『メディアの悪影響を巡る冒険』シリーズ第2弾です。今回は以下の記事が取り上げていた論文を検討します。
 ゲームで人格は変わらないようです。
 独マックス・プランク研究所で行われた研究によれば、暴力的なゲームを長期間にわたって毎日行った場合でも、被験者たちの攻撃性や社会性に変化がないことが判明した、とのこと。
 なお実験に使われた「暴力的なゲーム」は世界中で大ヒットした「GTA5(グランド・セフト・オート5)」でした。
(中略)
 しかしこれまでの研究の多くは、暴力的なゲームをプレイした直後の心理状態が調べられることが多く「人格の変化」を論じるというより「短時間の影響」を調べているだけ…というケースがほとんどでした。
 そこで今回、世界最高峰の研究機関として知られるマックス・プランク研究所の研究者たちは、長年の論争に終止符を打つために90人の被験者たちに暴力的なゲームとして知られる「GTA5(グランド・セフト・オート5)」をプレイしてもらうことにしました。
 なお被験者たちの選抜に当たっては過去6カ月間、まともにゲームをした経験がないことが条件となっていました。
(中略)
 GTA5は冒頭にも述べた通り、ゲーム開始直後から銀行強盗になって警官を撃ち殺しながら進めていくシーンとなっており、その後は車泥棒を行っていきます。
 なお泥棒中に車の持ち主が現れた場合は、つつがなく射殺します。
 また車泥棒中には猛スピードで信号無視して進むために、ほぼ確実に通行人を数人以上、多い時には10人以上、轢き殺すことになります。
 そしてゲームの展開が早いため、多くのプレイヤーは以上の出来事を開始から30分以内に続けざまに味わうことになります。
 暴力的なゲームは「人間を攻撃的にしない」 独研究所-ナゾロジー
 この記事は公開当初、荻野稔大田区議が取り上げていつものように承認欲求を満たしていました。しかし、論文をちゃんと読めばこれが「ゲームに悪影響がない根拠」としていささか頼りないものであることがよくわかります。

 なお、対象の論文の書誌情報は以下の通りです。
 Kühn, S., Kugler, D. T., Schmalen, K., Weichenberger, M., Witt, C., & Gallinat, J. (2017). Does playing violent video games cause aggression? A longitudinal intervention study. Molecular Psychiatry, 24, 1220–1234. https://doi.org/10.1038/s41380-018-0031-7

対象は大人だけ

 さて、本研究には方法論的な問題がいくつかありますが、それをさておき、完全に論文の主張を信用するとしても、この論文をゲームの悪影響を否定したものとして扱うには心もとない点があります。それは、本研究の対象者が成人に限られるという点です。

 これは元々、本研究の目的意識が「大人への影響は検討されていないから確かめよう」というところから出発しているためです。そして本研究は、6か月のゲームプレイが大人には悪影響がないと結論しています。裏を返せば、おそらくメディアからの影響を最も受けやすい子供への悪影響は全く検討されていません。

 そして、常識的に考えれば、大人にゲームの悪影響が見られないのは特に驚くべき結果ではありません。ゲームによって暴力性が増加するメカニズムはいくつか提唱されていますが、いずれもゲームの枝葉によって暴力に対する考え方や価値観が変容するためであると説明されています。メディアからの影響を排除するとしても、大人であればすでに暴力に対する考え方はある程度固まっているでしょうから、ゲームに接しても影響が少ないのは当然です。

 加えて、メディアの悪影響はゲームに限った話ではありません。仮にゲームを全くしたことがなくても、映画やドラマ、小説などからも多かれ少なかれ影響を受けていると考えられ、暴力に対する考え方はそれなりに変容しています。ですから、ゲームを経験していない実験参加者を「メディアからの影響を全く受けていない人」であるかのように扱うのは誤りです。この研究結果は、単に「ゲーム以外のメディアからの影響を受けて暴力に対する考え方の固まった大人」に対するものであると考える方が正確だと思われます。

 ともあれ、この論文が主張しているのは、あくまで大人に悪影響が見られないという点だけです。この結果をもって、すべての年代に対して悪影響が見られないかのように論じるのは明らかに誤りでしょう。

ゲームをやったことない人……だけ?

