No Life ⑥
「ちょ、ちょっと待ちたまえ2人とも!」
「ダメダメ、ライブ開始に遅れちゃう」
「わー! すごい、満杯ですよミミちゃん!! いつものハコよりずっとずっと大きいのに!!」
だらしない腹を揺らしながら、ドラムスティックとギターを担いだ少女2人の後を追いかける。
かつかつと長い廊下を迷いなく進む足は速い、追いかけるだけで息が切れる。
うん、明日からダイエットしよう。
「ぜひ……ぜひ……も、もう一度聞くがライブを止める気は……?」
「くどいねキョクチョーさん、ここまできて止めるとか無いっしょ。 ねえ灯?」
「もちろんですよ!! このままお客さんを帰すなんてあり得ないです!!」
「気持ちはわかるよ、これだけの大きなステージは惜しいだろう。 だがね、君たちの命が危な……」
「んー、それはちょっと違うかなキョクチョーさん」
前を歩く2人は急に足を止め、私に方へと振り返す。
通路の出口は目前、メインステージへと続くランウェイを照らす照明と、観客の歓声を背負った彼女たちの瞳は紅く輝いていた。
「……ミミ達はさ、それなりに愛とか勇気を歌って来たよ。 けどそれは伊達や酔狂なんかじゃない」
「子供だから本気で願って歌ったものです、そこに偽りはないです」
「だからさ、ここでビビって逃げましたじゃ嘘っぱちになるじゃん?」
「自分たちが掻き鳴らした歌詞に共感した人たちを裏切ることになります、命が危ない? 上等ですね!!」
「「こちとら元より命懸けで歌ってんだぞ!!」」
そして2人は息を揃え、幾万の観客が待つ舞台へと駆け出して行く。
気圧された、止めるべきだと分かってはいても言葉が出てこない。
何歳も若いはずのあの二人が投げつけた言葉には、私には無い「覚悟」というものを感じてしまった。
「分かってるね灯、ビートは心臓より速く! 湿気たドラムはぶん殴るから!!」
「ミミちゃんもコードとちったらぶっ飛ばしますね!! さあ今日も血豆を潰して血反吐を吐いて!!」
「「――――気張って行こうぜ!!!」」
――――――――…………
――――……
――…
人ごみは嫌いだ、五月蠅いしもみくちゃにされてしまうから。
目下に広がる人の群れを見ると、眩暈と吐き気が込み上げてくる。
まるで餌に集う蟻のようだ、違うのはその1つ1つの価値だけ。 あれらの命には一体どれだけの値打ちが付けられるのだろうか。
『――――準備はいいわね?』
杖に取りつけた無線機からはローレルからの声が響く。
そろそろライブが始まる、そうなればこの人の群れたちはまたハチの巣をつついたかのように騒ぎ出すのだろう。
すぐに静まるとはいえ、それを一度聞かねばならないと思うと気が滅入る。
「ああ……吐き気がするな」
「あ、あの……」
「ん? ああすまない、今のは独り言だから忘れてくれ」
いけない、ストレスのあまり傍に立つ共犯者の事を忘れていた。
彼女が居なければこの先の計画はままならない、機嫌を損ねるような真似だけはごめんだ。
「これからの流れは分かっているね、君のお父さんも大層喜んでくれるだろう」
「お父さんが……」
ボクが父親について語ると、彼女の顔が苦悶に歪む。
折角の整った顔立ちなのに勿体ない、屈託のない笑顔がきっと似合うだろうに。
……まあ父親の傀儡となった彼女には笑顔なんてとんと遠い存在だろう。 ボクには関係のない話だが。
「偽りの歌姫に鉄槌を、だったかな? それでは手はず通りに」
「っ…………」
掌に収まるほどの小瓶に入った錠剤を彼女へと渡す。
中身は人を変える劇薬、それを分かって渡すボクはきっと医者失格だ。
それでもボクはボクの成すべき事のために、今日もまた悪魔に命を売り渡そう。
――――――――…………
――――……
――…
「……うっ」
モニターに映し出されたカウントダウンがすでに3分を切った時、ブルリと体が震える。
