「バターは高くなった。牛乳の値段も上がっている」
「すべてが高くなっている。本当に何もかもが高い」
首都モスクワ市内のスーパーで年金生活者などから聞かれた不満です。ロシアでは人手不足に伴う賃金上昇などを背景にインフレが進んでいます。
こうした中で、家計の助けになっているのが、「ダーチャ」と呼ばれる別荘の家庭菜園で育てた自家製の野菜。
ロシアでは旧ソビエト時代から市民が別荘で余暇を楽しむ習慣があり、去年から年金を受け取るようになったオリガ・アルヒポワさん(58歳)も「ダーチャ」に助けられている1人です。
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“エンジン故障の飛行機”!?ロシア経済の実態は?
トランプ大統領との会談で、アメリカからの制裁強化はひとまず、回避した形のプーチン大統領。
しかし、軍事侵攻後、堅調な成長を続けてきたロシア経済の減速が鮮明になっています。
いったい何が起きているのか、現場を取材しました。
(モスクワ支局長 野田順子 / 国際部記者 横山寛生)
「ダーチャ」で物価高をしのぐ?
アルヒポワさん
「野菜を育てるのが好きでやっています。でも、野菜や果物の値段が高くなっているので、結果的には助かっています。買う量を減らせるし、自分で作ったものはおいしいから」
去年、前年同期比7~9%台で推移していたインフレ率は、ことしに入って10%を超える月もあり、高止まりしています。中でも乳製品など食品の価格上昇は激しく、市民生活を圧迫してきました。
アルヒポワさんが1か月に受け取る年金は、母親の分とあわせて日本円にしておよそ11万円。ことしに入って6000円ほど上乗せされましたが、食費が大きな出費で、収入の半分以上になることもあるなど、物価の上昇には追いついていません。
「ロシアは景気低迷の状況」
欧米などの制裁を受けているにもかかわらず、巨額の軍事費がけん引してきたロシア経済。ロシア連邦統計局によりますと、去年のGDP=国内総生産の伸び率は4.3%と、2年連続で4%を超えるプラス成長となりました。
ところが、統計局が発表したことし1月~3月のGDPは、前年同期比プラス1.4%、続く4月~6月はプラス1.1%(速報値)にとどまりました。シルアノフ財務相も8月、ことしの経済成長率の見通しが少なくとも1.5%になるとし、当初の予測の2.5%から大幅に下方修正、経済の先行きの不透明感が強まっています。
その要因について、ロシア経済を長年研究する専門家は次のように指摘します。
中居所長
「全体的に景気が低迷してきている状況です。賃金がそんなに上がらないにもかかわらず2025年に入っても物価の上昇は止まっていないという状況なので、その物価と賃金の上昇率のかい離が非常に大きくなっているということは言えます」
空き店舗目立つブティック街
モスクワでは、撤退したコーヒーチェーン「スターバックス」や、ハンバーガーチェーン「マクドナルド」にそっくりな店舗が、ロシア資本のもとで営業し、連日大勢の人で賑わっています。
また、日本料理など各国料理店も人気で、街を歩いていて景気の減速を実感することはほとんどありません。
しかし、ロシア最大の経済団体がことし1月~3月の企業活動について行った調査では、「大きな問題は何だったか」との質問に対し、「需要の減少」を挙げた企業が複数回答で33%と最も多くなり、前回の調査から倍増したということで消費の減少を裏付けています。
中心部のブティック街では、ヨーロッパの高級ブランドが撤退したままの空き店舗や、看板を掲げたまま休業を続ける店舗も目に付きます。
コンサルティング会社によりますと、ある通りでは、空き店舗や空室となる可能性のある店舗の割合が33%にまで増えているということです。
専門家は、ヨーロッパのブランドに代わって高額な賃料を支払えるブランドがロシア国内でまだ育っていないと指摘しています。
急拡大した中国車も落ち込み?
