祭囃子は聞こえない ④
≪―――――BURNING STAKE!!≫
「盟友!?」
反射的に俺は舞台上の輝鏡ちゃんだったものに蹴りを繰り出すが、燃え盛る蹴撃は見えない壁によって阻まれる。
シルヴァ特製の結界だ。 強度はお墨付き、そう簡単に壊せるものじゃない。
「シルヴァ、結界の解除は!?」
「ふぇ!? む、無理だ! さっきも言ったように、中から出ないと……」
「チッ……!」
気ばかり焦る、が状況が変わるわけでもない。
火の粉が砕け散る視界の先、舞台の上では輝鏡ちゃんの顔をした何かが薄っすらと口角を釣り上げて嗤う。
「……ぶ、ブルームさん!? ななな何をするんですか!?」
「とぼけるなよ、誰だテメェは……!」
「…………ああなんだ、バァレてたんだ?」
結界の向こう側にいる誰かが一瞬だけ怯えたふりをするが、すぐにその顔を先程よりも歪んだ笑みへと戻す。
笑い方ひとつでここまで変わるのか、その笑顔は先程までに見た天真爛漫といって差し支えない濃墨輝鏡のものとは似ても似つかない。
「ブルーム、退いてください!!」
「……!!」
見えない壁を蹴り、跳び退いた瞬間に先ほどまで俺がいた場所目掛けてラピリスの大剣が振り下ろされる。
ガァンと耳障りな音を立てて待機が震えるが、それでも結界は揺るがない。
俺もラピリスもほぼ全力に近い力を籠めた、それでも舞台を隔てる壁は壊れない。
《マスター、どういう事ですか!? あれ本当に輝鏡ちゃんですか!?》
「ブルーム、あれは何なんですか!?」
「俺だって分からねえよ、2人揃って聞くな! 一体何が……」
「――――うん、良い魔法だ。 今の今まで潜んでいて正解だったね」
混乱する俺たちを尻目に、輝鏡ちゃんだったものが笑う。
嘲笑ではなく、慈しむ様に自分を守る壁を見つめながら。
「……もう一度聞くぞ、お前は誰だ」
「お初にお目にかかるね、私は“クーロン”。 あなた達と敵対する魔女の一味さ」
「魔女……!?」
「それより、少し落ち着いた方が良いと思うよ? 血気盛んと聞いてはいたが、これじゃ折角のお客様が逃げてしまうじゃないか」
俺たちの背からは悲鳴と混乱が入り混じった声が聞こえる。
俺だけならともかく、ラピリスまでもが突然舞台役者に危害を加えたのだ。 何も知らない彼らからすれば理解が及ばないだろう。
『ら、ラピリスクン!? ブルームクン!? いいい一体何があったのだね!?』
「……局長、一般客の避難をお願いします。 濃墨輝鏡が魔女を名乗りました」
『な、なんだとぉ!?』
「―――何の騒ぎですか、これは!!」
本殿の混乱を怒号が引き裂く、声の主は舞台への通路を駆けて現れた濃墨母だ。
「あなた達、一体何のつもり!? 輝鏡、あなたもです! 段取りに無いような真似をして何を考えて……!」
「ちょっと、危ないヨおかーさん!」
この状況の異様さをいまいち理解していないのか、結界の壁をドンドン叩きながら母親が叫ぶ。
しかしその剣幕をまるでそよ風のように受け流し、クーロンが冷めた目で実の母親を見下す
「……驚いた、この期に及んでまだ状況が理解できていないらしい。 全く、輝鏡の苦労が偲ばれるね」
「訳の分からないことを言っていないで、あなたは私の言うことを聞いていればいいんです! もう良い、舞台は一度中止です、早く降りてきなさい!!」
「ちょっとちょっと、落ち着きなヨおかーさん! 状況わかってるのカナ、あまり刺激しちゃダメだヨ!?」
「黙りなさい!!!」
