2.7万円の家賃が払えなかった洋菓子店、家賃保証会社が見た破綻の内幕《楽待新聞》
私は元・家賃保証会社の管理(回収)担当者。十数年間働いて去年、辞めた。現在まったく無関係な仕事なのかと言えば、そうでもないのだけど。
飲食店やオフィスのような事業用物件、倉庫代わりに使われている居住用物件でも、日常的に家賃の滞納は発生する。物件の契約者は、会社などの法人や個人、どちらの場合もある。
経営不振となり、債務整理や破産へ進むことももちろん、ある。その場合は、家賃保証会社の管理(回収)担当者の出る幕はあまりない。
なぜなら、契約者から依頼を受けた弁護士や、裁判所が選任する破産管財人が、物件の解約・明渡を不動産会社と進めるケースが多いから。
そういう時は「残置物の撤去・処分なんかで協力が必要なら、言ってくださいね」と不動産会社や弁護士に伝えておく。善意ではない。「残置物の搬出ができずに物件の明渡が完了しません」では困るから。その分、賃料が発生してしまう。
一方で、店を放り出して夜逃げしてしまう契約者も、いる。個人事業主や、それと差がないような小規模な法人なら、特に。
私に与えられた今回のお題は「お店」。そのキーワードで思い出した、3人の経営者の話を書いてみたい。
なお、これまでに何度も書いたが、家賃保証会社は、各社バラバラ。
ある家賃保証会社は、「(契約者が債務整理するため)弁護士などから受任通知が届いた」時点で保証契約を終了させる。そうではない会社もある。保証内容も各社で異なる。
全ての家賃保証会社のことなど私は知らない。それを語れる人間も、知らない。私が書けるのはあくまで、自分で経験し見聞きしたこと。この点だけは、忘れないでほしい。
■家賃保証と費用の細かい話
居住用物件と事業用物件では、家賃保証会社が保証する内容も異なる。
最近は事業用物件の保証内容も手厚くなっているが、「賃料◯カ月分まで保証します。明渡訴訟はせずに保証終了します」という保証商品も以前はあった。具体的な数字は伏せるが、◯カ月は「1ケタ」である。いまも存在するかもしれないが。
居住用物件でそこまで薄情な保証商品は、10年前でもさすがにないのでは? 明渡訴訟だって行うだろう。
もっとも、2024年8月5日の記事で少し触れた家賃保証会社は、頑なに明渡訴訟は行わず交渉で「追い出す」。そういう会社も存在するけれど。
家賃保証会社が法律事務所へ支払う明渡訴訟の「費用」についても書いておく。ややボカすが、それなりに大きなある家賃保証会社は、明渡訴訟1件につき「20数万円」である。
安くね? 法律事務所のWEBサイトにはもっと大きな金額が書いてあるけど? と疑問を持たれるかもしれない。
家賃保証会社は「イチゲンさん」ではない。法律事務所と長期契約を結んでいる。一個人が依頼する金額と同じではないのだ。
なお、判決の取得や強制執行申立てなど、段階に応じて金額加算する。明渡訴訟の途中で延滞客が部屋を明渡した。強制執行申立てもしません……であれば10数万円とか、もっと低い金額となる。
この訴訟費用に断行費用は含んでいない。
明渡の断行とは、実際に物件から残置物を運び出すこと。一般にイメージされる「強制執行」だ。物量や距離で大幅に金額が変わる。
さして遠くない1DKの部屋、階数やエレベーターの有無で多少は変わるが、残置量が一般的であれば15万円くらいか。
対して、戸建てで100万円を越えたり、店舗や事務所ならそれこそ何百万円が必要な場合もある。本当にケースバイケースだ。
ただ、執行補助者(残置物の搬出や保管を行う業者)と長期契約を結んでいる家賃保証会社の金額しか私は知らない。
「イチゲンさん」の断行費用は、私にはわからない。きっとそれは、楽待新聞の読者の方が詳しかろう。
何故いきなり脱線して、誰も興味がなさそうな話を始めたのかって?
