ドクター・ストップ ①
「あーもしもしタイガー先生? ソダヨ、私だヨ私。 うん、かくかくしかじかで診てもらいたい子が……OK、それじゃそういうことでーはいヨー……ヨシ、これでOKだネ!」
どこかに電話を掛けていたコルトが通話を終え、両手にカゴいっぱいに詰められた袋詰めのお菓子を携えて俺たちのいるリビングへと戻って来る。
「おかえり、病院か?」
「ん、そんなとこだヨ」
一体どこにつなげていたのかは聞こえて来た話の流れから何となくわかるが、果たして花子ちゃんが掛かる事が出来る病院があるのだろうか。
しかしコルトはサムズアップも見せて自信バリバリの様子。 ……信じていいのかはちょっと不安だが。
「そんな事よりサ、何やってんの2人とも?」
「こ、コルトちゃん……とめてぇ……!」
「邪魔すんなよパツキン女! こいつ花子の奴を誑しやがった!」
「いやーそんなつもりなかったって本当だよあだだだだ!」
あきれ顔なコルトが見下ろしているのは花子ちゃん……もとい、花子ちゃんに憑りついたセキという少女に馬乗り固めを喰らっている俺の姿だ。
花子ちゃんの身を案じたつもりだがどうも保護者の怒りに触れてしまったらしい、少し心配し過ぎだっただろうか。
《そんなんだからいつまでたってもそんなんなんですよ、ブルームスターの格好でもその調子とは一周回って恐れ入りますねー》
「なんだよ、言いたい事言うならはっきり言えよ! ていうかあんまり暴れるなって、また傷が開くぞ!」
「いーやオレの経験則ならこれくらいなんってことゴッハァ!?」
「あーもー人ん家を血で汚さないでくれるかなー!? メディーック!」
「あ、あわわわわわわ!」
――――――――…………
――――……
――…
「うちのセキさんがとんだご迷惑を……」
「いいから寝てろぉ! 我とて怒るからなそろそろ!」
ソファに寝かしつけられた花子ちゃんに向け、シルヴァが過剰とも思えるほどの治癒を掛ける。
見た目は完全に塞がっていたように見えたが、激しく動くとまた傷口が開いてしまうようだ。 これでは危なっかしくて戦闘どころの話じゃない。
「やっぱり一度本職に見てもらったほうがいいネ、予約はさっき取ったから落ち着いたら行くヨ」
「予約って……あの、悪いんすけど自分は」
「大丈夫だヨ、腕の立つ闇医者だから個人情報なんてそうそう漏れないからサ」
「いや腕の立つ闇医者ってなんだよ」
某漫画の神様が描いた医者でもあるまいし、正式な免許もなく人を診せられるか。
そもそもなんでコルトはそんな怪しいやつと繋がりがある、なんだか彼女の将来が心配になってきた。
「しかし素人治療にも限度があるぞ、我の魔法では先ほどの通り何が起きるかわかったものではない……すまぬぅ」
「ああいやシルヴァさんは悪くないっすよ! 自分がヘマしなければ……あいたたたっ」
「ああコラ無理に動くなって……コルト、一応聞くがその、大丈夫なのか?」
「さっきも言ったけどヤブではないヨ、ちょっと口は悪いけどネ」
「……訳アリか?」
「ソダネ、大人のいざこざに巻き込まれ人だヨ。 詳しい事情は私も知らないけどね」
「そうか、それなら信用できる……のか?」
「とはいってもずっと放っとくわけにもおかないデショ、それにタイガー先生と話つけるために連れてきたんだからサ」
確かに花子ちゃんの状態は想像以上に危なっかしい、いつでも簡単に傷が開いてしまう。
彼女は普通の病院に掛かる事を拒む以上、手段はそれしかないか。
「分かった、けど俺もついて行くよ。 万が一また魔女が襲ってこないとも限らないからな」
「おっけ、じゃあ着替えてからいくヨ。 ハナコガールも回復までもう少し時間かかりそうだしネ」
「着替えって、別にそこまで汚れた訳じゃないだろ?」
「まったくもー、女心が分かってないナー、ブルームはー」
――――――――…………
――――……
――…
そして花子ちゃんの治癒がひとまず完了したのち、コルトに先導されて連れてこられたのは町はずれにある廃病院だった。
辛うじて電気が生きているのか、出入り口横に立てられた電光板はチカチカと弱々しい発光を放ちながら自己の存在を主張している。
その表面に書かれた文字は「ニコニコクリニック」と読めなくもない……が、経年劣化によっておどろおどろしい風味を得てしまった看板はお化け屋敷のそれにしか見えない。
「か、帰るぅ……」
「まあまあまあ」
「まあまあまあまあ」
「まあまあまあまあまあだヨ、ビブリオガール」
一人涙目で後退を始めた詩織ちゃんを三人がかりで宥める。
確かに何か出そうな雰囲気はあるが、ここで唯一の回復役に帰られるのは少し困る。
「我やだ! やだぁ! 怖いのやだぁ!」
「落ち着け詩織ちゃん、内なるシルヴァが溢れてるぞ!」
「あれ、あの人ってどっちが素なんすか?」
「多分非変身ガールのほうが素だと思うけどネ……」
そんなこんなで廃病院前でわちゃわちゃやっていると、険呑な音を立てながら廃病院の扉が開いて行く。
元は自動扉だったのだろうそれは今となってはただの重い扉か、力を込めてもゆっくりとしか開かないのだろう。
やがて人一人通れるほどに開けられた扉の隙間から見えたのは――――老婆のような白い髪をした細長い男性だった。
「ひうっ……うーん」
「あっ、気絶したっす」
「もー、タイガー先生も意地悪だネ。 もっと心臓に優しい登場をしてヨ」
「……うるさいぞガキンチョ、そんなの勝手だろうが」
白衣がわりか寒さしのぎか、薔薇柄のストールを巻いた白髪の男性。
年齢は30台手前ぐらいだろうか、濃いクマの刻まれた瞳はそれでも虎のような鋭い光を宿している。
……いや、これはもしかしてコルトに対して怒っているだけか。
「と言う訳でHEY先生、急患一名連れて来たヨ」
「……お断りだと言ったはずだが?」
「お腹をナイフでぐっさりと、今は応急処置してるけどいつ傷が開いてもおかしくないカナ? もしかしたら内臓まで届いているかもネー」
「…………チッ、金はとるぞ、保険は効かねえからな。 そっちの気絶してるガキは適当なソファに寝かせとけ、ついてこい」
「はいはーい! それじゃ皆ついて来てネー」
「い、良いんすかね。 入って……」
「まあ詩織ちゃんをこのまま路上に寝かせる訳にもいかないしなぁ……」
気絶した詩織ちゃんを背負い、雑草まみれのアスファルトに脚を取られないようにしながら先を歩くコルトたちについて病院へと入る。
……しかし、俺の顔を見てもそこまで怖がらなかった詩織ちゃんを一発気絶させるとは。 雰囲気というのは大事だな。