祭囃子は聞こえない ③
何も知らずに騒ぎ立てる群衆の声が聞こえる。
これから起こる事も知らずに集まって来る馬鹿面達が見える。
「輝鏡、準備はよろしいですか?」
後ろから煩わしい声が掛けられる、散々聞き飽きた苛ついている時の声色だ。
おおかた、客の入りが魔法少女達の舞台よりも若干少ないから気が立っているのだろう。
まったく、彼女の母親ながらこの神経質な性格には辟易する。
「……大丈夫ですよ、お母様。 輝鏡はいつでも備えが出来ております」
「ええ、今日この日だけは些細な失態も許されません。 分かっていますね?」
「ええ、もちろんです」
しまった、今のは笑う所だったのかな。
これだけ釘を刺しておきながら、大事な大事な“商品”の頬を昨日張ったのはどこの誰だっただろうか。
「では、行ってまいります。 お母様はこちらでお待ちください」
「ええ、成功は当たり前です。 この神社のために、その身を尽くしなさい」
……とてもじゃないが、我が子に掛ける台詞とは思えないな。
いつもの事ではあるが、今日でこのたわごとも聞き納めかと思えば少し寂しいものがあるような。 いや、やっぱりないな。
「はい、私たちは私たちのために踊らせていただきますね」
最期通知もご覧の通り、もはや話し合う余地などはない。
さて、それでは思い上がった馬鹿な親にそろそろ天罰を下そうか。
――――――――…………
――――……
――…
落ち着かない気持ちを懐いたまま、すぐに時間は過ぎていく。
広かったはずの本殿は人が詰め込まれ、外には多くの立ち見客もいる。
視界を隔てる木扉はすべて取り外され、外からでも本堂の中央にある神楽舞台は十分見えるだろう。
「うっへぇ、この観衆の中で踊るのか。 大変だな輝鏡ちゃんも」
「キバテビの方が動員数は多いヨ、ノープロブレム!」
「何の慰めにもなっていないと思うぞ、我」
「相当なプレッシャーでしょうね、無事に終わってほしいものですが」
そして俺たちがいるのが神楽の4つ角を支える様に建てられた柱のすぐ下、観客と舞台のちょうど境目だ。
これなら東西南北、どこから異変が起きようと最低1人は対処できる。 単純だが分かり易い警備体制だろう。
『あーあー、聞こえるかね。 そろそろ時間だ、準備は良いかね?』
「っと、局長さん。 こっちは問題ないぜ」
『その声はブルームクンか、通信機の調子は問題ないようだね』
マフラーに刺した通信機越しに局長の声が聞こえてきた。
他の3人にも同じく通信が繋がっているようで、各々通信機を口元に寄せている。
「こちらは今のところ異常なし、そちらは?」
『不気味な事に何も無いね。 いっそ何か怪しい動きでもあれば心構えも出来るのだが……ここだけの話だがね、私の勘が絶対何か起きると言っているんだよ』
「そりゃ頼りになりそうな勘だ。 こちらも注意はしているけど、そっちでも何か見つけたらすぐに教えてくれ」
『分かっているとも。 ……そろそろ通話は一度切り上げよう、カメラの前で魔法少女の愛想が悪いのもイメージが悪いからね』
「カメラ?」
通信機から顔を離して改めて周囲を見渡すと、舞台を囲む観客席からはスマホを持った手がいくつも伸ばされ、俺たちの姿を撮影している。
更には奥の方ではもっと立派な一眼レフを構えたカメラマンや、マイクを構えた報道関係者らしき姿も見える。
「魔法少女が護衛するお祭り、しかもそのメインイベントともなればマスコミも黙っていないだろうネ。 アピールチャンスだヨ」
「そんな事言ってるのはゴルドロスだけですよ……っと、輝鏡さんが来ましたよ」
ラピリスが促すと、観客も皆気づいたのだろう。 全員の視線が中央の舞台に繋がる細い通路に向けられた。
木造の通路を軋ませることも無く、背筋を伸ばした悠然とした足取りで進むのは輝鏡ちゃん……なのだろうか。
「はえぇ……すっごい、別人みたい」
シルヴァが思わず感嘆の息を零すのも分かる。
金糸をたっぷりと縫い付け、赤と白の色が映える豪奢な祭儀用の巫女装束、そして薄く化粧も施しているのだろう、紅を引いた口で柔らかい笑みを浮かべた彼女は本当に別人のようだ。 ……だが。
「……あれって、本当に輝鏡ちゃんか?」
「HAHAHA、大げさだネブルーム。 確かに見違えたようだけどそっくりさんじゃあるまいし」
なんだろう、違和感が拭えない。
確かに化粧と衣装で雰囲気こそ変わってはいるが、輝鏡ちゃん本人であることに変わりはない。
本当に今あの場にいるのは彼女なのか?
「……盟友、あまり持ち場を離れるのは、その」
「あ、ああ。 すまん……」
本番の最中に声をかける訳にもいかず、おたついている間にも輝鏡ちゃんは舞台に足を踏み入れる。
あとはシルヴァが結界を動かすだけで守りは万全だ。
『対象、結界保護内に侵入確認。 それじゃシルヴァちゃん、お願い』
「うむ、任されよ!」
縁さんからの指示を受け、シルヴァが先ほどと同じように本を捲ってペンを走らせる。
キンという硬質な音を立て、また見えない結界が展開される。 これで外から舞台へは手出しが出来ない。
『お客さんたちはこちらのスタッフで警備するから、皆は魔法少女の襲撃と中央舞台だけ注意していて。 お祭りを台無しにしようとするならそこが急所だから』
「分かってるヨ、きっかりばっちりしっかり守るからネ!」
そうだ、シルヴァの張った結界は問題なく稼働している。 心配事は何もない。
なのに、この胸騒ぎは一体何なのだろう……
「ようこそ、皆さまおいでくださいました。 お祭りはお楽しみいただけましたでしょうか?」
舞台に立った輝鏡ちゃんが周囲に向け、ぺこりとお辞儀を見せる。
周囲からはパラパラと拍手が立ち、これから始まる神楽に期待が高まっているのだろう。
「ふふ、とは言っても皆さま魔法少女が目当ての方が多いと思います。 しかしまだ帰らないでくださいね、ここまで来たら是非、小童の芸を1つでも見てからお帰りください」
皮肉も交えた輝鏡ちゃんの演説に、周囲からも拍手に混ざって笑いの声も立ちこみ始めた。
幼いながらなかなか舌が回る、というか事前に用意した台詞なのだろうか。
……ふと、輝鏡ちゃんが歩いて来た通路の向こうからちらつく人影に気付く。
反射的にそちらを見れば、舞台を覗いている輝鏡ちゃんのお母さんの姿だった。
だがしかし、娘の晴れ姿を見守るその顔つきはいら立ちが籠っている。 何故だ? 今輝鏡ちゃんが喋っている内容は打ち合わせに無い段取りなのか―――――
「――――それでは、見せてあげましょう。 私達による、魔女の火あぶり芸を」