「あはは、ダメだよゴルドロス。 その人は自分が絶対正しいって信じてるから何言っても聞いちゃくれないよ、だから輝鏡は私を生み出したんだ」
クーロンは溜息を一つ吐き出し、懐から小さな小瓶を取り出す。
透明なガラス瓶の中には、いくつもの見慣れた錠剤が詰め込まれていた。
「親から理不尽な叱責を受け続けた少女の心に歪が生じないわけがないだろう? 捌け口も無く溜まるストレスは私という存在を作り出した」
「…………多重人格って奴か?」
「あはは、そうそうそれそれ。 良い子を演じすぎた輝鏡は皮肉にも悪い魔女を生み出してしまったのさ」
《に、二重人格の魔法少女!? そんなんありですか!》
「ええいお前は黙ってろ! だがここからどうする気だ、何時までもその箱の中に閉じこもってもお前だって何もできないだろ!」
既に舞台の周囲は俺たち4人が取り囲んでいる。
こちらからも手出しは出来ないが、向こうだって一歩でも外に出たらただでは済まないはずだ。
「そうかもしれないね、だから外の相手はこの子に任せるよ」
クーロンが小瓶のふたを開け、錠剤を一粒取り出す。
元々舞を披露する舞台だ、視界の通る壇上の一挙手一投足は周囲の人間からもありありと見えてしまう。
「……明日のニュースの一面は決まったネ」
ゴルドロスの皮肉と、クーロンが錠剤を嚥下するのはほぼ同時だった。
「――――変身」
瞬間、舞台上が黒い光に包まれる。
そして見えなかったはずの結界の境目は光で縁どられ、黒い立方体と化して内部の様子を遮断する。
ダメもとで箒を叩きつけてみるが、やはりビクともしない。 中は? クーロンはどうなった?
……その答えはすぐに形となって現れた。
「クソ……! ハク、内部の様子はどうなっ……」
「――――マスター、避けて!!」
突然黒く塗りつぶされた内部から現れたのは、長い胴をうねらせて宙を飛ぶ巨大な蛇……いや、竜の様な魔物だった。
ハクの掛け声もあり、寸での所で身を捻り、黒い肢体を回避する俺。
しかし横をすり抜けた竜はそのまま、勢いを落とさずに進行方向を切り替えて濃墨母目掛けて飛びついた。
「なっ!? しま……っ!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
黒い竜は通り過ぎざまにかぎ爪を彼女の両肩に引っ掛け、中空へと連れ去って行く。
うねる竜の身体はそれだけで大きく風を生み出し、咄嗟の事もあるがその場の魔法少女は誰も追いかける事が出来なかった。
「っ……! ゴルドロス、シルヴァ!! あの魔物を追ってくれ!」
「分かったヨ、そっちは任せた!」
「盟友、気を付けてな!!」
「あはは、思ったより便利だねこれ。 そうか、私が出なければあくまで解除されないのか」
竜の事はひとまず任せ、結界の中でけたけたと笑うクーロンを睨みつける。
黒い靄も晴れ、現れたのは同じく真っ黒の中華衣装に身を包み、鏡のように磨かれた青龍刀を肩に担いだクーロンだ。
……あれが奴の魔法少女としての姿か。
「お前……あの人に何をする気だ!!」
「何って報復さ、これまで受けた仕打ちのね。 ……さて、それじゃどうする魔法少女?」
遠い空から先ほどの魔物のものと思われる鳴き声が轟く。
突然の魔女、そして魔物の登場。 何も出来ずに立ち尽くす魔法少女の姿を見て、集まっていた一般人は蜂の巣をつついたような大混乱に包まれている。
「魔女に手出しは出来ない、守るべき市民はもはや収拾がつかない、しかも魔物まで野放しだ。 あの2人だけで手が追えるかな?」
悲鳴が渦巻く祭り会場にはもはや、祭囃子は聞こえない。