祭りの場所はここか ①
「ここカナ、祭りの場所は……!」
「まあ、そうですね」
「昨日も……来たよね……?」
そこら中に設置されたスピーカーから祭囃子が流れる境内に立ち、小銭を握り締めたコルトが目をキラキラと輝かせる。
まだお昼前だというのに、祭り会場は結構な賑わいを見せている。 「魔法少女が参加する」という集客効果は想像以上のものだ。
「夜は私達も本番だからね、楽しむなら今のうちだヨ! ……だってのにサムライガールは元気がないネ?」
「折角の浴衣なのに、七篠さんがいないから……」
「あぁー……恋する乙女は面倒くさいネ」
「放っておいてください!」
ダメもとで誘ってはみたが、やはりお兄さんは店で留守番をしているつもりらしい。
今日はいつも以上に客は集まらないと思うが、そんな生真面目な所もまたお兄さんの魅力だろう。 好き。
「まぁまぁ、そうしょげないでサー。 今日ぐらい目一杯楽しもうヨ、今回はゲストも居るんだからサ」
「ゲストといってもいつもの面子じゃないですか」
「いつもの面子で悪かったなぁオイ」
私の愚痴を聞いていたのか、最後の一人が遅れて顔を見せる。
……いや、見慣れたというのは訂正しよう。 老年のような白髪と三白眼は相変わらずだが、その服装はいつもの飾りっ気のない私服とは違い、私達と同じく浴衣で着飾られていた。
黒を地とし、艶やかな朱を火花を散らすように彩らせた彼女の浴衣は髪の色と合わさり、良く似合っている。
本人は不服なのか、いつもより目つきが悪いのが玉に瑕だが、思わず「ほぅ」と感嘆の息が零れた。
「……驚きましたね、あなたそんな服も持っていたんですか。 高いでしょうに」
「ああ、誰かさんのお蔭でな……これで文句はないよなァ?」
「うんうん、バッチリだヨ! あとで写メ取ろうネ」
「断る!!」
ああなるほど、コルトの差し金だったか。 彼女の財布の緩さを考えれば、確かにブルームの浴衣代ぐらいポンと出してしまうだろう。
いや、コルトの事だから替えの浴衣も何着か揃えているのでは……言ってくれれば私も協力したのに。
「……あの、サムライガール? なんで私を睨んでいるのカナ?」
「お気になさらず、ただの嫉妬です」
「ソーデスカー。 ……やっぱり本能的に中身に気づいてるのカナ……?」
「何をブツブツ言っているんですか、それとブr……箒、あなたお金は持ってきているんですか? なければ貸しますよ」
「なめんなよ、ちゃんと持ってきてら!」
ブルームが胸を張って取り出した小銭入れの中身には多量の小銭と数枚の紙幣が詰まっている。
以前の洋服屋と違い、今度はしっかり軍資金を用意してきたようだ。 ……お金の出所については問いただすべきだろうか。
「……言っておくけど後ろめたいことは何もしてないからな」
「何を言っているんですか信じてますよ、ええ」
「葵ちゃん……瞳、見て話そう……?」
「ま、余計な時間かけないで早く遊……パトロールと行こうヨ、屋台の在庫は待ってくれないヨ!」
私の葛藤など知ったばかりかと、コルトが待ちきれずに立ち並ぶ屋台に向けて駆けだす。
海外の血が混じったコルトの外見は浴衣姿のせいもあり、よく目立つ。
しかし祭りに対して無邪気にはしゃぐ姿は道行く子供たちと何ら変わりはない、ある意味私達の中で一番民衆に馴染んでいるのはコルトかもしれない。
「私たちも見習うべきですかね、詩織さん、箒」
「自然体でいいと思う……よ?」
「あれははしゃぎすぎだろ」
「そうですかね……と、そうだ。 箒、これを渡しておきます」
「ん? なんだこれ」
「超小型指向性スピーカー……まあ簡単に言えば首元辺りに装着すれば音が拾える通信機ですよ。 今回は協力関係ですからね、渡しておきます」
「便利なもん使ってんなぁ」
ブルームに渡したのはヘアピンのような形状の通信機だ。
耳につけずともクリアな音声で通話ができるという優れもの、浴衣姿で耳に通信機というのは目立つため、特別に用意された代物だ。
「ちなみにこれひとつでウン十万するらしいです、無くさないように」
「一気に受け取りにくくなった!」
「まあ壊しても弁償しろとは言いませんよ、髪に刺した方が似合いますよ」
通信機を受け取ると、ブルームは渋い顔をしたまま襟元に差し込んだ。
黒地の上に重なる同色の通信機は目立ちにくい、合理的な判断だが少し残念な気持ちもある。
「ところでコルトのやつは追いかけなくていいのか?」
「どうせすぐ近くの出店をフラフラしてますよ、私たちは保護者の登場を待ちましょう」
「保護者?」
「ごめんごめん、皆待ったぁ!? ……あれ、コルトちゃんは?」
噂をすればなんとやら、石畳を歩くサンダルの音を鳴らしながらやってくる。
いつものメガネとジャージを脱ぎ捨て、私達と同じ浴衣姿……ではあるが、腰帯で引き締められた輪郭からはいつものやぼったい服装からは考えられない凶悪な双丘が突き出ている。
「縁さん、慌てずとも時間的にはまだ5分前ですよ。 あとコルトは待ちきれずに一人で飛び出して行きました」
「保護者って……縁さんの事だったのか」
「はい、そうです! 局長とのじゃんけんに勝利して同行権を得た縁です! 今回はよろしくね、箒ちゃん」
「軽いなぁ魔法局!」
そう、今回は珍しく縁さんが同行している。 子供たちばかりでは目立つからという理由で保護者枠としての同行だ。
まあ実際は自分達もお祭りを楽しみたいからではないだろうか、昨日まで局長とは喧々諤々の議論を広げていたことを思い出す。
「ふふふ、心理学者相手にじゃんけん勝負など100年早いわ局長……! さあさ、私達もコルトちゃんと合流して楽しみましょう! どこ回る? 射的? おみくじ?」
「この人が一番楽しんでるんじゃねえかな……てか仮にも有名人がこんな所で顔出して良いのか?」
「ふふ……箒ちゃん、学者ってのは案外顔は知られないものよ。 眼鏡を外してちょっとお化粧を頑張るとね……誰にも気づかれないの……」
「それは……悲しいな……」
どこか遠い目をした縁さんがぼやく、有名人には有名人なりの気苦労があるのだろうか。
それに縁さんはいつも魔法局でくたびれるほど働いている、今日ぐらいは羽を伸ばしてもばちは当たるまい。
局長は……まあ、裏方のお仕事を頑張ってほしい。 あとで焼きそばを差し出しに行こう。
「いきましょう……今日は、お仕事の事を忘れていっぱい遊ぶの……!」
「忘れないでくださいね、午後からは仕事があるんですから」
「魔法少女の……お仕事が待ってるから……」
「なあ、本当にこの人が同行して大丈夫なのか?」
……私はブルームの問いかけに答えられず、黙って先を歩く縁さんを早足で追いかけた。