ライブの熱気を予測して低めに設定された空調が災いしたか、下腹部に感じる感覚は人間ならば避けられぬ生理現象……
「はい、こちらは問題ありません……それではまた後で。 ……むっ? どうしましたブルーm……箒さん?」
「寒い? ブランケットあるヨ。 すぐヒートアップすると思うけどネ」
魔法局との通話を終えたアオ達が俺の異変に気付く。
箒と言うのは適当に名乗ったこの姿の名前だ、人前でブルームスターと連呼されるのは流石に不味い。
まあアオには十中八九偽名だとバレているような気もするが。
《マスター? まさかとは思いますがこのタイミングで……》
「……わ、悪い。 ちょっとトイレ……」
「What's!? おまっ、もう3分前だヨ!?」
「生理現象はしゃーないデス、行くに行けなくなる前に早く済ませた方がいいデスよ?」
「トイレは来た道の途中にありましたね。 逃げちゃ駄目ですよ、こっちには人質が居るんですからね」
「悪役かお前は! ごめんタツミちゃん、少し待っててくれ!」
《うわーんマスターのバカー!!》
席を立ち、いつもより短い歩幅で懸命に厠へ向けて走り出す。
残り3分、急いで済ませて戻ればギリギリ……いや、待て待て待て。
「ハク、変身! 変身一回解かないと!」
《監視カメラまみれ死角なし! 諦めてください、ハッキングもやぶさかではありませんがこのまま済ませた方が絶対早いです!》
「嘘だろお前!? いや、それはおまっ……ダメだろ!?」
《……ガンバ!》
「チックショー! 後で覚えて……わぶっ!」
意識を逸らしたまま走っていたせいか、通路を歩く人影に気付かず追突してしまう。
盛大に尻餅を打って倒れ、痛む尻を押さえて見上げると、枝のように線の細い男がこちらを見下ろしていた。
だいぶ怪しいラインまで後退した頭髪、よれよれの半そでシャツに年季の入ったフチなし眼鏡。
子供の付き添いでやって来たのだろうか、俺もそうだが何というか場違いな雰囲気の男性だ。
「……ああ、すまない。 よく見ていなかった、怪我はないかい?」
「い、いえこちらこそ。 あああすみません先を急ぐのでそれじゃっ!」
再度込み上げる尿意を堪え、謝罪もそこそこに再び廊下の先に見えるトイレまで向けて走り出す。
悩んでいる時間も惜しい、こうなりゃままよ。 膀胱が決壊して人としての尊厳を失うより一時の恥ぐらい耐え忍ぼう。
「……品性のない餓鬼だ、あれならうちの娘が――――」
耐えるのに必死なあまり、背後から聞こえたその声は俺には聞こえなかった。
――――――――…………
――――……
――…
「……ハク、お前録画とかしてないよな?」
《さすがにそこまで悪趣味じゃありませんよ、人(?)を何だと思ってんですか》
一つの修羅場を終えた俺は、すでにだいぶ疲弊しながらトイレを後にする。
どうやって済ませたのかは記憶がない、それだけ壮絶な戦いだったのだろう。
ただ一つ言えることはこんな真似は二度とゴメンということだ。
「とっくに3分過ぎてるよな……急いで戻ろう、とっくにライブ始まってるぞ」
《それについてですがマスター、少し様子がおかしくないですか?》
「……なに?」
周囲を見渡してみるが、ハクが言うような様子がおかしいものは確認できない。
既に皆各々の席に着いたのだろう、人っ子一人いない廊下はしぃんと静まり返っている。
……そう、演奏も歓声も何一つとして聞こえてこない。
「……っ! ハク、構えろ!!」
《分かってますよ! 日常モード解除、魔力開放! 衣装変わりますよ、3・2・1……》
≪――――Are You "LADY"!?≫
一瞬視界を覆う黒炎を振り払い、魔法少女の脚力で会場に向かって走り出す。
何が起きたのかは分からないが、静かすぎる。 開始前でもあれだけ騒がしかった会場から物音ひとつ響かないなんておかしい。
静寂が支配する渡り廊下に、俺の足音だけが激しく反響した。