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偽りの偶像、真実の騎士

神の如きAI【Muse】が下した、非情なる神託。

「――真の黒幕は、佐々木美月」


まだ見えぬ敵の巨大な影に、チームは揺れる。

だが、王は立ち止まらない。

彼は、最も危険で、最も効果的な「罠」を仕掛けることを決意した。


その主演女優に抜擢されたのは、純粋な心を持つ少女、キララ。

憧れの偶像アイドルの仮面を被り、彼女は、悪意が渦巻く舞台へと足を踏み入れる。

その純粋さは、果たして、闇を照らす光となるのか。

それとも、闇に飲み込まれる、脆い硝子となるのか。


そして、水面下で動き出す、もう一人のヒロイン、莉愛。

彼女の気高き決断が、物語を誰も予想しなかった、最悪の局面へと導いていく。


偽りの歌声が響く時、真実の騎士が覚醒する。

最高のサスペンスが、今、始まる。

【神託と作戦会議】


 都会の喧騒が嘘のように静まり返った、桐島弁護士のガラス張りのオフィス。磨き上げられた窓からは、摩天楼の無機質な輝きが、どこか遠い世界のように見えた。その高級そうな革張りのソファに、俺――神谷圭佑は、玲奈に選んでもらった黒のセットアップ姿で深く腰掛けていた。隣には、相変わらずの派手な柄シャツに色付きメガネをかけた今宮が、所在なさげに座っている。テーブルの上には、俺を社会的に抹殺しようとした共犯者の一人、田中雄大に関する調査資料が無機質に広げられていた。その紙束は、過去の俺の絶望の残滓のように見えた。


「…市役所への爆破予告犯が、まさか製氷工場時代の先輩だったとはな」


 俺が吐き捨てるように言うと、桐島は、寸分の狂いもなく着こなしたスリーピースのスーツの襟を正しながら、一切の感情を挟まない声で冷静に分析を加えた。その完璧な立ち居振る舞いは、彼の知性が研ぎ澄まされている証だった。


「書き込みは海外サーバーを経由していましたが、我が社が誇るAI【Muse】の力で、数時間で特定に至りました」


 俺は驚き、今宮と顔を見合わせた。以前、玲奈のスマホ画面でフォロワー数の数字を見た時は、その圧倒的な影響力にただ呆然としたが、実際にその能力の一端に触れるのは初めてだった。


「Muse…?」


 俺が聞き返すと、桐島はデスクの上に置かれた、クリスタルのオブジェのような端末に、静かに語りかけた。オブジェは淡い光を放ち、まるで命を宿したかのように脈動した。


「Muse。状況を説明しなさい」


 すると、オブジェが放つ光はさらに強まり、気高く、そしてどこか憂いを帯びた、美しい女性の声が、スピーカーから響き渡った。同時に、オブジェの上には、白を基調とした、女神のようなスカートドレスをまとった、美しい女性のアバターがホログラムで投影された。腰まで届く、緩やかにウェーブのかかった、美しい銀髪が、光の粒子をまとって静かに揺れている。その姿は、かつて父・正人が開発した、橘莉子の母親の魂を救うために作られたAIの原型であるという、壮大な背景を想起させた。


 はい、桐島様。爆破予告犯『田中雄大』の特定は、すでに完了しています》


 その滑らかな声と、神々しい姿に、俺と今宮は息を呑んだ。これが、俺たちの想像を遥かに超える力を秘めた、真のMuse…。しかし、Museは、俺たちが求めている以上の「答え」を、その透き通るような声で、静かに、そして無慈悲に続けた。


 ですが、マスター。真に警戒すべきは、実行犯の田中ではありません》

 彼の背後で、全ての糸を引いている存在…》

 ――コードネーム『魔女』。佐々木美月。彼女こそが、今回の事件の、真の黒幕です》


「「「なっ…!?」」」


 俺と今宮、そして普段は冷静沈着な桐島までもが、驚愕に目を見開いた。俺たちは、まだ「田中」という見せかけの駒に囚われている間に、このAIは、すでにはるか先の、盤上を支配する「プレイヤー」の正体までを、完全に見抜いていたのだ。俺の脳裏には、製氷工場で、俺の数少ない癒やしだった佐々木さんの、はにかんだ笑顔がフラッシュバックする。その笑顔の裏に、こんな悪魔が潜んでいたという事実に、背筋が凍るような戦慄が走った。人間というものの醜さ、そして、俺の「神眼」が、どれほど未熟だったのかを突きつけられた気がした。


