走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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サイレンススズカ専属なので初投稿です。


スズカクラシック
走ること中毒サイレンススズカ


「おはようございます、トレーナーさん」

「おはよう、スズカ」

「今日も良い天気ですよ、トレーナーさん」

「……みたいね……」

 

 

 目を開けると、スズカがそこにいた。私のベッドの枕元にある小さな椅子に、入院患者に会いに来たみたいに静かに座っている。

 

 というか、目を開けるも何もスズカが私を揺すって起こしたのだ。

 

 

「今日こそランニングを組んでくれるという約束でしたよね?」

「……まあ、まあ」

 

 

 全開のカーテンから射し込んでくる光と、ちらりと目に入った目覚まし時計……今が何時か確かめる。

 

 

「……そうだけどさあ、まだ四時半よ……?」

「朝は早い方が気持ちいいですから」

「限度があるぅ……」

 

 

 ご丁寧に空調まで切って、絶対に私を起こすという強い意志を感じる。仕方がないので起きて、そのままスズカの頭を抱き抱える。

 

 

「わぶっ」

「ダメだってスズカ……まだヒトは活動できないから……」

『大丈夫ですよトレーナーさん。トレーナーさんは見ているだけでも良いですから。ね?』

「外に出られないの」

『双眼鏡とか……』

「おばか」

 

 

 ヒトの私が頭を抱えれば、下手な抵抗をするとスズカは私を殺してしまうので動けない。あと二時間は寝たいし、一度スズカをこのまま寝かせてしまおう。抱き締めて少し息苦しくさせれば、無理な早起きをしたスズカなど容易いものよ。

 

 

『トレーナーさん、待ってください、約束、走る約束……』

「良いから寝なさい。無理したら怪我するわよ」

『あっ、う、ぅ……ぅ……』

「はーいお休みなさいねえ」

 

 

 妹で鍛えた寝かしつけのスキルでスズカの動きを止める。必死に私と話そうとするスズカだったが……やはりこんな時間から起きている学生がベッドに余りある体温の誘惑に抗えるはずがないのだ。

 

 

『トレーナー……さん……』

「……というか、勝手に寮に来ないでね?」

『うぅ……』

 

 

 少しずつ呼吸に波が無くなっていき、消えた。ちょろちょろ栗毛め。そのままぐっすり眠ってくれ。私も寝るから。

 

 …………今日はどうやってスズカに()()()トレーニングをさせようか……本当、強い分癖のある可愛いウマ娘だ、スズカは。

 

 

 

 

 ─────

 

 

 私がトレセン学園にトレーナーとして就職してから、半年になる。いわゆる新任のピチピチトレーナーだ。年齢の話はしないで。

 

 元々、私は賢かったわけでも努力家だったわけでもないし、そもそもウマ娘に対してめちゃくちゃ興味があったわけでもない。だが、とある因果でこうしてトレセン学園で働くことになっていた。

 

 

 その因果とは、たったの一つ。私の目に、ウマ娘の能力や適性が数値化されてステータスの形で見える、ということだ。

 

 

 例えば、今の担当であるサイレンススズカであれば、芝AダートG……ダートを走る能力は皆無で、短距離D、長距離Eでマイル中距離がA。逃げA、先行Cといった感じ。

 

 たとえウマ娘に興味がなくても、こんな能力があればトレーナーとして高い位置にいられると私は確信したわけだ。調べたところ、担当ウマ娘の距離適性を測るだけのためにレースに出たり、トレーニングの期間が削れたりもするらしい。それらを丸々飛ばして、しかもその子に合うトレーニングも考えてあげられる。素晴らしいことだ。

 

 

 それに、私には今の能力や調子、体力も見える。さて、スズカの今の様子を見てみよう。まだ私のベッドで眠るスズカをじっと見つめる。

 

 

 スピードSS+

 スタミナC

 パワーB

 根性D+

 賢さC+

 

 

 細かい数値も見られるが、この時点でお解りいただけただろうか。なんとこのスズカ、()()()()()()()()()()()()()。私が出会った頃……まあ五月のことだけど、その時点でS+の表記になっていた。

 

 あまりゲームはやらないので解らないが、彼女のスピードの数字は何のトレーニングをしてもこれ以上上がっていない。トレーニングのタイムは縮まってきているものの、どちらかといえば加速やコース取りの上手さで伸びていると見るべきだろう。

 

 

 そもそも、スズカの戦う相手……マチカネフクキタルにせよエアグルーヴにせよメジロドーベルにせよ、あのタイキシャトルでさえスピードはスズカに遠く及ばない。これ以上スピードを伸ばせないし伸ばしても仕方がないのが解る。

 

 

 だから、スズカにはスタミナをつけるトレーニングをしてもらいたい。

 

 

「…………あ、トレーナーさん……?」

「あらおはよう。思ったより早かったわね」

 

 

 現在時刻は八時を少し回ったところ。うんうん。学生の土曜日なんてこんなもので良いのよ。夏ならともかくもう長袖じゃないと辛い時期だし、走るにしてもお昼で良いはず。まだ早いくらいね。

 

 

 私の作る朝食の匂いに釣られたのか、スズカは寝起きにしてはそこそこの速度でダイニングテーブルまで歩み寄ってくる。まあ、これは私のご飯だから、スズカには食べさせられないんだけど。なんかペットみたいな言い方だなあ。

 

 

「おはようございます……」

「おはよう。顔洗ったり髪を梳かしたりしておいてね」

「……トレーナーさんがやってください……」

「良いけど私がシャワー浴びてからね」

 

 