これを書いているのは真夏の8月初旬。私だって本当は、高校1年生の夏祭りの夜、足をくじいた幼馴染の少女を、背負って見上げた打ち上げ花火。そういう、体験した覚えが全く無い思い出話を綴りたい。
しかしフレンド。私も不惑を過ぎて多少は分別をわきまえた。「不動産投資新聞」で、それはさすがにマズかろう。
だが本連載のタイトルは「大家が知らない、家賃保証会社のウラ話 」。元よりそういう、益体もない連載ではあるのだ。
■テレビにも取り上げられた「洋菓子店」の末路
◯県△市。202X年11月X日、午前9時15分。快晴。102号室の断行日。
社有車をコインパーキングに停めてアパートへ向かう。建物の入口に、執行補助者が立っていた。
何度も見た2階建ての古いアパート。月日と風雨が白い外壁に傷を与え、グレーに変色させている。駅からかなり離れていることもあって、家賃は2万7000円。
「さっき『社長』とかいう人がきて、鍵を渡されたよ」
挨拶をすると、執行補助者はそう言って、ポケットから鍵を取り出した。
◯県△市には、とても大きな公園以外に、特筆すべき観光スポットはない。それは、△市の価値を棄損しない。◯県中心部へのアクセスは良好。△市中心地もそれなりに商業施設が並んでいる。自然も豊か。ファミリー世帯には人気のエリアだ。
102号室の「契約者」は洋菓子店。店舗は102号室から徒歩5分の場所にある。詳述は避けるが、「カワイイ」の源流の1つをモチーフにした外観や内装、菓子のデコレーション。
良くも悪くも住宅街の中で完全に浮いていた。
△市ではちょっとした有名店で、目玉らしき商品もあった。◯県中心部や隣県の百貨店にも出店。TV番組や雑誌で何度か紹介されている。
ネットで検索すると、紹介記事がいくつもヒットした。結局、2万7000円の賃料すら滞納し始めたけれど。
102号室は居住用物件として契約。実際は倉庫として使用していた。山積みになった菓子やケーキの容器が、外から視認できるのだ。
洋菓子店は、「会社」といっても菓子職人を兼ねる社長Aと、あとはたぶんアルバイトだけ。家賃の滞納が2カ月分溜まる頃から、全くAと連絡が取れなくなった。
102号室から徒歩5分の店舗にいつ行っても、アルバイトしかいない。明らかに10代の女の子。家賃の話ができる相手ではない。その場でAに電話をかけてもらっても、出たためしがない。店舗からさほど離れていない、Aの自宅マンションのドアを何度も叩いた。成果なし。
百貨店にも1度だけ訪問。やはりアルバイトがいただけ。
1度だけ? 何度も行かないの? 時間がない? それは無能の言い訳だろ? あなたはそう思うかもしれない。
800件で、5000万円。これは、ある時期の私の担当範囲で、1カ月間に発生した「延滞件数と金額」だ。もちろん、実際にはもっと細かい数字だが。
算数をしよう。5000万円の10%は、500万円。1%は? 50万円。つまり家賃50万円とは、私の業務上は1%の価値となる。5万円なら0.1%だ。
じゃあ、2万7000円は?
その数字にどれだけの労力を費やすのが「正しい」だろう? あえてこの書き方をするが、他にもっと「価値の高い」延滞客は、いるのである。残業代だって無制限に支給されるわけじゃない。
というわけで、時間もあまり使えないし、ある程度の延滞継続は許容できる金額だし──滞納が4カ月分溜まった頃に、明渡訴訟を提起した。
全く、何の反応もなく、判決取得。そして明渡の催告──執行官が部屋を訪問し「◯月◯日に強制執行します」という告知を貼るセレモニー──が終わって、断行日。
前述のとおり、断行開始前に、Aが鍵を返しに来ている。室内の荷物は持ち運ばれていた。
それからすぐに洋菓子店は閉店。現在その場所には、訪問介護の事業所が入っている。
もしかしたら、何かが上手く転べば、△市の名物に成り得たかもしれない洋菓子店は、消失してしまった。
目玉商品を1度くらい食べておけば良かったと思う。
■店舗も「夜逃げ」する
その10日後。11月XX日。午後2時。曇り。場所は同じく◯県△市。
私は△市中心街の路地裏にある、2階建てのビルの前に立っていた。道路に面した大きなガラス窓には、料理やドリンクのメニューが描かれている。オシャレ!
