「発信者情報開示請求すると宣言して、しなかったら脅迫にあたる」という誤解
表題は、Twitterでよく見かける言説です。
まず「発信者情報開示請求すると宣言して、しなかったら脅迫罪にあたる」と示された判例は、当方の知る限り存在しません。
類似事例として、「訴えると宣言して、しなかったら脅迫にあたる」というフレーズもよく目にしますが、これは某法律系テレビ番組で「訴えると宣言して訴えなかった場合、脅迫となる場合がある」という趣旨で紹介されていたことが改変されたものではないかと考えられます。
では「訴えると宣言して訴えなかった場合、脅迫となる場合がある」のはどんなケースなのでしょうか。
最高裁判所の前身である大審院が、以下のように述べています。
誣告ヲ受ケタル者カ眞ニ誣告罪ノ告訴ヲ爲ス意思ナキニ拘ハラス誣告者ヲ畏怖セシメル目的ヲ以テ之ニ對シ該告訴ヲ爲ス可キ旨ノ通告ヲ爲シタリトスレハ固ヨリ權利實行ノ範囲ヲ超脱シタル行為ナルヲ以テ脅迫ノ罪ヲ構成ス可キハ疑ヲ容レス
現代の言い回しにすると以下のとおり。
誣告を受けた者が、真に誣告罪の告訴を提起する意思がないにもかかわらず、専ら誣告者を畏怖させる目的をもって、同人に対し当該告訴を行う旨を通告した場合、かかる行為は、もとより権利実行の範囲を逸脱した違法なものと評価されるから、脅迫罪を構成することは疑いを容れないものと解する。
まず、裁判を受ける権利は国民に与えられた権利ですから、訴訟を提起することは権利行使に過ぎず、それだけでは脅迫に当たりません。
第三十二条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
ただし、大審院は「畏怖させることを目的とした場合は脅迫罪となり得る」と判断したわけですね。
さて、この判決で「やっぱり訴えると言って訴えなかったら脅迫になったケースがあったんだ!」と早合点してはいけません。
この大審院の判決ですが、実は虚偽告訴の事実認定はされていません。あくまで裁判官は「畏怖させることを目的として、訴えるつもりもないのに『訴える』と告げた場合は脅迫罪となり得る」と述べたに留まっているのです。
考えてみてください。「訴えると告げる行為」が「畏怖させることを目的」としていたと、どうやって証明するのでしょうか。
「多忙で時間の都合がつかなかった」「弁護士を雇う余裕がなかった」…訴訟を提起したくてもできなかった理由はいくらでも考えられるのですから、ただちに「畏怖させることが目的だった」と判断されることはありませんし、事実、「訴えると宣言して、しなかったから脅迫罪と判断された」という事例は存在しません。
【結論】
畏怖させることを目的として「発信者情報開示請求する」と宣言して、実際に発信者情報開示請求をしなかったら脅迫にあたる可能性はある*が、畏怖させることを目的としていたことの立証が困難であるため、実務上はほぼ脅迫とはみなされない。
*法曹の世界では、可能性が微レ存でも「可能性はある」と表現します。
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