水も滴るシンデレラ ⑧
「何を考えているか、当てて差し上げましょうか?」
「よせよ名探偵、推理の的にされるのはごめんだね」
じっとりとこちらを睨みつけるツヴァイの視線を片手を振って振りほどく。
彼女の勘が良いのか、それとも俺の考えが読みやすすぎるのか、まさか後者とは思いたくないな。
「……はぁ、兎角あなたが見せた赤い力については私からロウゼキさんに伝えておきますわ。 これから先の方針はその後に決めましょう」
「分かったよ、俺も色々あり過ぎて疲れた。 丁度いい」
「その代わり明日からはビシビシ行きますわよ~? そ・れ・と!」
胡坐をかいていた身体を起こすと、ツヴァイはそれを咎めるかのように軽く棍で俺の頭を小突く。
腰に手を当て仁王立ち彼女は眉を吊り上げ、何かに怒っているようだ。
「あなたはレディの自覚が足りませんわ! 胡坐など言語道断、戦い方も野蛮すぎますの! これからは私があなたの悪癖をビシバシ治すのでそのつもりで、良いですわね!?」
「お、落ち着けよクールビューティ? それに俺にはそんな繊細なことは似合わな……」
「お黙りなさい! 磨かれない原石など勿体なくて見逃せませんわ、まずは肌の手入れから! どうせあなたの事ですし碌に保湿もしていないのでしょう? 夏だからといって油断は禁物ですわ、ただでさえ紫外線が多いというのにあなた達は本当無防備で……」
「お、お断りしまぁーす!!」
――――――――…………
――――……
――…
「あ゛ぁー……ひどい目にあった」
《いやー、随分粘られましたね。 受け取った方が早かったんじゃないですか?》
「断る、あんな高そうな化粧品受け取っても余すだけだ」
熱弁を振るうツヴァイから解放されたのは日が傾き始め、海に橙色の太陽が沈み行く頃合いだ。
変身を解いて一人ホテルへ戻るためにさざ波がたゆたう浜辺を歩けば、同じく疲労困憊の顔色を浮かべた魔法少女達をちらほら見かける。
それぞれ今日の特訓を終え、漸くの休息を得た頃合いだろう。 そろそろ夕食の時間だ。
「しまったな、優子さんを放置しすぎた。 もしかしたらすでに調理という名の錬金術が始まっているかもしれない」
《いやあまさかホテルで食事だって用意してもらえるわけですしそんなわけ……ないですよね?》
「油断するなよ、優子さんはああ見えて結構料理好きだ。 俺とアオの説得あってこそ今の平穏があるんだ」
当時の事を思い出すと今でも身震いする、アオはあの人の一人娘でよくぞ今まで生き延びてこれたと思うほどに。
ホテルが用意した食材をほっぽりだして独創的な調理を行っている可能性は少なくない、どうやって断ろうかと思考を張り巡らせていると、ふと肉が焼ける良い匂いが鼻腔をくすぐった。
《……マスター? どうかしました?》
「いや、なんだか良い匂いが……優子さんの訳がないしな、なんだろ」
「良い度胸ねアンタ」
「ほわぁお!!?」
どこからか立ち込める臭いに首を傾げていると、いつの間にか優子さんが背後に立っていた。
優子さんには戦闘の心得などはないはずだが、気配をまるで感じなかった。
「調理場に立てない分配給は誰の仕事と思ってるの? これぐらい余裕よ」
「んでもって人の心読まないでくださいよ。 ……ってか飲んでんスか」
ショルダーオフにホットパンツというラフな格好をしている優子さんの片手にはビールの缶が握られている。
表面に付着した水滴を見るにまだまだ冷えている、ただチャプチャプと揺すられる缶の中身はさほど残ってはいないだろう。
「誰かさんたちが皆居なくなるからヤケ酒よ、悪い?」
「あー、それはどうも申し訳ない事で……でも酒飲むなら部屋で飲みましょうよ、ホテルからここまで歩いて来たんすか?」
「ふっ、馬鹿ね……あれを見なさい」