「お待たせしました」
店の入口である茶色のドアが開いた。現れたのは、物件を管理する不動産会社の社員。彼女の声と、ドアに飾られた鈴の音が混じって聴こえた。
私が訪問した理由は、店内の残置物撤去の準備のため。何を撤去しどれを残すのかを確認したいから。
このスペイン料理店の経営者であるBは、店を放り出していなくなっている。
先月下旬に、Bは「解約する。店内のモノは処分しておいてくれ」と、不動産会社に一方的に伝えてきた。直後に、当日付で店舗の賃貸借契約を解約する旨のFAXも送信している。
当たり前だが、その日にいきなり解約・契約終了などできるわけがない。しかも、残置物を処分しておいてくれだって? 不動産会社は何度も電話をかけたが、Bと連絡が取れない。
不動産会社の担当者が店舗に訪問。ドアは施錠されておらず、店内には鍵が残されていた。
賃料滞納が発生。不動産会社から事情を聞いた私は、まずBが住んでいるマンションへ向かった。居住不明。住民票を取得。北海道へ転出済み。本当に、店を放り出している。住民票をしっかり異動させているのは、意外ではあったが。
店では何人ものアルバイトが働いていたらしい。しかし先月以来、不動産会社や近所に住む家主も、店内に人の姿を見ていない。さすがにアルバイトには何らかの形で「店は今日でオシマイ」などと伝えたのだろうか?
店内に戻る不動産会社の社員に続く。店名が大きく描かれたドアを背に、室内を見渡した。今すぐ営業できそうな状態だ。
照明のスイッチを押した彼女に顔を向ける。カウンターの上に吊り下げられた、たくさんのワイングラスを指差しながら、声をかけた。
「ああいう食器なんかを片付けるだけでよろしいですか? それで、終わりで?」
「はい」
先月に解約の連絡。本来であればそこから3カ月分の家賃は発生する。残置物の問題を無視しても。そういう賃貸借契約だ。それまでは賃料保証をせねばならないか……と考えていた。
が、居抜きで来月から使いたいという人物が現れた。
食器や調理器具以外のほぼ全て、椅子やテーブル、店舗前に置く小さな黒板と画架までそのまま使いたいと。
だから不動産会社は、急ぎの不要物撤去を希望した。私としてはラッキーだ。来月からは新たな契約者が使うから、賃料保証は今月末までで構わないと言っているのだから。
「撤去業者には話をしてます。月末までには終わらせます」
私はスマホを店舗内の各所に向け、撮影しながら歩く。
キッチンの壁に貼り付けられた写真が目に入った。中年の男性と女性、真ん中に幼女。みんな、笑っている。彼らの後ろにはそれなりの高級車。
Bが調理を担当していたらしい。であれば、写真は彼とその妻子なのだろうか?
小さく嘆息する。
■自分が作った「お店」を畳む決断なんて
少し前の時間に会話した、居酒屋の経営者Cを思い出した。
「一昨日、団体のお客さんの予約がキャンセルになりまして……心が折れました」
店は閉める。破産する。不動産会社にもすでに伝えたと、Cは続けた。債務整理を依頼した法律事務所名と電話番号を尋ね、回答をメモする。またかよ。今度は居酒屋か。私は胸中で呟いた。
家賃の滞納が常ではあった。しかし2カ月分溜めることはなかった。今回もまだ家賃1カ月分のみが延滞。支払いの約束が昨日。入金が確認できないために電話。受話器から最初に聴こえた言葉が、これだった。
この時期の私の担当範囲では、やたらと飲食店の破綻が続いていた。さらに少し前にも、フランス料理店の店主から同様の結論を聞かされた。
結論に至った過程は、それぞれ異なるのかもしれないが。どちらの店の賃料も、30万円を越えている。
だからといって別に、彼らを非難する気はない。私は所詮、会社員。「数字」的には確かにイタいが、自分のカネを失うわけではないから。
それに、以前にも書いたが、私はずっと会社員だから、規模の大小に関わらず経営者は凄いと思っている。私のような木っ端会社員には想像できない苦労もあるはずだ。
自分が作った「お店」を畳む決断など、大変なものだと思う。私が会社を辞めるのとは、話が全く違う。
会社員の私がいなくなっても街には何の変化もない。誰も気付かない。だが、「お店」はそうではない。いつか行こうと思っていた、いつもそこにあったはずのお店。気付いたら無くなっていた。誰だってそんな経験があるのでは?
ニュース番組で時折、営業終了する店を惜しむ声が報じられる。
売上の低迷だけが閉店理由の全てではないが、「もっとたくさんの人が利用していれば営業継続したのでは?」という場合も、ある。
本稿の洋菓子店やスペイン料理店も、誰かにとっての「いつか行きたいお店」だったかもしれない。誰にも、私にも、そういう店があるように。
まったく、月並み以下、平凡以下の意見しか頭に浮かばず心底から嫌になる。しかしそれでも、そんな店には、いまだ在るうちに、たくさん行ってほしいと思う。私もそうする。無くなってからじゃ、遅いのだから。
今回は、そういうお話。
元家賃保証会社社員・0207/楽待新聞編集部
不動産投資の楽待
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最終更新:8/29(金) 11:00