今後は、現在の横須賀・三浦医療圏からさらに範囲を広げ、湘南東部や横浜市南西部など、神奈川県の広いエリアへの導入が予定されています。デンマークやエストニアといった北欧諸国の成功事例を参考に、地域完結型医療の実現に向けた着実な進化を目指しています。 「さくらネット」は、地域の診療所や介護施設、行政機関と連携しながら、地域住民が安心して医療を受けられる環境を提供しています。これからも着実に進化を重ね、地域医療のモデルケースとしてさらなる成長が期待されます。その先には、地域住民に支えられた温かい医療の未来が待っているはずです。 ## 国家公務員共済組合連合会 横須賀共済病院(740床)1906年、横須賀海軍工廠職工共済会医院として開設。横須賀市および三浦半島で先端医療、がん診療、三次救急医療などを担う。2018年10月に内閣府 戦略的イノベーションプログラム(SIP)に参画し、IT化・AI化を推進する。2020年度日本経営品質賞を受賞。理念は、「よかった。この病院で」。https://www.ykh.gr.jp/ *本稿の関連記事が『最新医療経営Phase3』2025年1月号(日本医療企画)28-31ページに掲載されています。2024年9月、横須賀共済病院を中心に、地域医療連携システム「さくらネット」が本格稼働を迎えました。神奈川県や地域の行政、医療機関が協力し、デジタルで患者情報を一元管理するEHR(電子健康記録)が運用開始した形です。2024年11月時点で、診療所や介護施設、薬局など170カ所が参加しており、当初の目標を大きく上回る広がりを見せています。
「さくらネット」は、患者の診療履歴や検査結果、服薬情報などを共有することで、検査や薬の処方の重複を減らし、医療の質を高める取り組みです。また、救急搬送時には、過去の治療歴やアレルギー情報を即座に参照できるため、迅速で安全な対応が可能になります。今後は、横須賀・三浦地域を超えた県内各地域への展開も視野に入っており、地域医療の未来を切り拓くプロジェクトとして期待されています。
「さくらネット」の導入背景と目的
横須賀共済病院(長堀 薫病院長)は、地域社会の高齢化と医療人材の獲得競争が厳しさを増す中で、これからの医療ニーズに応えるために、2022年から「さくらネット」の導入準備を進めてきました。このシステムの中核となるのはEHR(電子健康記録)で、地域の病院や診療所、介護施設、薬局が患者の診療情報を共有できる仕組みです。
2023年には、神奈川県や地域の医師会、湘南鎌倉総合病院との協力のもと、計画を具体化しました。同年10月には「医療介護総合確保基金」の活用を申請し、同年12月にはシステム提供会社の選定を完了しています。2024年4月に「一般社団法人さくらネット協議会」が設立され、同年9月には本格稼働が開始されました。これにより地域医療の一体化に向けて新たなステージが始まったのです。
「さくらネット」は、神奈川県医療課と連携しながら、EHR(電子健康記録)を基盤に地域医療情報を共有するシステムです。患者の診療履歴や服薬情報がリアルタイムで参照できるようにすることで、検査や処方の重複のリスクが減り、医療の質の向上が期待されます。特に救急搬送時には、患者が話せない状況でも、さくらネットを通じて過去の治療歴やアレルギー情報が確認できるため、迅速で適切な対応が可能となり、患者の安全が確保されています。
長堀病院長は、『EHRはあくまで一つのツールに過ぎません。本当に重要なのは、地域の医療機関が協力し合い、患者を支える地域完結型の医療体制を構築することです』と述べています。システム運用を進めながら、地域全体の医療を一つにまとめ、持続可能な医療提供体制の構築を目指しています。
神奈川県内の病院に掲示中の「さくらネット」利用を呼び掛けるポスター
ユーザーフレンドリーな制度設計
「さくらネット」は、患者やその家族が無料で登録できる仕組みを備えています。登録はシンプルで、スマートフォンによる二次元コードの読み取りが基本ですが、デジタル機器が苦手な方には、紙の同意書での登録も可能です。これにより、幅広い層の利用者に対応できるようになっています。
このシステムに登録された情報は、電子健康記録(EHR)として管理され、地域の診療所、クリニック、薬局、歯科医院、介護施設などで共有されます。共有される内容には、採血や尿検査の結果、MRIやCTスキャンなどの画像データ、処方薬の情報、診療履歴、既往歴、アレルギー情報、予防接種記録などが含まれています。これにより、複数の医療機関で受診しても一貫した診療が可能となり、検査や処方の重複するリスクが減少します。
また、救急搬送時には「さくらネット」が重要な役割を果たします。一刻が争われる状況の中でも正確な患者情報にアクセスできるため、救急医療の質が向上する効果が期待されるのです。
