この鼓動は止まらない ③
「ラピリス……お前それ、それはお前ダメだろ……」
「とうとう堕ちる所まで堕ちたかって感じだヨ」
「我そういうの良くないと思う」
「ぶっちゃけ引くデス」
「ボクも懸念はしていたがまさか実行に移されるとは思わなかった」
「なんなんですか! 何なんですか敵も味方も揃って! 実は仲良しですか!?」
人質を伴って現れたラピリスの姿を見るや否や、一同揃ってドン引きだ。
本人は刀をブンブン振り回して抗議するがあああああああ危ない危ないそのおじさんに当たったらどうするお前こんな時に子供らしいかんしゃくなんて見せるんじゃあないよ。
「しっかし誰デスあの人、二人の知り合いで?」
「いや知らないです! ミミちゃんは!?」
「私も知らなーい! 誰あの生え際が際どい人!?」
「……お、お父さん……」
「「「「「「「父!!!??」」」」」」」
ファガリナの口から漏れたカミングアウトにドクター以外の驚愕が重なる。
娘本人もまさかの父親登場に動揺しているのか、弓を引く手が止ま―――――
「――――何をしている乙音!! 誰が手を止めて良いといった!?」
「っ……ごめ、んな……さい……!」
―――りかけたその瞬間、ラピリスに縛り上げられていたはずの男が怒号を放つ。
その大声にビクリと肩が跳ねたファガリナは再び弓を引いて旋律を編み始める。
集中を乱されたせいか、気のせいか僅かに乱れた音色ではあるが。
「馬鹿が、何をこの程度の事態で乱れて……違う違う違う、そうじゃない! ああ、だからお前は愚図なんだ!!」
「ちょっ、暴れ……な、何ですかこの人!?」
ラピリスに切っ先を突きつけられてなお、男はまるで気にしてないようにがなり散らす。
その剣幕はすさまじく、暴れた拍子に刀の切っ先に首が触れ、浅く赤い筋がいくつも刻まれてもお構いなした。
事情はよく分からないが、怯えている娘に一方的に叱りつけるその姿はあまり見ていて気の良いものではない。
「…………まったく、手に負えない疾患だ。 しかしラピリス、事情を知って連れて来たわけじゃないのかい?」
「一人だけ正気を保っていた不審な観客が居たのでとりあえず拘束しました」
「こいつやべぇデス……」
同意はするがあんまりな発言を零したタツミちゃんの頭に軽い手刀を落とす。
正解を引いている以上文句は言わないが、あれがもし一般人だったら……いややっぱあとで説教しないといけないなうん。
「で、誰なのさそのおっさん。 あたしらの演奏にも、その子の演奏にも雑音は入れてほしくないんだけど」
「ああ、もちろん君達には面識はないだろうね。 なんせ彼の因縁は――――」
「――――私にあるんだろう?」
方向性が対逆な2つの音色がぶつかり合う会場に、それでもなおよく通る声が響く。
声が聞こえた方角、初めに俺が蹴り壊した扉の方に目を向けるとそこにはメリハリの強い顔立ちの女性が立っていた。
そのままゆっくりとこちらに歩を進める姿は、まるで花道を征く女優のようだ。
《あー! マスター、あの人アレ! キバテビのプロデューサーさんですよ!》
「へっ? 誰?」
「ぷ、プロデューサーさん!? 駄目ですよ、こっちに来たら……!」
「平気さあかりん、自分の音色に惑わされるほど耄碌しちゃいない。 ……お久しぶりですね、愛也さん」
《……ん? あ゛ぁー!?》
すると、ずっと頭の中で黙っていた相棒が突然叫び出す。
自分にしか聞こえていないからまだいいが脳内で反響する声はとてもうるさい。
「なんだハク、どうした?」
《いやその、あのおじさんの顔写真を画像検索してみたら一発で分かりました! 愛也 良次、8年前に失踪した天才作曲家、らしいです!》
「作曲家ぁ!? 何だってそんな奴がこんな所に!」
「おや、どうやらブルームスターは知っていたか。 その通り、その上そこのプロデューサーが魔法少女だった時の師でもある」
「えっ、プロデューサー魔法少女だったんですか!!?!?!」
「うっそ初耳!? 絶対似合わない!!」
「あかりんもみーたんも酷い!! でも好き!!!」
「こいつやべぇデス……」
再度タツミちゃんの頭上に再度手刀、同意しかないが流石にそれはストレートすぎて失礼だろう。
というより話が反れる反れる。
「……おほん、まあ私も昔は恥ずかしながら魔法少女をしていたわけさ。 杖はその子と同じヴァイオリン型、その性質上音楽の師が必要だった」
「その師匠がこのおじさんと言う訳ですか、しかし8年前に失踪した人がなぜここに?」
「……やあ、久しぶりだな音羽君。 しかし心外だな、この音を君の演奏と言うか」
ラピリスに羽交い絞めにされたままの男が、後ろも振り返らずに語り始める。
その視線は弓を引く娘へ憎々しげに向けられ、射殺されそうなその眼力にファガリナの肩もびくりと跳ねる。
「違う、ああ違う! まるで違う!! 君の旋律にはまるで及ばない、まるで届かない! 君が魔力を失った8年前から、私はあの至上の音色を聞くことが叶わなくなったのだ……!」
額に血管を浮かばせ、口角泡を飛ばす男の目は血走っている。
首筋に当てられた刀の事など微塵も気にしていない、その姿はあまりにも常軌を逸していた。
「……ドクター、お前その人に何をした?」
「誓って何もしていないさ、彼は元からこの通り。 たまに居るんだよ、魔力なんてものに魅入られておかしくなる人間が」
「……っ」
プロデューサー、そしてラピリスとゴルドロス。
修羅場を潜った数の多い三名がふっと目を伏せる、おかしくなった人間というものに心当たりがあるのか。
俺もかつては魔物を信奉するカルト団体が問題を起こしたなんてニュースを見かけた事はあるが、あくまでそれはTV越しのキャスターが語る話。
こうして目の前で語られる狂気は初めての体験で、ラピリス達でなくとも言葉が詰まる。
「何故だ! 何故魔力を捨てた音羽君!? 君には神の域に至る才能があったのに、それを何故自らどぶに捨てたのだ!!」
「違う、元から私の魔力は衰えていたんだ! だから潰えるはずの可能性を彼女に託した!」
「違う、違う、違う! そんなことで力を投げ出すなんて愚かだ、損失だ……! それでも、捨てるというのなら……」
「……! ゴルドロス!! ファガリナを止め――――」
ラピリスが何かの前兆に気付き、指示を飛ばす前にファガリナが弓を引く。
先端から根本まで、弦を余さず紡がれた音色は乱暴に掻き鳴らされ……
「―――――乙音に寄越せ」
……事態を一気に悪化させた。