一方そのころ ⑦
「ち、ちょっと! 押さないでよ!」
「おおおおお押してないでごじゃるアンサー殿が遅いだけでごじゃる!!」
「レトロが、前に出る……」
「そうしてもらえると助かるんだけど~」
無事、家の中に侵入したソウさんたちは一列となり奥へ奥へと進んでいく。
いや、正確には怖がる三人がソウさんの後ろに隠れて進んでいるだけか。
先ほどのナイフがよっぽど堪えたのだろう、押し合いへし合いしながら三人は先程から震えっぱなしだ。
「……も、もうナイフは飛んでこないでござるな?」
「さあ~、どうかしらね?」
「ひ、ひえぇー!」
「うふふ、怖いなら帰っても良いのよ~?」
「そ、そんなわけにはいかないわ! 私たちだって魔法少女なんだから!」
アンサーの強がりに、他の二人も首を振って同調する。
心意気は立派だが、行動が伴わなければ台無しだ。 幽霊に怖がっているようでは魔法少女は務まらないだろう。
……いや、怖がる方が普通か。 突然刃物を投げつけられて怯えない方がおかしい。
『ケッ、居ても使えねえ奴が残っても邪魔なだけだぜ』
『せやかて今離れても逆に危険やろ、固まって行動しといた方が安全やで』
『離れた所をグサーってやられそうで怖いっすよね、気を付けてほしいっすよソウさん』
「任せて~、嫁入り前の花子ちゃんの体だもの、キズモノにはさせないわ~」
『言い方っ!!』
飄々として喰えない態度の彼女だが、この場は任せておいていいはずだ。
帯電して発光してしまう得物は今は閉まってはいるが、いつでも取り出せるように警戒は怠っていない。
これなら同じように不意の刃物が飛んできても十分対応できる、磁力を帯びた槍ならナイフの10本や20本くらいどうにでもなる。
「……あの、花子殿(?)の魔法は磁石みたいなものなのでござるか?」
「ん~、ちょっと違うわ。 私達の魔法は電気と磁力、都合のいい性質を使えるの」
≪ふぅん……? まあ、磁力を垂れ流されると困るから助かるわ。 レトロは機械だから≫
「うがー……」
「うふふ、安心して。 やたらめったらに金属を引き付けたりはしないから~」
「自分も手裏剣など持っているのでそれは困るでござるぅ」
恐怖心を紛らわせるためか、沈黙を作らないように自然と会話が弾む。
もちろん侵入を悟られないためにあくまで小声だ、足音も抜き足差し足で殺している。
しかし、小声の会話を遮るようにギシリギシリと無視できない音が響く。
「ちょっと、静かに歩きなさいって! 誰よ今の!?」
「忍びは足音など鳴らさないでござる! ここは重量を考えてレトロ殿では!?」
「シノバス、破壊する」
≪レトロ、ステイ≫
「はいはい喧嘩はやめやめ、けど今のは誰もしくじっていないはずだけど~……」
聞き間違いか? そんな安易な愚考を否定するようにまたギシリと音が鳴る。
ギシリ、ギシリ、ギシリ、ギシリ、音が鳴る、音が重なる。
床だけではない、扉は震え、柱は軋み、天井からは何かが破裂したような音が途切れなく響く。
まるで私たちの子の家が拒むかのように、誰もいないはずの空間からは不気味な音が連鎖する。
「……き、今日はバイブス高めねー」
「あ、あああああアンサー殿アンサー殿! 現実から逃げている場合ではないでござるヤバいでござるラップ音でござるよこれは!」
「ふぅ~……シノバスちゃん。 あなたはその子を引っ張って下がって、レトロちゃんは大丈夫?」
「…………も、問題ない」
≪レトロ、怖いでしょうけど頼むわ≫
血の気が引いた顔で現実逃避を始めたアンサーをシノバスに任せ、ソウさんがレトロと共に戦闘態勢に入った。
ラップ音が響く中、薄暗い廊下の向こうからぼうっと光る何かがこちらへ近寄ってくる。
室内だというのに生暖かい風がソウさんの髪を撫でた、自分は見ているだけだというのに鳥肌が止まらない。
実際に対面している彼女達はどれ程の恐怖なのだろうか。
永遠にも思える時間は過ぎ、やがて遠くぼやけていた光の輪郭が次第に鮮明になって行く。
「――――――……」
それは、少女だった。
この場に不釣り合いな白いワンピースだけを身に纏い、その姿は透けて見える。
「幽霊」と口から零したのは誰の声だっただろうか。
「な、な、な、な、なんでござるかあれはぁ!?」
「も、ももももも“問題:あなたは誰”!?」
「――――……私――――は――――……」
透き通った少女が、アンサーに投げかけられた問に口を開く。
応える、ということは幻覚の類ではないのか。 だとしたらあれは一体……
「―――――分から―――――ない―――――」
「…………えっ?」
「おね、が―――――たす―――――逃げ、て――――……!」
悲痛な声で少女が叫ぶとともに、彼女の背後からガシャリと音が鳴る。
生ぬるい風は今だ吹きつける、だというのに鳥肌が止まらない。
透き通った少女の透明度はみるみるうちに増し、やがてその姿は煙のように霧散した。
そして、その後ろに現れたものは私の見間違いと信じたい。
雄々しい角飾りに鬼のような頬当、さび付いてもなお堅牢さを隠さない鎧を身に纏い、両手にはこの暗がりでなおギラギラと怪しい光を放つ二振りの日本刀。
兜の奥から殺気の籠った赤い光を灯した、鎧武者が立っていた。