 彼女は、現在、マスター・Kあなたに、意図的に接近を試みています。最大限の警戒を推奨します》


 オブジェの光が、静かに消える。後には、衝撃の事実に言葉を失い、ただ呆然とする、俺たちだけが残されていた。この状況で、どうやって、この粘着質な男(田中)を、世間の目に触れさせずに引きずり出すか。そして、その背後に潜む「魔女」を、どうやって炙り出すか。俺の思考は、まるで沸騰したように激しく回転し始めた。


 俺の思考に、桐島が、ごほん、と一つ大きな咳払いをして割り込んできた。彼は、プロの弁護士として、感情を捨て、冷静に状況を打開するための策を提示する。


「参照。ターゲット:田中雄大の趣味嗜好データより、アイドルグループ『ルナティック・ノヴァ』に関するニュースを抽出しました」


 再び起動したMuseが、テーブルのホログラムに、キラキラとしたステージ衣装をまとったアイドルのニュース映像を映し出す。その映像は、彼のデスクの無機質な空間とは対照的に、鮮烈な色彩を放っていた。


「…実は、私も『ルナティック・ノヴァ』のファンでしてね」


「「ええっ!?」」


 俺と今宮の声がハモった。完璧なビジネスマンである桐島が、アイドルファンであるというギャップに、二人とも驚きを隠せない。今宮は、すぐにニヤニヤしながら桐島に詰め寄る。


「ちなみに、桐島さんは誰推しなんすか?」


「…つ、月島ひまり、という子です」


 桐島が恥ずかしそうに咳払いをするのを、今宮は扇子をパタパタさせながら楽しそうに見ている。「渋い! 古株の不人気メン推しとは、さすがっすね!」


 その的確すぎるオタク的発想に、俺は一つのアイデアを思いついた。田中がYORUの熱狂的なファンであるという情報と、桐島のオタク知識。そして、俺のプロデュース能力。これらが、一本の線で繋がった瞬間だった。


「…桐島さん、その必要はないです。俺のチームに、最高の『女優』がいますから」


 俺は、スマホを取り出し、星川キララに電話をかけた。「キララ、頼みがある。作戦会議だ。〇〇カラオケボックスに来てくれ」


『おっけー! アイドル活動始まるまで暇だから、いいよー!』


 画面の向こうから聞こえる彼女の明るい声に、俺は一抹の不安を覚えつつも、この計画に一筋の光が差したのを感じた。


【偽りの狂宴と水面下の罠】


 数十分後、カラオケボックス店前で合流したキララは、少しだけ背伸びした大人びたワンピース姿だった。俺の顔を見るなり「神谷さん、会いたかったよー!」と、天真爛漫な笑顔で腕に抱きついてくる。その純粋な行動に、今宮は口笛を吹き、「モテる男は辛いっすねえ」と茶化した。


 カラオケボックスの一室。俺はテーブルに置かれた一枚の書類を、キララの方へ滑らせた。そこには、俺の人生を狂わせた田中雄大のプロフィールと、彼が伝説的アイドルYORUの熱狂的なファンであることを示す詳細な資料が載っていた。


「…何、これ?」キララは戸惑いながら資料に目を落とす。


「こいつは、俺の人生を滅茶苦茶にした、共犯者の一人だ。そいつを、誘い出してほしい」


 俺は、桐島弁護士から借りてきた、Muse本体が搭載されたアタッシュケースを、テーブルの上に置き、静かに開いた。ケースの蓋が開くと、内部に仕込まれた発光ダイオードが青白い光を放ち、その中心にクリスタルのオブジェが鎮座していた。


「ひゃっ!?」キララが、光り輝くケースの中を見て、驚きの声を上げる。「なにこれ!?」


 マスターKの指示に基づき、対象人物:YORUの音声データ、及び、3Dモデルデータをスキャン。変声機並びに、3Dフェイスマスクの生成を開始します》


 ケースの中から直接Museの声が響くと同時に、ナノマシンが稼働するような微かな音と共に、完璧なまでに精巧なYORUの変装グッズが生成されていく。まるでSF映画のような光景に、キララは完全に目を輝かせていた。


「私が…YORUさんに…?」


 YORU。それは、彼女がずっと追いかけてきた、雲の上の存在。星川キララにとって、月音夜瑠という存在は、アイドルとしての究極の目標であり、同時に越えなければならない壁でもあった。その彼女になれるという事実に、キララの心は大きく揺さぶられた。


「い、いやいやいや! 無理だよ! 私なんかが、あの伝説のYORUさんになんて、なれるわけないもん!」


 彼女は、ブンブンと、ちぎれんばかりに首を横に振った。しかし、その瞳の奥は、明らかに「やってみたい」という、抑えきれない好奇心と憧れで輝いていた。俺の「神眼」は、彼女の心の奥底に眠る、YORUへの強いリスペクトと、自分自身の価値を証明したいという【慈愛】の美徳の輝きをはっきりと捉えていた。


