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2007年1月

このページは新刊採点員たちが、課題図書
とは別に勝手に読んだ本の書評をご紹介します。


神田宏

神田宏の 【勝手に目利き】

暗渠の宿 『暗渠の宿』
西村賢太(著)/ 新潮社
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 ダメ男である。「しみじみ女が欲しい」とソープ嬢に恋慕し、買淫代に古書を売り払い挙句、借金を肩代りし、逃げられる。悲しさを紛らわそうと飽きもせず薄暗い角々に立つ台湾からきた娼婦に「ねえ、恋人になってよ。いいだろ、ぼくはひとりぽっちなんだ。」と言い寄る。「オ前フザケロ! イイ加減シナイトマジデ埋メンゾ!」と凄まれる。苦し紛れに友人と飲むと、恫喝し暴行を加え、「・・・・・・おめえはすぐに暴力だしな」「だから飲みたくなかったんだよ。(中略)人に迷惑かけねえうちに入院するか刑務所に入るかしてくれってんだよ。」と愛想をつかされる。
 小心者である。同棲にこぎつけた女性が作るラーメンの麺が延びきっていた、たかがそれだけに「どうしたもこうしたもあるものか。よくもこんな生ごみを、このぼくの夕食に出しやがったな!(中略)見ろ、この汁のぬるさを。ここまでぬるけりゃ、猫だって気持ち良さげに舌を洗うぜ!」と激高する。
 下衆である。トイレで尻を拭いているときにドアが開けられたことに憤慨し、「申し訳なさそうな笑顔で立っていた女の顔を、ものも言わずにいきなり張りとば」す。
 外道である、犬畜生にも劣る非道の男である。にもかかわらずだ、ただ一点においてその外道の振る舞いが、悲しみの発露であると、自己の不甲斐なさから来る露悪的な哀しみであると思わせる点がある。それは彼が、藤澤清造という大正の頓死した不遇な作家を世に知らしめるために生きているという点において。彼の作家に恋慕し、月命日には北陸の墓に額づき、祥月命日には「清造忌」を行い、朽ちた墓標を部屋に飾り、全集を個人編纂するという、狂気じみた執着が、男の矜持として生ける理由のすべてなのだ。そのことにこそこの作品が文学として立ち上がる意義がある。行き着く先は「清造」と同じく頓死か、狂気か。死を賭した文学の真剣勝負である。車谷長吉に並ぶ私小説の巨星、西村賢太の『どうで死ぬ身の一踊り』に続く2作目である。


磯部智子

磯部智子の 【勝手に目利き】

わたしのなかのあなた 『わたしのなかのあなた』
ジョディ・ピコー (著)/ 早川書房
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 内容が内容だけに不謹慎に聞こえるかもしれないが、非常に面白くて頁を捲る手が止まらない。白血病の姉ケイトの為、遺伝子操作されドナーとなるべく生まれたアナが、腎臓提供を拒み、13歳にして両親を相手に訴訟を起こす。タイトルのゆるい響きや、キワモノ素材で怯んでいてはソンをする。決して感傷に陥ることなく問題に向き合い、逃げることなくひたすら考え続ける。6人の登場人物の心情を交互に一人称で描く構成は、複雑な葛藤が一通りではない事を伝え、それぞれの緩みの無い立場はぴんと張りつめ、どこか一方に傾くと一気に崩れてしまう危うい均衡を保つ。解決を法廷に委ねるという形式をとりながら、あくまで人間を描く直球ド真ん中の小説であり、アメリカ人作家ならではの自分の立ち位置のハッキリとした表明は、話題になったイシグロのあの作品と読み比べてみると面白いと思う。選択肢があるということは責任をも伴うと言う事実と、幕引きの強い衝撃に打ちのめされ、もう一度最初に戻ってプロローグが持つ意味を読み直してしまった。


笙野頼子三冠小説集 『笙野頼子三冠小説集』
笙野頼子 (著)/ 河出文庫
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 芥川賞、三島賞、野間文芸新人賞受賞作が収録された三冠小説集。「純文学の守護神にして永遠の新人」笙野頼子徹底入門とある。なんとお得な本、お得過ぎて申し訳なく思っている。私は未だ笙野作品はこの3作を入れても6作品しか読んでいない。しかしいつの日か笙野頼子全作品読破を目指している。とにかく凄い作家なのだが、頭が整理出来ておらず上手く説明が出来ない。先ず『母の発達』に大爆笑し『金毘羅』『絶叫師タコグルメと百人の「普通」の男』で尻子玉を抜かれた。本作中の『タイムスリップ・コンビナート』は「マグロと恋愛する夢を見て悩んでいた」去年の夏から話が始まり、『二百回忌』は、文字通り二百回忌(!)に20人の僧と赤い喪服を着た親類縁者が死者と集う、『なにもしてない』と言われ実家からの仕送りで小説を書き続けた10年間のみならず、子供の頃からの「外界との軋轢」が、ずっと続く違和感も描かれる。あとがきには「死ぬまで私は文章を直し続ける。親にして貰った仕送りは毎年返している」とある。生き辛い作家が紡ぐ言葉の数々は、どこまでも切実に読み手に迫りそして面白く、強い意志と言葉と想像力が結実した小説世界の凄さに圧倒されながらも、走り続けていく姿を懸命に追いかけて行きたいと切に願う。


磯部智子

林あゆ美の 【勝手に目利き】

世界屠畜紀行 『世界屠畜紀行』
内澤旬子 (著)/ 解放出版社
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 食育という言葉がよく聞かれるようになった。子どもの通っている園でも、食育には熱心にとりくみ、魚屋さんをよんで、子どもたちの目の前でさばくところを見せたり、畑で野菜をつくったりしている。食べるものがどこからくるのかを小さい時から伝えていこうとしているのだ。
 しかし、魚をさばくのは家庭でもするが、豚や牛などよく食べる肉であっても、それらの動物がさばかれるのを見る機会は少ない。この本ではルポライターの内澤さんが、韓国、バリ島、エジプト、アメリカ、そして日本などで取材し、豚や牛など動物が肉になるまでを詳細なイラストで紹介している。読むと、薄切り肉や挽肉になるまで、動物は確かに大きな体をもっていたのだとあらためて思う。ペンで描かれたイラストに色はついていないので、血まみれのようなものはなく、淡々と動物を屠る職人技が描かれ、じーっと見入ってしまう。そう、このイラストもルポも職人技なのだ。


小鳥たちが見たもの 『小鳥たちが見たもの』
ソーニャ・ハートネット (著)/ 河出書房新社
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 暖かくて気持ちのいい日、3人の子どもたちはいい子にしていたご褒美で「アイスクリーム」を買いに出かけた。しかし、3人はアイスを買うことも、家にもどることもなく消えてしまった。
 9歳の少年エイドリアンは、繰り返しテレビで流される3人の子どものニュースを見ておびえる。エイドリアンには不安をとりのぞいてくれる両親はいない。一緒に暮らす祖母は、年をとりすぎて子どもにそそぐべき気力を多く持ち合わせていない。持ち合わせていないことをしっかり自覚している現実的な祖母でもある。
 ないものだらけの少年がある日、公園で少女と会う。少女はどこからきたのだろう。あらたな恐怖がエイドリアンをおそう。
 重苦しい空気とともに浮游感をただよわすハートネットの小説は、独特の吸引力があり、救いの見えない暗さにも関わらず、読み終わるとすぐ別の作品を読みたくなる。


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