科学論文の不正を支える組織が急成長している:研究結果

科学論文の不正を組織的に支援する巨大ネットワークが急速に拡大していることが、新たな研究で明らかになった。これらの不正なシステムが、科学の信頼性を根底から脅かしている。
科学論文の不正を支える組織が急成長している:研究結果
Photograph: AndreyPopov/Getty Images

米ノースウェスタン大学の研究チームが発表した最新論文が、学術研究の未来に警鐘を鳴らしている。不正な科学論文の増加率が、正当な研究を上回っているというのだ。

科学者と国家の間には、4世紀以上も前から“暗黙の契約”が成立している。経済と社会の発展に寄与する知見を生み出す報酬として、政府をはじめとする支援機関は研究者に安定したキャリアと高収入、社会的な名誉を保証するという契約だ。営利企業にも似たこの構造は、その効率性が認められ、世界のほとんどの地域で同じように機能している。

数字で測られる研究者の貢献度

ところが、学術誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に先ごろ掲載された研究論文によると、研究者、学術機関、政府機関、民間企業、情報発信プラットフォームが構築してきたこの仕組みに、この数年で崩壊の兆しが表れているという。

論文の執筆者たちによると、現代科学の規模の拡大と専門化が進んだことにより、個々の研究者の貢献度はもはや研究の本質的な価値よりも、発表された論文の数や他者の論文に引用された回数、所属大学のランキング、受賞歴や知名度といった数量的な尺度で測られるようになったという。

「こうした数字が、研究機関や個人の影響力の大きさを測る目安として急速に定着した結果、無秩序な競争が生まれ、研究資金や奨励金、報酬の分配における格差が拡大しています」と、執筆者たちは警告している。

このことが、科学界の一部に不正行為を蔓延させる事態を招いている。成功の証を手っ取り早く手に入れようとする研究者たちがいるからだ。スペインのカタルーニャ研究公正委員会(CIR-CAT)の会長を務めるペレ・プイグドメネチは、「プロジェクトや専門家を評価するのに数値指標を使用すると、近道を求める行為に拍車がかかってしまう」と指摘する。これまでに判明した不正の手口は、実態のない研究のでっち上げや盗用から、論文や引用文の売買まで多岐にわたる。

科学界の健全性を脅かす非合法組織

ノースウェスタン大学の研究によると、不正行為は単独の事例ではないことが多く、科学界の品位の失墜を狙い、組織的な活動を続ける複雑なネットワークによるものが多いのだという。

この論文はノースウェスタン大学マコーミック工学院の教授でエンジニアリング科学と応用数学を専門とするルイス・A・N・アマラルが率いる研究チームによって執筆された。チームはこの結論に至るまでに、不正や重大な誤りにより発表を取り消された「撤回論文」や編集記録、画像の複製使用に関する膨大な量のデータを分析したという。

これらのデータの出どころには、「Web of Science」、「Scopus」、「PubMed/MEDLINE」、「OpenAlex」といった主要な科学文献の情報収集サイトのほか、論文としての品質基準や倫理規範に反するとしてこれらのデータベースから除外された刊行物も含まれる。さらには、撤回論文データベースサイト「Retraction Watch」で名指しされた論文のデータ、出版後査読サイト「PubPeer」のコメント、編集者のメタデータ(編集者名、投稿日、受理日)なども集められ、分析された。

こうした分析の結果、「ペーパーミル(論文工場)」と呼ばれる非合法組織の所業が明らかになった。質の悪い論文を乱造し、ときには仲介業者を通じて、少しでも早く論文を発表したい研究者たちに売りつける人々だ。この種の論文にはデータの歪曲、画像の改ざんや著作権侵害、盗用が多く見られ、荒唐無稽な言説や物理的に不可能な主張を含むものも多い。ノースウェスタン大学が発表した声明のなかで、アマラルはこう断言している。「こうしたネットワークは事実上の犯罪組織であり、科学研究プロセスの偽装を狙って共謀する人々の集まりです」

同大学の研究者たちは、この手のネットワークに関与する科学者の数は増え続けていると警告する。論文そのものに限らず、引用実績や執筆者としての地位を手に入れることで、自ら研究に取り組むことなく、見せかけの名声を得ようとする者が増えているというのだ。

この現象についてさらに深く探るため、彼らは別のプロジェクトを立ち上げ、「ペーパーミル」を出どころとする論文の検出に取り組んだ。その手法は、自動分析システムを使って材料工学とそれに関連する科学分野の膨大な研究論文を分析し、研究に使用した機器について間違った情報を記載している執筆者を特定するというものだった。こうした誤りは、その研究が偽物である可能性を示す手がかりとなる。

この試みにより、『PLOS ONE』のような名の通った学術誌にも、不正な論文がいくつか掲載されていることがわかった。また、すでに発行停止した学術誌に目を付けるペーパーミルの策略も明らかになった。 これらの雑誌のタイトルやウェブサイトを不正に使用することで、偽の論文をあたかもその雑誌に掲載実績のある正当な論文であるかのように見せかけるという手口だ。

「すべての関係者の橋渡しをする仲介者が存在します。必要なのは、論文を書く人、執筆者として名前を出してもらうために金を払う人、その論文を掲載しようとする雑誌、そして掲載を認める編集者です」と、マコーミック工学院のアマラルは言う。「この工程を通じて数百万ドルの金が動いているのです」

この危機的状況に歯止めをかけるため、ノースウェスタン大学の研究チームは複数の手段を提案している。編集プロセスの監視強化、不正な研究の検知方法の効率化、こうした行為を助長するネットワークの把握、科学界における報奨制度の抜本的な改革などだ。

AIの存在が状況をさらに危機的に

チームが強調するのは、科学コミュニティが自ら監視の仕組みを強化し、その健全性を維持することの必要性だ。知の創造と伝播において人工知能(AI)が存在感を増すなか、それは喫緊の課題となっている。

「すでに起きている不正にさえ対処できていないのに、生成AIの力を借りた偽の科学論文を見抜く準備ができているはずはありません」。マコーミック工学院のポスドク研究員で、今回のノースウェスタン大学の論文の主執筆者でもあるリース・リチャードソンは声明のなかでこう苦言を呈し、続けた。「そうした論文からどんな結論が導き出されるのか、何が科学的事実と認められてしまうのか、どんなことが未来のAIモデルのトレーニングに使われ、その後さらに多くの論文執筆の資料として使われることになるのか、誰にも予想できません」

(Originally published on wired.com, translated by Mitsuko Saeki, edited by Mamiko Nakano)

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