ロシア経済の減速が顕著に表れているのが、自動車やマンションの販売低迷です。
インフレを抑えるため、ロシア中央銀行は、政策金利を去年10月には21%まであげ、6月と7月には引き下げたものの、依然18%(8月末時点)と高い水準です。
価格高騰に加え、こうした政策金利の上昇に伴うローン金利の上昇が、販売低迷の背景にあるとみられます。
自動車市場専門の調査会社によりますと、ことし1月~7月の新車販売台数は、前年同期比で24%減少しました。ロシア極東ウラジオストクにある中国メーカーの販売店でも、販売台数は去年より20%以上落ち込んでいるとしています。
店長
「多くの客にとって高額の頭金なんて用意できません。そうすると、ローンの金利がいっそう高くなってしまいますが、そんな条件では誰も車なんて買えないでしょう」
また、自動車業界の関係者は、アメリカのトランプ大統領がロシアとウクライナの停戦に向けた仲介を模索していることから、停戦が実現すれば制裁が解除され、ヨーロッパや日本の車が再び入ってくるかもしれないとの希望的観測から、消費者が様子を見ていると指摘しています。
中国の自動車メーカーは、日本などのメーカーが、ロシアでの生産や販売から撤退や縮小を進める中、その空白を埋める形でシェアを伸ばしました。
自動車市場専門の調査会社によりますと、ウクライナ侵攻前、わずか3%だった新車販売のシェアは、去年55%にまで急拡大しています。
しかし、自動車販売の落ち込みの影響で、これまで過去最高を更新してきたロシアと中国の貿易額も、ことしに入って前年同月比でマイナスに転じています。
「高金利で住宅購入できない」
もう1つの高額商品、マンションの売り上げも落ち込んでいます。
軍事侵攻のあと、人材の流出を防ごうと政府が始めたIT技術者向けの金利の優遇など、年間7000億円を投じた優遇措置のほとんどは去年の夏までに終了。
それに加えての高金利。
モスクワで4000戸以上のマンションを建設するなど、全国で事業を展開する大手開発会社は「住宅ローンの金利が妨げとなっている。人々は住宅を購入しようとしないし、購入できない。売り上げが落ちていることは疑いない」と明かしました。
ロシアNIS経済研究所 中居孝文所長
「軍需や輸入代替の供給面に加えて、消費が経済成長の大きなけん引役でしたが、これが冷え込んできたということで、民生品の部門、例えば軽工業だとか食品加工業だとか、こういったところが今、とても厳しい状況になっています。
消費の低迷は特に自動車の売れ行きで非常によく出ています。ちょっと収入が減ってくると出費を抑える一番のものはやはり大きな買い物ですから、例えば車に返ってくるわけです」
“エンジンが故障した飛行機”
高金利が表すように、“過熱”していたロシア経済。
ことし4月、経済の「ソフトランディング」を議論しているとしたプーチン大統領は、6月の国際経済フォーラムでも「ロシア経済の停滞や不況のリスクが現実化するのは許されない」と危機感を示し、「2025年の最重要課題は経済のバランスの取れた成長への移行」だと述べました。
さらに、6月27日、訪問先のベラルーシで、プーチン大統領は、GDPの6.3%を占める軍事支出について、「多いか少ないかと言えば、多いと思う」と述べたうえで、「われわれは、今後3年間の国防費の削減を計画している」と明らかにし、軍事支出の削減にも言及しました。
専門家は、侵攻開始からの3年間で、経済成長の限界が見えてきたと指摘します。
ロシアNIS経済研究所 中居孝文所長
「2024年末のロシア政府の予測ではことしのGDP成長率は2.5%~3%といわれていましたが、(ことし1月~3月のGDPは)それを大きく下回る成長率でした。政府が予想していたよりも景気の鈍化は大きいといえます。
戦争が始まってから軍需、それから西側諸国との経済関係断絶に伴う輸入代替をけん引役として、かなり強い制裁がかかっているにもかかわらず、高い経済成長率を達成してきましたが、ここに来てその経済成長モデルが限界に来たのではないかといわれています」
一方、経済を理由としてプーチン政権がただちに停戦を迫られるような状態ではないとの見方を示しました。
「ロシア経済はいわば“エンジンが故障した飛行機”に乗っている状況なんですけど、中央銀行の総裁など、パイロットの腕がすごくよくて、何とか墜落することなく飛ばしている状況じゃないかと思います。
いきなりクラッシュするという事態は可能性としては低いと思います。
少し実質賃金は下がってきていますが、職はあるわけで、いきなり国民の相当部分が仕事を失うとか、そういう状況ではありませんので、社会的な不安はそんなに大きくはないというところです」
(6月18日おはよう日本などで放送)
野田 順子
1996年入局 初任は富山局
ハノイ支局長 「キャッチ!世界の視点」のキャスター
ベルリン支局長などを歴任
横山 寛生
2014年入局 札幌局や山口局などを経て2022年から現所属
学生時代にロシア語を学ぶ
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