 俺は、そんな彼女の気持ちを見透かすように、静かに、しかし力強く告げた。


「お前なら、できる。いや、お前にしか、できない」

「…え…」


「YORUへのリスペクトが誰よりも強くて、そのパフォーマンスを誰よりも研究しているお前だからこそ、彼女の魂を、その身に降ろすことができるんだ。…そうだろ?」


 俺の、プロデューサーとしての、絶対的な信頼を込めた言葉。それは、彼女の最後の躊躇いを打ち破るのに、十分すぎるほどの力を持っていた。俺は、彼女の中に眠る【慈愛】の輝きを信じていた。


「………うんっ!!」


 キララは、満面の、太陽のような笑顔で、力強く頷いた。「わかった! やる! やってみせるよ、プロデューサー! 私が、YORUさんになる!」


「せっかくYORUさんになりきったんですから、記念に自撮りと歌動画、撮ってSNSに投稿したらどうです? もしかしたら、ご本人が引用リツイートしてくれるかもですよ?」


 今宮の悪魔の囁きに、キララは目を輝かせた。「それ、天才!」彼女は「#YORU様降臨」のハッシュタグと共に、完璧なYORUの歌唱動画を投稿した。その投稿は瞬く間に拡散され、本物のYORUのアカウントが『すごい! 上手! 私も頑張らなきゃ』と引用リツイートしたことで、ネットは爆発的なお祭り騒ぎになった。キララの才能と、K-MAXという箱舟が持つ求心力が、社会現象の片鱗を見せ始めた瞬間だった。


 本人からの反応に上機嫌になったキララが、カラオケでYORUのソロ曲を完璧に歌い上げる。その様子を、俺は「…ほどほどにしとけよ」と呆れながら見つめ、今宮はカラオケ機器の影に、ピンマイク型の隠しカメラをセットして、二人で部屋を後にした。俺たちは、田中を誘い出すための最高の舞台を整えたのだ。


 ――シーンカット


【場所】タワマンのエントランスロビー


 その頃、天神グループ所有のタワーマンションのエントランスロビー。学校帰りの制服姿の莉愛の前に、地味なスーツ姿の佐々木美月が現れた。彼女は、今にも泣き出しそうな、悲痛な表情で、ハンカチで目頭を押さえている。その演技は完璧だった。莉愛は佐々木が俺を陥れた「魔女」であることを知っていたため、彼女の豹変を目の当たりにしても一瞥すると、完全に無視して通り過ぎようとした。


「待って、莉愛さん!」佐々木は、その腕を掴んだ。その指先は、莉愛の抵抗を許さないように、しかしあくまで優しく、その華奢な腕を捕らえた。


「離して。あなたと話すことなんてないわ」莉愛は、氷のように冷たい声で言い放った。その瞳には、姉・玲奈譲りの冷徹な意志が宿っていた。


「…ええ、そうよね。当然だわ」


 佐々木は、崩れ落ちるようにその場に膝をつくと、衝撃的な事実を、悲痛な声色で告げた。


「…神宮寺は、恐ろしい計画を進めているわ。世界中のあらゆる情報を吸収し、決して誰もアクセスできない、彼だけの『機密データバンク』を、ネットワークの海に創り出そうとしているの」

「…!」


 莉愛は、その情報の重要性を瞬時に理解し、ゴクリと息をのんだ。神宮寺がサイバードラゴンを復活させようとしているという、恐るべき計画の一部が、今、目の前で明かされたのだ。危険な罠かもしれない。しかし、もしこの情報が本当なら、圭佑を救うための、またとないチャンスだった。莉愛の瞳には、迷いが宿った。圭佑を守るための【希望】の美徳が、彼女の心を突き動かした。


「…信じるわ。あなたの言葉」


「ありがとう、莉愛さん」佐々木は、安堵の表情を浮かべると、続けた。「でも、こんな場所じゃ、これ以上は話せない。 私が仕事で使っているホテルの部屋があるの。そこへ行きましょう? そこで、この計画の詳細と、私たちの取るべき対策を話したいの」


 莉愛は、一瞬だけ躊躇した。この女の巧妙な話術と、完璧な演技の裏に、底知れない悪意が潜んでいることを、彼女の「神眼」が本能的に感じ取っていた。しかし、圭佑を救うという【希望】が、その不安を打ち消した。


