一方そのころ ⑩
「子供部屋……でござるか?」
想像していたのはもっとおどろおどろしいようななにかだったが、廊下は子供部屋に突き当たって行き止まりだ。
それ以外に何もない、そして鎧武者もどうやらあの部屋から湧き出てきているらしい。
ガシャンガシャンと音を立てて次々と現れる鎧武者たちは子供部屋から、閉ざされた扉をすり抜けて現れる。
扉をすり抜けた直後はなんとなく輪郭がぼやけ、透き通ったような状態だが次第に形を取りなし、やがて重厚な音を立てる鎧武者となる。
天井を這って扉へと近づく、幸い扉はきちんとしまっている訳ではなく半開きの状態だ。
扉の間に指を掛け、そっと開いた隙間から中を覗く、するとそこには……
「―――――――……」
ベッド、本棚、勉強机に玩具箱、やや部屋が小さいぐらいでごく一般的な子供部屋の中心に女の子が1人鎮座している。
少女は胡坐をかき、畳に突き刺した刀に腕を掛けて杖の様にしながら先ほどからずっとうつむいたままだ。
何より異常なのは……床から天井に至るまで、部屋のありとあらゆるところに無数の刀傷が刻まれているのだ。
彼女が肘に掛けているあの刀でつけられたものだろうか、ベッドはバネが飛び出し、おもちゃ箱からは綿が零れたクマのぬいぐるみが顔を覗かせ、本棚からは切断された漫画が零れている。
そして自分の気のせいでなければ……部屋の中央で俯く少女は、先ほど廊下で見た半透明の幽霊によく似ているような気がする。
「「……賊が、忌々しい。 幾たび振り払えど羽虫の様に湧いて出て鬱陶しいことこの上ない」」
少女の口からしわがれた老人と重なるような不思議な声が零れる。
ゆるりとこちらを睨みつける視線には思わず震え上がるような鋭い光が籠っている。
とても子供のそれとは思えない、まさしくその身体に剣豪でも乗り移ったかのような……
「「……いつまでそうしているつもりだ、扉ごと切られるのがお好みか?」」
「ひ、ひえ……!?」
そう、刀を構えた少女はしっかりとこちらを見据えている。
私の魔法はしっかりと働いているはずだ、近づいて体に触れでもしない限りバレるはずがない。
……本当にそうか? もし相手にも隠れた相手を知覚するような魔法があるのなら―――――
「「来ぬのなら、こちらから行こうか」」
「ひっ……!」
「―――――バレちゃあ仕方ないわね! ロイ!!」
≪仕方ありませんね、仕方ないことです≫
いっそ逃げ出すか、そう考えた矢先に背後から跳んで来た光弾が景気のいい音を立てて扉を吹き飛ばす。
轟音、突風、はじけ飛ぶ木片。 何事かと後ろへ振り返れば、先ほどの赤いライダースジャケットの魔法少女と銀色のロボットが立っていた。
ロボットが抱える大型の火器からは今まさに撃ち立てほやほやと言わんばかりの煙が立ち上っている。
「魔法少女・ドレッドハート参上! 一応聞いておくけど所属と魔法少女名は名乗れる!?」
「「……妖術師、か? まこと奇怪な」」
2人の登場になお大した驚きも見せず、座したままの少女が笑う。
そして軽く刀に掛けた肘を上げ、トンと振り下ろすと、それが合図であったのか畳をすり抜けて無数の鎧武者たちが這い出て来た。
床をすり抜けるや否や実体を伴い、ドレッドハートと名乗った魔法少女達へ襲い掛かる鎧武者たち。 その数は十を超えている。
「嘗められたものね、車がないと何もできないとでも思っているのかしら!」
≪援護します、お好きに暴れてください≫
だがここまでやってきた彼女のたちにとって今更武者の10体や20体、もはや敵にもならないのだろう。
後方でロボが構えたショットガンが唸るたびに武者が吹き飛ぶ、ドレッドハートが警棒を振るうたびに武者の頭がかっとぶ。
鎧袖一触の活躍を天井からぼけっと見ていると、ふと吹き飛ばされた武者の頭がこっちに飛んで来た。
「へっ? おわわわわふぎゃあでござるっ!」
「おおっとぉ!? あっ、あんた昼間の忍者少女!」
「うへぁ! バレたでござるー!!」
スコーンっと運悪く兜が頭にぶつかり、その衝撃でドレッドハートたちの頭上から落下してしまう。
そして落下のせいで魔法も解け、とうとう私の姿も見つかってしまった。
「なに、あんたらアイツの仲間!? だったら……」
「違うでござる違うでござる! 我々も独自に調査を進めていたのでござるよ、あの子とは初対面でござる!」
≪ドレッド、その子が本当に敵ならば我々を襲うチャンスはいくらでもあったはずです≫
「ほんとにぃ? ……ふん、まあいいわ! それで、あれは何なの?」
「それが我々にも何だか……」
刀を携えた少女は今だ微動だにせず、こちらを睨みつけている。
殺気か怒気か、ともあれその身に帯びた気配は常軌を逸している。
さきほど廊下で出会った半透明な彼女とは似ても似つかぬ雰囲気だ。
「「また一匹、幼子ばかりではつまらぬな……斬り捨てるにもつまらない」」
「幼子って……おぬしも子供ではござらぬか!」
「「……? ああ、くくっ……そういえば、今の器はこれだったな」」
何がおかしいのか、一瞬きょとんととぼけた顔を見せた少女は自分の身体を見てはくつくつと笑って見せる。
その笑みに無邪気さなどは微塵もない、老年の男のようなちぐはぐな印象を受ける不気味さだ。
「「否、我が魂は江戸の乱世に果てた剣士。 とうに朽ち果てたものかと思うたが、この幼子の身に憑りついてこの世に舞い戻った」」
「…………ロイ、彼女は精神病棟に入る必要があると思うわ」
≪ドレッド、過去の常識で魔法少女を推し量ってはいけませんよ≫
「そ、そうでござる! お化けの魔法少女だってありえるでござるよ!」
「どっちかというとイタコって感じね、その割には体乗っ取られているみたいだけど!」
廊下での出来事を思い出す、半透明の少女はもしやあの身体から押し出された本人の魂なのではないだろうか?
……彼女は助けてと、逃げてと言っていた。 その言葉が体を奪われた不安から飛び出した言葉なら納得がいく。
「ど、ドレッド殿でござったか! あの身体、何とか無事に取り戻したいのでござるができるでござるか!?」
「もちろんそのつもりよ、この屋敷についてだとかいろいろ聞かないといけないからね! あんた、戦える!?」
「た、嗜む程度には……」
一応自分も魔法少女になった瞬間から手裏剣や苦無、煙玉といった忍者らしい装備は一通り持っている。
戦えない事はないが、それでも本職には大きく劣る心もとない装備だ。
「……ええい、やってやるでござる! 拙者も魔法少女、戦う時は戦うでござるよ!」
「その調子よ、野良の割にはガッツがあるじゃない! ロイ、援護頼むわ!」
≪もちろんです、2人ともどうかお気を付けて≫
懐から取り出した苦無を両手に構えると、同時に座り込んでいた少女が畳に刺していた刀を引き抜いてゆらりと立ち上がる。
肌をピリピリと刺す殺気と共に、ドレッドたちとの奇妙な共同前線が始まった。