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縁の本棚  作者: 雪縁
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本日の一冊 「人情すきやき譚」

「人情すきやき譚」【講談社】

        田辺 聖子・作


 おせいさんの作品は、若いころによく読んだ。

 不倫や離婚がテーマの作品が多かったような気がするが、そのころまだ若かった私は、夫婦の微妙な心の機微を理解するよりも、ただストーリーを追って、楽しんでいたような気がする。

 なんの作品だったかは忘れたが、主人公の女性が、友だちにきっぱりといってのける言葉があった。

「~たらは魚屋、~ればは肉屋よ」

 すなわち、あのとき~していたら・あのとき~すればという言葉はよく使われがちだが、イジイジと過ぎたことを後悔するな!と一喝しているのだ。

 その言葉と出会った瞬間から現在に至るまで、私の中で、大切な座右の銘となっている。


 ユーモアたっぷりで、はぎれよく、けれど優しいおせいさんの作品には、とにかく大阪の香りがぷんぷん漂う。

 これまで読んだ彼女の本の中で、とりわけ好きなのが、「春情蛸の足」他八篇が収録された本書だ。

 おでん、うどん、すきやき、お好み焼き、たこやき…など、大阪人なら外せない味覚をテーマに、そこで繰り広げられる男女の悲喜こもごもの恋物語。八篇の主人公は、どれも冴えない中年の男性だが、味に関しては徹底したこだわりを持っている。


 この「人情すきやき譚」に出てくる鶴治もそのひとりだ。四十一歳で結婚した鶴治は、東京で生まれ育った妻、令子の作るすきやきが大の苦手である。

 彼女のすきやきは「わりした」を使い、肉も野菜も煮るのに対し、大阪で生まれ育った鶴治は、まず、肉と葱に砂糖をまぶして炒りつけ、だしを入れてしばらくしてから、しょうゆを注ぐ。煮るのではなく、炊くのである。

 さらに鶴治は、令子の用意するすきやきの材料にも不満がある。

 花形の人参や白菜や生椎茸などいらない。とうふは焼き豆腐、白葱よりは青葱、糸こんにゃくはもっとたくさん。そして、麩がなければすきやきとはいえないのだ。

 ―だったら、自分で思い出して作ってみれば?

 ウジウジ文句ばかりの鶴治を見ていると、思わずそんなひと言もかけたくなる。


 あるとき、鶴治はひょんなことから、昔つきあっていた百合枝という女性と再会し、時々食事を共にするようになる。百合枝の炊くすきやきは鶴治の理想通り。これからは、時々こんなふうに会いながら、ずっと楽しく、美味しいすきやきを食べられる。そう信じてやまない鶴治だったが、果たして?


 我が家のすき焼きは、関西風である。

 おみそ汁に使う味噌も決めてある。

 その味に慣れきった長男は、市販のすきやきのわりしたなどとんでもない!といわんばかり。

 味噌の味が変わると、即、チエックが入る。

 私としては、慣れきった味も時々は変えてみたい気もするのだけれど……。

 案外、男性の方が、慣れ親しんだ味に対するこだわりは深いのかもしれない。



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