「さくらネット」は、現在医療の必要がない方にも、将来の備えとして登録しておくことをお勧めしています。「今は困っていないから不要」と感じる方もいるかもしれませんが、このシステムはスムーズな受診、あるいは救急搬送時にこそ、その価値が発揮されます。保険証を用いたデータ連携は、患者の情報を迅速に共有できますし、1人1人が率先して登録することが地域医療の質を高める一助となります。
取材に応じる横須賀共済病院 病院長 長堀 薫氏
システム選定とベンダー協力のプロセス
「さくらネット」の立ち上げには、適切なベンダー選定と円滑な協力体制が鍵となりました。2023年12月のプロポーザル入札では複数の企業が参加し、最終的に地域医療連携の経験豊富なヘルスケアリレイションズ(東京都調布市)が選定されました。同社はナースコールの大手、ケアコムの子会社であり、神奈川県内で「サルビアねっと」の導入実績を持つ信頼ある企業です。
「さくらネット」には、災害時の医療情報保全機能が備わっており、これがシステムの大きな強みとなっています。クラウド技術にはAmazon Web Services(AWS)のインフラを採用しており、患者の診療情報は高度なセキュリティ基準に基づいてデータセンターに保存されます。これにより、地震や台風などの自然災害が発生しても、診療情報は安全に保管され、必要なときに即座にアクセスできる環境が整っています。
実際、北海道胆振東部地震における避難所での診療でも患者の診療履歴が即座に確認でき、医療従事者は迅速かつ正確に対応することができました。「さくらネット」では、こうした過去の実例を踏まえた災害対策をしており、停電や通信障害が発生してもAWSのクラウド基盤がシステムを支え、迅速な情報共有が可能です。
今後の展望と課題
「さくらネット」は、北欧諸国のEHR導入事例を参考にしながら、地域医療のさらなるデジタル化を目指しています。例えば、デンマーク(人口約600万人)やエストニア(人口約140万人)では、国民全員がEHRに登録され、医療情報が一元化されています。これらの成功モデルに学び、さくらネットも地域全体でのデータ連携を深め、広範囲にわたる情報共有を実現していく方針です。
例えば、横須賀共済病院や湘南鎌倉総合病院では、患者自身が日常の健康データやライフログ(体重、血圧、歩数、食事記録など)を記録するPHR(Personal Health Record: 個人健康記録)システムとEHRを連携させる取り組みを進めています。患者が記録したデータがEHRにも反映され、医療従事者が診療時に活用できるため、より精度の高い診療や予防医療の推進が期待されています。 また、神奈川県内で医療情報が一元化されれば、重複した検査や処方が減少し、診療の質の向上や医療費の効率化が期待できます。今後は、現在の横須賀・三浦医療圏から、湘南東部や横浜市南部へと展開を広げ、最終的には神奈川県のさらに広い範囲での導入を目指しています。
さくらネットの目標は、地域完結型医療を実現するために、データ連携の基盤をさらに強化し、持続可能な医療提供体制を築くことにあります。住民の健康情報が適切に管理され、必要なときに迅速かつ的確な診療が行われることで、地域医療全体の質が向上すると考えられています。
「さくらネット」とその力強い船出
「さくらネット」は、地域医療の新たなインフラとして、計画以上の順調なスタートを切りました。2024年11月の時点で、170を超える施設が参加し、初期の目標を大幅に上回る成果を上げています。この成功は、地域内の医療機関や介護施設、薬局などが一体となってデータ連携体制を構築できたことにあります。
システムの真価は、日常の中では目立たないかもしれませんが、緊急時にその力が発揮されます。救急搬送時や災害時には、「さくらネット」が迅速な情報共有を支え、患者の安全を守る大切な基盤となります。この機能により、地域住民に安心感を与え、医療の質向上にもつながっています。
今後は、現在の横須賀・三浦医療圏からさらに範囲を広げ、湘南東部や横浜市南西部など、神奈川県の広いエリアへの導入が予定されています。デンマークやエストニアといった北欧諸国の成功事例を参考に、地域完結型医療の実現に向けた着実な進化を目指しています。
「さくらネット」は、地域の診療所や介護施設、行政機関と連携しながら、地域住民が安心して医療を受けられる環境を提供しています。これからも着実に進化を重ね、地域医療のモデルケースとしてさらなる成長が期待されます。その先には、地域住民に支えられた温かい医療の未来が待っているはずです。
国家公務員共済組合連合会 横須賀共済病院
(740床)1906年、横須賀海軍工廠職工共済会医院として開設。横須賀市および三浦半島で先端医療、がん診療、三次救急医療などを担う。2018年10月に内閣府 戦略的イノベーションプログラム(SIP)に参画し、IT化・AI化を推進する。2020年度日本経営品質賞を受賞。理念は、「よかった。この病院で」。https://www.ykh.gr.jp/
*本稿の関連記事が『最新医療経営Phase3』2025年1月号(日本医療企画)28-31ページに掲載されています。