祭りの場所はここか ③
「だぁーもう! 全然当たらないヨ、どうなってるのサ!?」
「はっはっはぁー、残念だねぇお嬢ちゃん。 また弾切れだ」
「コルト、もう諦めろって。 これで5回目だぞ」
「代わりなさいコルトちゃん、私が仇を取るわ!」
「こっちはこっちで大人げないですね……」
赤い棚の上により取り見取りの前で、他の子供たちに混ざって縁さんがコルトから受け取った銃を構える。
射的屋の主人は受け取った300円を売り上げ籠に収めてしたり顔だ、完全にこの2人はカモとしか見られていない。
「ぐぬぬ、銃の名手ともあろう私がとんだ不覚だヨ!」
「でもコルトちゃんって、どっちかという弾幕……」
「詩織ちゃん、余計な火種は撒かない方が吉だぞ」
確かにいつものゴルドロスのマシンガンをやたらめったらにばら撒くスタイルは狙いも何もない気がするが、それでも銃使いとしての自尊心が少なからずあったらしい。
しかしだ、そもそもあのコルク銃の軌道を目で追うとほとんど真っ直ぐ飛んでいなかったように見えたが……
「……あのおっちゃん、コルトの諦めの悪さを見抜いてわざと性能の悪い銃渡したな。 いい商売勘してるぜ」
「そうですよね。 そんな所だと思ってましたよ、やけにコルクの精度悪かったですからね」
「What's!? 気づいてたなら教えてヨ二人とも!!」
「「気づかない方が悪い」」
撃ってる本人としては的ばかり気にして銃の性能まで気にする余裕が無かったのだろうが、頭の血が上り過ぎだ。
「まあ悪かったって、それでどれが欲しいんだコルト?」
「んッ!!」
頬を膨らませたコルトが指をさしたのは棚の最上段で構えているクマのぬいぐるみだ。
中に綿がみっちり詰まっているのか前のめりにぐったりと構えたそれは、コルクで弾き飛ばすには少し難しい重量と大きさをしている。
「……あれは無理だろ。 ってかクマのぬいぐるみならもう持ってるじゃねえか」
「ン゛っ!!!」
「ああもう、分かったよ! おっちゃん、銃頂戴!」
「おっ、お友達のかたき討ちかい? いいねいいね、5発で300円だよ」
「ああ、銃はこっちで選ばせてくれ。 それじゃない奴が良い」
「…………ほ、ほぉ?」
ブルームの笑顔に店主の動きが一瞬止まった、コルトの友達と見て侮っていたがその認識をすぐに改めたようだ。
しかし警戒する店主の視線を気にも留めず、籠の中からまだ新しい銃を取り出し、コッキングを引いてから銃口にコルクを詰めている。
「箒、どうする気ですか? そもそもあのぬいぐるみはコルクで倒せないでしょう」
「まあ見てな、あっちがイカサマ仕掛けるならこっちもだ」
「…………?」
何かを企むいたずらっ子の表情のまま、ブルームが銃を構える。
肘を台につき、安定した状態で構えた銃口はピタリとぬいぐるみへと当てられる。 的の大きさもあり、あれなら外すことはない。
しかし当たってもコルク程度の軽い衝撃ではびくともしないはずだ、どうやって崩すつもりだろうか。
「ハク、調整は任せたぞ……と」
独り言のような言葉を漏らし、ブルームが引き金を引く。
放たれたコルクは真っ直ぐにぬいぐるみの額へ吸い込まれるが、やはりびくとも――――
―――――パンッ!
「…………ん?」
瞬間、周囲の雑踏やコルクを打ち出す音に紛れて乾いた音が鼓膜を叩く。
するとどうだろう、コルクと衝突したぬいぐるみは磁石のように弾かれて大きくその身体を仰け反らせる。
しかし、その傾きが45度を超えてもなお、ぬいぐるみが落下することはない。 ……ぬいぐるみ足元と棚の間にはマジックテープを生やしたシートが張り付けられており、ぬいぐるみの布地をしっかり掴んで離していないのだから。
「え、あ、え……えっ!?」
「おいおいおっちゃぁ~ん、仮にも神社の境内でイカサマしようなんていい度胸してるねえ?」
撃ち終えた銃を肩に担ぎ、ブルームが犬歯をチラつかせて笑う。
次いで明らかに傾いても落下しないぬいぐるみの異常さに気付き、周囲の子供たちも騒ぎ始めた。
この人数の前でイカサマのタネをばらされたのだ、もはや言い逃れは出来まい。
「そうか、私がいくら撃っても落ちなかったのはあのイカサマのせいだネ!?」
「いえ、そもそもあなたは弾が当たっていませんよ」
「葵ちゃん……そういうことに、しておこう……?」
周囲から投げられるブーイングは止まらない、イカサマされていたのだから当然だろう。
そして子供と保護者たちに囲まれてたじたじの店主を横目に、こっそり棚から剥がしたぬいぐるみを抱えたブルームが戻って来た。
「ほらよ、お嬢様。 ご所望の品はこれでいいかい?」
「わっはー! 流石だヨ、ブルーム! んふふふー、近くで見るとやっぱりキュートなクマさんだヨ!」
「よかったですね、コルト」
渡されたぬいぐるみを目いっぱいに抱きしめ、頬擦りをするコルト。
見た限りかなり上等なものに見える、射的代を差し引いても十分に元は取れる質だろう。
これにはコルトも大満足の様子、しかしこうなると少し不満が込み上げて来た。
「……私の分はないんですかね」
「えっ?」
「いえ、何でもないです。 忘れてください」
「盟友、葵ちゃんが……コルトちゃんだけ、ズルいって」
「詩織さん!」
つい口から漏れた言葉を思わぬ伏兵によって補足される。
やはり元は野良同士、こんな形で裏切られようとは思わなかった。
「ああ、そういうことね。 言ってくれりゃ葵の分も取って来たのに」
「ああああああ! 不覚です、失態です! すぐっ! 忘れてっ! くださいっ!!」
「あっはっは、ンなムキにならなくても良いって。 あのテキ屋は使えそうにないしな、欲しいものあるなら他の店探そうぜ?」
「だからその子供をあやすような眼と声と態度をやめなさい! やめてください!」
恥ずかしさのあまり、ブルームの肩を掴んでガクガク揺するが、あまり気にもされていない。
何故私はブルームに少しでも嫉妬なんて懐いてしまったのだろうか、自分で自分が分からなくなってきた。
「……ところで縁さんはどこに行ったんだ?」
「まだお店の方で、皆と一緒に店主さんに怒鳴ってる」
「何やってんだあの人」
しっかりとその手に代金と景品を抱えた縁さんが戻って来たのは、それから10分後の事だった。