「…わかったわ」


 彼女は、まんまと佐々木の口車に乗せられ、自ら、悪魔が待つ罠の中へと、足を踏み入れてしまったのだ。莉愛は、まだ知らない。その部屋に用意されているオレンジジュースが、彼女の意識を奪う、眠りの毒であることを。佐々木の恐るべき狡猾さが、莉愛の無垢な【希望】を弄んだ瞬間だった。


 ――シーンは、再び、田中が現れるカラオケボックスに戻る。


【王の尋問と悪魔の掌】


 ネットの騒ぎを知った田中は、完全に舞い上がり、YORU(に変装したキララ)とのデュエットを恍惚の表情で楽しんでいた。彼の目は、まるで夢を見ているかのように輝いている。


 曲が終わると、カラオケ機器の採点画面に『95点』という高得点が表示された。「やったー! すごいじゃないですか、YORU様!」田中は、自分のことのように大喜びしている。その喜びようは、彼がどれほどYORUの熱狂的なファンであるかを如実に物語っていた。


 しかし、キララは、自分が潜入捜査中であることを完全に忘れ、採点画面を指差しながら、ぷくーっと頬を膨らませた。「えーっ! なんで満点じゃないのー!? 昨日、ちゃんと練習したのにー!」彼女の【慈愛】の美徳が、完璧な偶像を演じることを拒否し、純粋なアイドルとしての本性が顔を覗かせた瞬間だった。


「…え?」田中は、突然素のリアクションを見せた彼女に、きょとんとした顔で固まった。「あ、いや、でも! 95点でも、めちゃくちゃ凄いですよ!」


 その純粋なオタクぶりに、キララはさらに調子に乗り、キラキラした瞳で尋ねてしまった。「ねえ、ねえ! どうだった!? 私、ちゃんと、YORUさんになりきれてたかな!?」

「あっ…!」キララは、自分の致命的なミスに気づき、顔を真っ赤にして慌てて取り繕う。「い、いや! 今のはその…今日の私、ちゃんと『YORU』として、あなたを楽しませることができたかなって…!」


 別室で、インカムを通してそのやり取りを聞いていた俺と今宮は、同時に頭を抱えた。「「…(アホの子だ…)」」俺はキララのあまりの純粋さに呆れつつも、その【慈愛】が、この作戦を成功させるための鍵になるだろうと確信していた。


 田中は、「え…?」(なりきるって…? でも、本物のYORU様が俺なんかのために、こんな風に気さくに話してくれてる…! 夢か…!?)と、混乱しながらも、ポジティブに、オタクとして幸せな勘違いを深めていた。彼の心は、もう目の前の「YORU」に完全に囚われていた。


 キララは、「じゃ、じゃあ、ちょっとドリンクバー行ってくるね!」と、そそくさと部屋を出て行った。その背中には、緊張と興奮が入り混じっていた。


 入れ替わりで部屋に入ってきたのは、俺、神谷圭佑、ただ一人だった。部屋の空気は、一瞬で張り詰めた。


「よう、田中。楽しかったか?」俺の声は、氷のように冷たく、一切の感情を排していた。


「け、圭佑!? なんでお前が…! まさか、さっきのは…!?」狼狽する田中に、俺は冷たく言い放つ。


「お前が俺にしたこと、全部わかってる。市役所への爆破予告、俺のPCへのハッキング…全部、佐々木に命令されたんだろ?」


 俺は、Museと今宮が集めた情報を元に、田中を完璧に追い詰めていく。俺の「神眼」が、彼の魂の奥底にある【怠惰】と【傲慢】の悪徳を読み取り、その弱点を的確に突いたのだ。彼の顔から血の気が失せ、膝がガクガクと震え始める。


 観念した田中が、全てを白状しようとした、その瞬間だった。


 部屋の大型モニターが、突然ノイズを発して起動。そこに映し出されたのは、ホテルのベッドでぐったりと眠る莉愛と、その髪を優しく撫でている、佐々木美月の姿だった。莉愛は、佐々木の眠りの毒によって意識を奪われている。その傍らのサイドテーブルには、色とりどりのお菓子と、飲みかけのオレンジジュースのグラスが、わざとらしく置かれている。佐々木の狡猾さが、俺たちの【希望】を弄んでいるかのようだった。


 モニターの向こうで、佐々木は、狼狽する田中に向かって、嘲笑うように告げた。


「田中くん。あなたの役目は、もう終わり」

「さ、佐々木さん…!? 約束が、違うじゃねえか…! ふざけるな!」


 逆上した田中は、懐からナイフを取り出し、俺に襲いかかる。彼の瞳には、絶望と裏切りへの憎悪が燃え盛っていた。


 その刹那、俺は咄嗟にテーブルの上に置かれていた、分厚いカラオケのタッチパネル端末を掴み、盾にした。ガキン、と硬い音を立てて、ナイフの切っ先が端末の液晶を砕く。その衝撃は、部屋全体を震わせた。


