉がある。
「最愛なるゆりさん 進み続けるPeace Boatという平和を学ぶ島に乗って・・・・。あなたという“愛と光の結晶”のような美しい方にお会いできたことは、私にとってのTrue Aloha Therapyでした。 Sandiie 2009年4月3日 ありがとう」
この言葉をそのままサンディさんに返したい。“愛と光の結晶”のような美しい人、ハワイの女神ペレを思わせる熱情の人。
今も多くの人々にハワイのMANAの歌と踊りと祈りを伝えながら、意欲的なフラダンスパーフォーマンスを発表している。
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ちなみにサンディさんの豪華本「マナ:語り継がれるアロハスピリット」(サンディ著 K PRESS 2005年)は絶版でアマゾンで中古が600円。これはお買い得。
全ページハワイの自然とサンディさんやフラの師の踊りの美しい写真構成で、ハワイの海と大地とフラのスピリチュアリティの叡智が詰まっている本。ここに載せたサンディさんの写真はこの本からの転載。
サンディさんが気に入った「エンパワメントと人権:心の力のみなもとへ」(森田ゆり著1998年)もアマゾンで中古が500円。 今やビジネスでもファッションでも使いまくられている言葉「エンパワメント」。その本来の意味と変革思想を日本で初めて説いた本なので、これもお買い得。https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%AF%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%81%A8%E4%BA%BA%E6%A8%A9%E2%80%95%E3%81%93%E3%81%93%E3%82%8D%E3%81%AE%E5%8A%9B%E3%81%AE%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%82%82%E3%81%A8%E3%81%B8-%E6%A3%AE%E7%94%B0-%E3%82%86%E3%82%8A/dp/4759260404
次回は、「うつ病者ピースボートで中南米を行く」
ベネズエラのカラカスから船に乗った途端に、私は大変なことに気がついてしまった。
甲板に出ると海、海、海。これはまずい。なぜって、死ぬのがすごく簡単なのだ。
うつ病者の多くは、「死にたい」と思うのではなく、「消えてしまいたい」と思う。
「死にたい」という意識的欲求ではないので、縄を購入して首をつるといった面倒なロジスティックを考えることまではしない人が多い。
しかし、巨大なクルーズ船の甲板のすぐ先の美しい海へ身を投げるのはたやすそうで「消えてしまいたい」の思いにかなりフィットするのだ。
「一人では甲板に出ない」と自分に何度も言い聞かせて、中南米の船の旅は始まった。