缶を握った腕で器用に優子さんが指を刺した先では、浜辺に長い四つ足を突き刺したコンロが数台と、それを取り囲みながら網に肉を追加していく大人たちの姿があった。
更にその足元には紙皿を持ちながら腹を空かせる魔法少女達もいる、あれは……
「……バーベキューか」
「ええ、魔法少女の親御さんたちが集まって自然とそういう流れになったわ。 あんたも来なさい」
「いやー自分は少し疲れたんでホテルで一休み」
「来なさい」
「グエェッ! ちょっ、人の襟掴んで引っ張らな……力強いなぁこの人!?」
さりげなく逃げようとした首根っこを掴まれ、強引な優子さんに引きずられたまま和気藹々とBBQを楽しむ親子の輪へと連行される。
ああ、周囲の視線が痛い。 優子さんは何故顔色一つ変えずにいられるんだろう、成人男性1人を片手で引きずりながら。
「連れて来たわ、さっき話してたうちの住み込み。 私から調理場を奪った憎き仇よ」
「ああ鳴神さん、お早いお戻りで。 そうかそうか、君がか、よくやってくれた」
「危うく肉が全部ダメになる所だったよ、感謝するよ」
「は、はぁどうも……すみません、うちの店長がご迷惑をおかけしたみたいで」
ここに集まった魔法少女の父親たちだろう、屈強な体つきの男性たちがぞろぞろと集まって来る。
そうだ、優子さんが自ら肉を焼けるイベントなんて参加しないはずがない。 彼らもまた“アレ”の被害を被ったのだろう。
「ワハハ! なぁに、過ぎれば酒の肴よ! 君もどんどん食べなさい、ほらこれとか良い焼き具合だ!」
「ほう、線は細いがしっかり鍛えている身体だ。 今度うちのジムに来ないか? 君なら良き筋肉の加護を得られるだろう」
「野菜もちゃんとお食べなさいな、うちの畑から採れた野菜だからね! 美ン味いよ~?」
「は、はぁ……」
多数の力強いコミュニケーションに押され、あれよあれよと持たせられた紙皿の上に焼き上がった肉や野菜が載せられていく。
何となく席を立てるような雰囲気でもなく、せっかくなので適当な折り畳み椅子に腰かけて夕食を口にする。
……少し焼き過ぎた感じが否めないが、美味い。 疲れと空腹のせいもあるがそれだけではないだろう。
「しっかし酷い火傷だねぇ、男前が台無しだ」
「あはは、ドーモ……よくこの顔のせいで怖がられるんですけど、ここじゃ誰も気にしないですね」
「ん? ああ、その程度じゃ誰も気にしないさ。 だって……ほら」
トングを片手に持ったまま話しかけて来た屈強な父親が、そのまま左手で自分の右腕を取り外した。
「はっ!?」
「はは、凄いだろう? 魔法局に提供された最新の義手さ、気づかなかっただろう?」
「し、正直まったく……」
「昔魔物に食い千切られてね、娘が魔法少女になったのもその時だ。 あっちの武田さんなんてもっとすごいぞ」
「おうよ! 俺は腹かっ捌かれてなぁ、あン時ゃさすがに臓物零れて死ぬかと思ったぜ!」
「ちょっとお父さん、お肉食べてるときにその話やめてよー!!」
腹部にできた大きな古傷を見せ、豪快に笑う父親とそれをぷりぷり怒って窘める娘。
そうか、魔法少女の家族ならこの程度の修羅場はよくある話に過ぎないのか。
「……あんたいつも人の目気にしてるでしょ、ここならそんな気なんて使う必要ないから」
「あはは……ありがとうございます、優子さん」
「感謝の気持ちは現物で頼むわ」
片手をヒラヒラ振り、肉を取りにコンロの方へと消える優子さんの背中を見送る。
あの人なりに俺のことを気遣ってくれたのか、不器用な人だ。
改めて周囲の家族たちを眺めてみれば、誰も彼もが仲睦まじくBBQを楽しんでいる。
家族と、友達と、見ず知らずの誰かと、その胸にあるはずの傷をまるで感じさせずに。
「……俺も、母さんたちとあんな風に笑えたのかな」
手元の相棒にすら届かない小さな呟きは、夕暮れの海にたゆたうさざ波に揉まれて消えて行った。