 その衝撃で、部屋のドアが勢いよく開いた。「お客様! どうされましたか!」


 室内の隠しカメラの映像を見て、異変に気づいた店員が駆け込んできたのだ。その店員は、俺たちと莉愛の映像を交互に見て、狼狽していた。


 その時、店員の一人が、モニターに映る莉愛の顔を見て、目を見開いた。「り、莉愛様…!?」


 どうやら、このカラオケ店も天神グループの系列だったらしい。莉愛という名前が持つ影響力の大きさを、改めて痛感した。


 俺は、店員に向かって静かに、しかし有無を言わさぬ迫力で告げた。「…こいつのことは、俺に任せろ。下がってろ」俺の「神眼」から放たれる圧倒的なオーラと、莉愛の映像に、店員たちはただ頷いて部屋を後にするしかなかった。


 部屋に二人きりになると、佐々木は、恍惚とした表情で、モニターの向こうから拍手をした。その笑みは、俺が初めて彼女を、工場で見た時の、はにかんだ笑顔とは似ても似つかない、冷酷なものだった。


「成長したわね、圭佑。それでこそ、私が育てた最高の作品よ」


 彼女は楽しそうに、俺の目の前で、例の「究極の選択」を突きつけた。莉愛の命か、俺自身のプロデュース能力か。その選択は、俺の魂そのものを試すものだった。


【真実の騎士と反撃の狼煙】


 俺が絶望に打ちひしがれ、佐々木の悪魔的な策に言葉を失った、その時だった。


 別室で待機していた今宮が、部屋に飛び込んできた。彼の顔からは、いつもの軽薄な笑みは消え、そこには、昏い怒りの炎が宿っていた。莉愛を妹のように慕う今宮の【敬愛】の美徳が、彼を突き動かしたのだ。彼は、モニターの向こうの佐々木に、宣戦布告を叩きつける。


「…てめえ、ふざけんなよ、佐々木。兄貴の姫に、何してくれやがった…!」


 今宮の怒声が部屋中に響き渡り、佐々木の完璧な悪魔の笑みを、一瞬だけ凍りつかせた。俺は、今宮の瞳の中に、俺を守るために【闇の騎士】となることを誓った、あの夜の決意を見た。


 これは、俺の物語の、新たな幕開けだった。佐々木美月という「魔女」を倒し、莉愛を救い出すために、俺たちは、今、本当の戦いを始めなければならない。そして、この戦いの先に、神宮寺や綾辻響子、さらには「観測者」という、より強大な敵が待ち受けていることを、俺の「神眼」は予感していた。


 俺たちの、本当の戦いが、今、始まる。


 


第七話『偽りの偶像、真実の騎士』、お楽しみいただけましたでしょうか。

息、できていますか? 私は、書いている間、何度も呼吸を忘れていました。


今回は、物語が大きく、そして激しく動いた回となりました。

前半の、キララと田中による、どこかコミカルで、しかし緊張感あふれる「カラオケおとり捜査」。キララの天真爛漫な失敗の数々、楽しんでいただけたなら幸いです。彼女の純粋さこそが、この救いのない物語における、一筋の光なのかもしれません。


そして、後半。

佐々木という悪魔が、ついにその牙を剥きました。

彼女が提示した「究極の選択」は、Kだけでなく、読者の皆様の心をも、深く抉ったのではないでしょうか。

物理的な暴力より、遥かに残酷な、魂を殺すための罠。それに、Kはどう立ち向かうのか。


その絶望の淵で、ついに、あの男が立ち上がりました。

そう、今宮です。

軽薄な道化の仮面を脱ぎ捨て、兄貴と姫のために全てを懸ける「真実の騎士」としての覚醒。

彼の「これは、俺なりの『罪滅ぼし』だ」というセリフは、私自身、書きながら鳥肌が立ちました。

彼が背負う「罪」とは、一体何なのか。それも、今後の物語で、少しずつ明らかになっていくでしょう。


K、今宮、キララ、そして桐島弁護士。

それぞれの力が一つになり、ついに反撃の狼煙が上がりました。


次話、ついに始まる、莉愛救出作戦。

人質を取られた絶望的な状況の中、Kたちは、佐々木という狡猾な悪魔の掌の上から、姫を奪い返すことができるのか。


物語は、ノンストップでクライマックスへと駆け抜けます。

瞬きすら、許しません。


それでは、また次話でお会いしましょう。


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