 本論文には、研究手法にもいくつかの問題があります。まず、引用した記事は『被験者たちの選抜に当たっては過去6カ月間、まともにゲームをした経験がないことが条件となって』いたと要約していますが、この解釈には疑問があります。というのも、当該論文には参加者について以下のようにしか書かれていないからです。
 We included participants that reported little, preferably no video game usage in the past 6 months (none of the participants ever played the game Grand Theft Auto V (GTA) or Sims 3 in any of its versions before). (p1221)
 我々は、過去6か月間にゲームをほとんど、あるいはまったくしたことのない参加者を含んだ。(参加者のいずれも、GTAVやSims 3、あるいはそれらのシリーズの過去作を全くプレイしたことがない)
 文章を素直に読む限り、実験参加者は『過去6カ月間、まともにゲームをした経験がない』わけではありません。少なくともGTAシリーズやSimsシリーズをプレイしたことがないだけであり、ゲーム経験それ自体は全くあるいはほどんとしたことない人を「含んで」いるだけです。「含む」というのは文字通り、その実験参加者の中にそういう属性の人がいるというだけであり、全員がそうであるということを意味していません。

 これらは英語の表現上の問題であり、実際には参加者全員が『過去6カ月間、まともにゲームをした経験がない』のだと強弁することは不可能ではありません。しかし、そうした主張を素直に受け入れられないのは、実験参加者の過去のゲーム経験という、実験結果の解釈を左右する情報が本論文に掲載されていないためです。

 これは重大な問題と言えるでしょう。実験参加者の中に「GTAシリーズはやったことがないがほかの暴力的なゲームで人を殺しまくっている」参加者が相当数いた場合、6か月間のGTAVのプレイが影響を及ぼさないのは当然だからです。そして、本論文の情報ではこの可能性を否定できません。

GTAなら必ず暴力的なプレイになるのか

 もう1つの疑問点は、GTAVというゲームをプレイすることが、そのまま暴力的なゲームプレイ経験になるのかという点です。私はGTAシリーズをプレイしたことはありませんが、一般にオープンワールドゲームというのは何をしてもよいものであり、それは「目についた人を片っ端から殺していい」ことを意味すると同時に、ただ安全運転を心がけて車を走らせるだけでもいいことを意味しています。

 引用記事では、GTAがいかに暴力的なゲームかが強調されています。しかし、それはストーリーを進めればの話です。そして、論文では実験参加者にストーリーの進行を要求したとは一言も書かれていません。ただ30分以上のプレイを求めただけです。

 これは、同じゲームをプレイした実験参加者の中でも暴力的な影響が大きく異なる可能性を示唆しています。暴力的なゲームをプレイしたとされている群の中に、ただ車を運転しただけの人と銀行強盗の常習犯になった人が混在していれば、ゲームの影響が正しく検出されないの当然だと言えるでしょう。この点を統制していない(あるいは統制したことを論文で示せていない)以上、本論文の結果はあまり信用できません。

論文以上に問題なのは紹介記事

 本論文にはいくつかの問題がありますが、とはいえ大人にゲームの悪影響が見られなさそうだという点を指摘した点は重要ですし、いくつかの問題が直ちに論文の知見を破壊するというわけでもありません。まぁ、査読者ももう少しツッコめただろとは思いますが……その辺も含めて、良くも悪くもありがちな論文といった印象です。

 それよりも気になったのは、この論文を紹介したナゾロジーの記事のあまりの不正確さ、不誠実さです。すでに指摘したように、紹介記事は実験参加者の募集について、『過去6カ月間、まともにゲームをした経験がないことが条件』という存在しない条件を説明していました。また、研究は実験参加者にそんなことを求めていないにもかかわらず、あたかもGTAVをプレイした実験参加者はストーリーを進めるように要求され、その過程で様々な暴力的な経験をしたかのようにミスリードしています。

 このことは、記事の筆者が「ゲームに悪影響がない」という結論を信じたいという願望のために、存在しない記述を論文の中に見出してしまっていることを示して……いるのならばまだいいほうです。確証バイアスは誰にでもあることですから。ましてや、自分の専門ではない分野の英語論文を読むときはなおさらでしょう。

 問題なのは、こうした粗雑な記述が、「ゲームの悪影響を否定する記事のほうがPVを稼げる」という不純な動機から来ている場合です。私個人の経験からもはっきりしていますが、たいていの場合、ネットでバズるのは悪影響を否定する方の記事です。そして、記述は粗雑で断定的であるほど広まりやすい傾向にあります。

 こうした記事で紹介される論文は、これまで指摘してきたように、エビデンスとしては心もとないものや、そもそも因果関係の検討になっていない場合がほとんどです。しかし、論文そのものを読む人はほとんどいないので、粗雑な紹介記事が乱造されるたびに「影響を否定したエビデンスがたくさんある」という虚偽的な既成事実だけが積みあがってしまいます。

 センセーショナルな乱造記事でお金を稼ぐ方はそれでいいでしょうが、ばら撒かれた誤解の後片付けをする側の立場にも立ってもらいたいものですね。