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一方そのころ ⑥

「……てなわけで、頼むっすよソウさん」


『はいはーい、変わりますよ~っと』


事情は常に見ていただろうソウさんを呼び出すと、すぐに快諾してくれた。

自身の杖たる携帯電話のボタンを押下し、文字通り意識を切り替える。


いつまでも慣れない視界が暗転する感覚、数秒も過ぎれば私の意識は明晰夢のような浮遊感の中に漂う事になる。

他人のような視界から覗き見れば、簡素過ぎるドレス状の魔法少女衣装に青い稲光が迸る。

やがてオーラの様に成形された形は、ドレスの上に青い色が重なり、腰の帯が結われる。


ドレスの形は維持したままその上に羽織られる衣、一重二重と重なるそれは着物となりて私の身体を包み込む。

ここに鏡でもあれば青を基調とした上品な和風ドレスが映るのだろう。

竜宮城の乙姫様、とでも形容できそうな気品あふれるその姿はしかし片手に握られた物騒な得物で台無しになる。

亀の子模様の指貫きレースに通された細い指先が握るのは、槍状の電撃を纏った携帯電話だ。


「はい、ソウで~す。 3人……いや4人かしら~? よろしくねえ」


「ほわぁ……本当に姿が変わったでござる」


「変な魔法ねぇ、私達も人の事は言えないけど」


『そもそも魔法に常識的なものなんて少ないと思うわ』


事前には伝えていたが、あの小屋で見たセキさんとも違う姿に2人と1機が目をぱちくりさせる。

まあ4人の人格と入れ替わり、それに合わせて姿が変わるなんて魔法を見て驚くなと言う方が難しい話だろう、自分もこの魔法に慣れるまでかなり時間が掛かったのだから。


『ケッ、なぁんでカメ女なんだよ、俺ならこんぐらいの壁ズバっと掻っ捌いて……』


『アホンダラ、んなことしたらそれこそ魔法局が来るわ。 話聞いとらんかったのか』


『ま、ソウちゃんが一番適任デスね。 癪な話デスが』


『それじゃ、頼むっすよソウさーん』


「はいは~い」


当初の相談通り、変身を済ませたソウさんが手に持った得物を旋回させる。

遠心力に引かれて槍の先端から電気の糸が伸びていく、途切れることなく細く長く伸びるその糸はまるで釣り竿のようだ。


「……ん、これぐらいで良いかしらね~」


「ほわー、綿あめみたいでござるねぇ」


「うふふ、褒め言葉として受け取るわ~。 それでこれを……えいっ」


ソウさんが手に持った槍をしならせ、手首のスナップを利かせて振るうと先端の糸が動きに追従して塀の向こうへ飛んで行く。

瓦が割れた屋根に空いた穴に吸い込まれるようにすっぽり収まると、奥で何かに引っかかったのか引っ張った糸はピンと張り詰める。


「私たちの魔法は電気と磁力、鉄釘の1つでもあればこうしてとっかかりは作れるわ~。 さ、皆私に捕まって」


「うがー?」


「ふーん、ここからどうするの?」


「あっ、なんか嫌な予感がするでござる……」


ソウさんに言われた通り、3人が差し出された腕にきゅっと捕まる。

あとはソウさんが引き寄せればひとっ跳びだ。


『……花子、侵入方法ってアイツらにちゃんと伝えたのか?』


『………………あっ』


『これはやっちゃったデスねー』


「それじゃちゃんと掴まってて、()()()()わね~」


『わー!! ソウさんちょっと待っ……』


気づいても時すでに遅く、ソウさんは手に握った携帯の磁力を切り替える。

次の瞬間、すさまじい勢いで全員の身体が屋根に向かって引き寄せられることとなる。

塀を超えて一直線、瞬く間もなく引き寄せられた体。 だが寸前にソウさんが磁力を反発させ、ふわりと屋根の上へと着地した。


悲鳴を上げる暇もない間の出来事ではあるがとんだ絶叫アトラクション、心の準備も無しに体感するにはあまりに酷な仕打ちだった。


「はぁい、到着~」


「今……今私は死を覚悟したわ……!」


≪し、心臓が……!≫


「笹雪どのー!? 何するでござるか花子殿! このぐらいの塀、魔法少女ならば飛び越えれば……」


「静かにね~、それに私は花子じゃなくてソウよ。 飛び越えるのは駄目よ、あれを見て」


人差し指を口に当て、反対の腕でソウさんが指し示した先には草が生い茂った庭だ。

よく目を凝らしてみれば、そこには背の高い草木に紛れてピンと張ったワイヤーに吊るされた木の板が規則的に並んでいる。


「あれは……鳴子でござる!」


「思った通り、中もしっかり警戒してるわね~。 多分草木に紛れて他の罠もあるはずよ、センサーならまだマシだけどトラバサミでも仕掛けられていたら怖いわね~」


「ま、まさかそんなもの仕掛けないわよね……?」


「さあ~? それは本人に聞いてみないと何とも言えないわ~」


『ちょっとソウさん、あまり脅かしちゃ駄目っすよ』


この人の悪い癖だ、怯えているシノバスとアンサーの顔をひとしきり楽しむと、糸を回収して屋敷の裏手側へと降りる。

物音1つ立てない身のこなし、忍者よりも忍者らしい立ち振る舞いで周囲の安全を確認すると、屋根で待つ3人に向かって両手でマルのサインを作る。


「大丈夫みたいでござるね、降りるでござる」


「お、降りたところで足元キバってガブッてされない……? 大丈夫……?」


≪レトロはロボットだから大丈夫ねー≫


「「ずっこい!」」


そのままわちゃわちゃしながら5分ぐらいかけて3人が裏庭に降り立つ。

ここらに鳴子は張られておらず、すぐそばには立て付けが悪そうな窓が不用心にも開きっぱなしのままだ。


「おやおやあれだけ警戒してうっかり者でござるねー、ここから入るでござるよ―」


「…………! 待って、止まりなさいシノバス!!」


何かに気付いたアンサーが、のこのこと窓に近寄るシノバスの襟首をひっつかみ、押し倒す。

その軌跡を掠め、窓の中から鋭いナイフが飛び抜けて行った。


「ほわ……ほわぁ!?」


「伏せてなさいシノバス! “問題:あんたいったい……!」


「……待って、もう誰もいないわ」


アンサーがメガホンを構えるよりも早く、既に窓の向こうにいた何者かの気配はない。

あるのは背後の塀に突き刺さった果物ナイフだけだ。


「……な、何だったのでござるか今の?」


「さあね~……けど、殺す気だったんじゃないかしら」


ソウさんが壁の果物ナイフを引き抜いてみれば、それは薄っすらと魔力を帯びていた。

もし直撃すれば魔法少女でもこれなら傷を負ってしまうだろう。


「でも、これでただの噂話って線は完全になくなったわね……間違いなくこの屋敷は何かを隠している」


ソウさんの言葉に全員が息を飲む。

逢魔が時の空色は、次第に夜へと移り変わっていた。

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