 さっきまでの強い意志はどこへやら、流石のスズカも寝起きでは押しが弱くなる。顔を洗ったらまた走りたい走りたいと言い出すのだろうけど……残念ながら観察の結果、いわゆるただ走るだけのトレーニングはスピードが鍛えられるうえとても効率が悪い。とてもじゃないがスズカがやるべきことではないのだ。

 

 洗面所に消えていくスズカを見届け、堅焼きまで火を通した目玉焼きを皿に移す。スズカにやらせたいのは筋トレや水泳なのだ。何とか今日も言いくるめていきたいが。

 

 

「うーん……どうしようかな……」

 

 

 それがとても難しいので、彼女のトレーニングは大変なのだ。あと、衝動で走りに行ったりするから。

 

 

ごごごご……

 

「それと、約束を破ったことのお話もお願いしますね」

 

 

 破ってない、絶対やぶっていないのに、じっと蔭からこちらを見るスズカの視線に、私は納豆を床に落とした。

 

 

 

 ─────

 

 

「大体、トレーナーさんは勝手です」

「はいはい」

 

 

 今日は少しいつもより怒っているのか、勝手に私の朝食を摘まみながらもスズカはぷりぷり小言を言ってくる。もちろん、全く怖くないどころか可愛いだけだけど。怒るならもっとドスを効かせないと。エアグルーヴみたいにね。

 

 

「専属になってもらうときにも約束しましたよね。あむ……んぐ、私が気持ちよく走れるようにしてくれると」

「おっしゃる通りで」

「それが何ですか。最近ちっとも走らせてくれません」

 

 

 言いたいことはいくつもあるが、飲み込む。スズカは思慮深い一面や諸々鋭いところもある……一方、ポンコツだし頭はいつも走ることでいっぱいなので流しておけばそのうち忘れるからだ。今怒っているのも、じゃあこれから走る? とでも言えばニコニコで忘れるに違いない。

 

 

 そもそも。気持ちよく走れるというのは、レースで、のつもりで言ったことだ。出会った頃のスズカは酷い走りをしていた。適性Cの先行の走りから、場合によっては適性Eの差しの走りを練習させられていたのだ。

 

 スズカの元トレーナーにも元トレーナーで考えはあったのだろうし、逃げウマ娘といえど脚を溜める走り方を学んでおくのは重要なことだ。だが、スズカに限っては完全に裏目だっただけのこと。私達も彼に対して怒っているなんてことはない。

 

 

「トレーナーさんは酷いです。私は怒りました。もうトレーナーさんの言うことは聞いてあげません。一人で勝手に走っちゃいますからね」

「そう? じゃあこの間話したマルゼンスキーとの併走は無しね」

「…………仕方無いので併走までは言うこと聞いてあげます」

 

 

 しかし、私にはスズカの適性が見えたし、ステータスも見える。その頃から群を抜いたスピードを見せていたスズカはどこをどう見ても逸材なのだ。そこで、逃げ以外の戦法はストレスなのでやらせない、という確約のもと口説き落とした形になる。

 

 

「でも終わったら言うこと聞いてくれないんでしょ? だったらちょっと……」

「むぅ……トレーナーさんの意地悪……私がどれだけ楽しみにしていると思っているんですか? そのためにもちゃんと走って練習をしたいのに」

「スズカに足りないのは今はそこじゃありません」

 

 

 未来永劫スズカのスピードがこれ以上伸びることは無いだろう。ウマ娘という種族の限界だから、これ以上速度が上がらないのかもしれない。この境地に至っているのは他には……いる?いなくない? 

 

 

 何にも心に響かない罵倒を受け流しつつ、朝食を終え皿洗いまで済ませる。スズカはすらすらといかに自分が日々走りたくて、それを必死に我慢してトレーニングをしているかについて力説しながら隣で皿洗いを手伝ってくれる。うい奴め。マルゼンスキーにはできれば先行で走ってやってくれと言ってあるからね。

 

 

「というわけですから、ちゃんと今日の練習は約束通りランニングにしてください。良いですか?」

「うんうん。スイミングね」

「……ランニングです」

「犬かきングね」

「何も聞いてませんね? トレーナーさん」

 

 

 聞いてる聞いてる。私も鬼ではないし、勝つためにはスズカの体調ややる気も大事だと理解している。スズカの場合、ターフなりを走らせないと突然やる気を無くしたり調子が下がったりするのだ。その見極めは必要だから話は聞く(聞くとは言っていない)。

 

 

「今日は申請出し間違えているような気がするし、プールね」

「やです」

「お願いスズカ。スズカの泳いでるところがみたいなあ」

「やです」

「終わったらパフェ奢ったげるから」

「や、です」

 

 

 揺らいだなこのポンコツめ。

 

 

「何したら泳いでくれるの?」

「走らせてくれたら考えます」

「じゃあこうしよう。泳ぐんじゃなくてプールのなかで走ろう」

「プールサイドを走りますよ」

「強情ゥー!」

 

 

 私の着替え中もぴたりと側を離れず交渉を続けるスズカ。当然何を言われてもトレーニングメニューは動かさないけどね。ターフグラウンドの申請取ってないし。まあスズカなら無断で走っても許されるとは思うけどね。

 

 

「じゃあ解った。終わったらちょっとだけ走らせてあげるからそれで泳いでくれる? ね?」

「…………!」

 

 

 ぱああっ、こくっこくっ。漫画ならそんな音が間違いなくつけられるペースで喜ぶスズカ。うんうん。喜んでもらえて何よりだ。具体的な距離は言ってないけどね。いつ練習が終わるとも言ってないし。

 

 もう少し宥めすかして水泳をやってもらおう。

 

 

 

 なにせスズカは昨日、満足行くまで走れました! と笑顔で言っていたのだから。

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