コンプライアンス部長が改ざん指示、でも「組織的不正はない」 ホスピス住宅最大手「医心館」、会社の見解に社員反発

西日本にある有料老人ホーム「医心館」の一つ=8月

 末期がんや難病患者向けの有料老人ホームを全国に展開し、ここ数年で急成長した会社がある。「アンビスホールディングス」(東京)という会社で、老人ホームの名前は「医心館」。東証プライムに上場し、医療・介護業界では有名だ。
 入居者への訪問看護と介護で高収益を上げるビジネスモデルだが、共同通信は不正・過剰な診療報酬を請求していた疑いがあることを今年3月に報道。これを受け、アンビス社は外部の弁護士らによる特別調査委員会を設置、8月8日に調査報告書を発表した。
 報告書によると、アンビス社では自治体の指導を受ける際、コンプライアンス(法令順守)部長がつじつま合わせのためスタッフの勤務記録を改ざんするよう指示していたこともあった。ところが、会社側は「組織的な不正はないことが認定されました」とする見解を発表。取材に応じた社員から「会社はウソをついている」と反発の声が上がる事態になっている。(共同通信=市川亨)

医心館の運営実態について取材に証言する現職社員=7月

 ▽130カ所に定員6700人
 「会社の発表を見て、びっくりしました」。医心館で働く看護師、尾形里佳さん(仮名)はそう話す。「調査報告書を読めば、『不正がなかった』と言い切るのは無理があると思う」
 医心館とはどういうところなのか。末期がんなどの人に特化した住宅型の有料老人ホームで、33都道府県に約130カ所ある。みとりまでする「ホスピス型住宅」と呼ばれるタイプで、入居者向けの訪問看護と介護のステーションを併設。スタッフが入居者の部屋を巡回し、看護師は主に医療的なケアを、介護士は食事や入浴の介助、掃除などを担当する。
 アンビス社は2013年に医師の柴原慶一氏(60)が設立した。ホスピス型住宅は近年、多くの事業者が参入し、各地で増えているが、医心館は定員が計約6700人と最大手だ。

「アンビスホールディングス」が入るビルの看板=3月、東京都内

 ▽訪問看護は原則30分以上
 末期がんなどの人に対する訪問看護の場合、必要であれば1日3回まで診療報酬を受け取ることができる。複数のスタッフによる訪問や早朝・夜間の実施には加算報酬も付く。厚生労働省の通知で1回当たりの訪問は原則30分以上と定められている。
 アンビス社の複数の現・元社員は取材に対し、こう証言した。「必要ない人まで1日3回の訪問予定表が30分単位で組まれ、短時間で済んだ場合でも、予定表通りすべて30分実施したと記録していた」「複数人での訪問対象者の中には、必要ない人もいて、1人でやった場合でも、2人で訪問したことにしていた」

医心館に勤務していた看護師が上司からの説明内容をシフト表に書き込んだメモ。複数人での訪問について「フリーかお風呂(担当)の人の名前を使う」と架空の記録をするとの説明を受けたという

 ▽「記録修正の指導をあえてしていなかった」
 発表された調査報告書はどんな内容なのか。まず、1日3回や30分間の訪問看護についてはこう指摘している。
 「深夜帯に就寝中の入居者に対し、あまりにも短時間の状態観察にとどまるケースについては、看護実態が認められないので、必要性がどの程度あったのか疑義があると言わざるを得ない」
 「ごく短時間の訪問が相当数行われていた」
 「30分を下回るからといって、直ちに国の通知と整合しないとはいえないが、数分間の場合は無理がある」
 複数人での訪問に関しては「一定数が実施されていなかった」「単独で実施し、元々入力されていた(2人目の)氏名が削除されないこともあった」。一部の入居者については「必要性に疑義が残る」としている。
 入居者の状態によっては3回の訪問や複数人での実施の必要性を認めつつ、実態とは関係なく、隙間なく組まれた予定表通り記録する運用が定着していたと指摘。
 「実施していない看護業務を行っていたものとして意図的に記載するようなことは認められなかった」とする一方、「記録としての正確性・妥当性が損なわれ、それゆえに調査がことさら困難だった」としている。
 医心館では、人員配置が不十分だったため、訪問看護や介護の時間中にスタッフが他の入居者のナースコールに対応することが頻繁に起きていた。報告書はこの点を踏まえ、こうも書いている。
 「訪問時間が細切れとなってしまって、報酬請求の要件を充足しないことを危惧し、会社は記録を修正する指導をあえてしていなかった」

青森市にある医心館。スタッフが入居者への訪問介護中に他の入居者のナースコールに対応しているのは問題だとして、今年1月に市から改善指導を受けた=8月、青森市

 ▽金額にも社員から疑問の声
 訪問介護については、ホームごとに入居者の利用限度額の80%程度までサービスを入れる売上目標を担当幹部が設定し、経営陣に提案。「妥当」との判断がなされ、目標を下回るホームには重点的な指導が行われた。
 ただ、本来は利用者の希望や必要度に応じて個別に利用計画を組むべきで、厚生労働省はこうした目標設定は不適切としている。
 報告書は、訪問看護で実態が認められない報酬請求が約6300万円、訪問介護では約40万円あったとしている。アンビス社は「調査対象期間の売上額の0・05%程度」と、ごくわずかであることを強調。
 報告書は「架空の事実を捏造したような悪質な不正請求の事案とまでは認められない」としていて、アンビス社は「組織的な不正はないことが認定された」としている。
 一方、約6300万円という金額について、看護師の尾形さんは「それだけのわけがない。あきれる」と不信感をあらわにする。取材に応じた他の複数の現・元社員も同様の認識を示した。
 そもそも調査委員会自体も前述の通り、調査に限界があったことを認めていて、「記録を軽視する組織風土」があると批判している。

訪問看護の予定表の作り方に関するアンビス社内のマニュアル。診療報酬の加算が付く夜間・早朝と深夜の訪問をなるべく入れるよう記されていた

 ▽「法令順守の意識に重大な問題」
 調査報告書では、さらに驚くような事実が明らかにされていた。
 アンビス社の役員でもあるコンプライアンス部長が、3カ所の医心館で自治体の指導を受ける際、訪問看護・介護の記録とつじつまを合わせるため、スタッフのタイムカードの記録を改ざんするよう指示。フォントの違いなどから改ざんが発覚しないよう、入念に調整していた。
 報告書は部長自身の判断で行ったとしているが、「アンビスにおける法令順守の意識には重大な問題が認められる」とも述べている。

アンビスホールディングスが設置した特別調査委員会の報告書

 ▽「報酬獲得の目的があった」
 こうした問題はなぜ起きたのか。報告書は要因の一つとしてアンビス社の「営利優先」の方針を挙げる。
 「入居者によっては、1日3回の訪問看護の必要性が乏しい場合があることは幹部も認識していたが、3回を原則とするよう現場に指導していた。手厚い看護だけでなく、加算報酬を獲得する目的があったと言わざるを得ない」
 社内のコミュニケーション不足も背景に指摘している。アンビス社は柴原社長が「末期がんや難病患者に24時間切れ目のない看護・介護を提供する」という理念で設立したが、法令の理解が不十分で、理念と現実の間にギャップがあったと言及。
 「現場とのコミュニケーション不足が、圧倒的な経営判断の決定力を有する柴原社長の実態把握を甘いものにした」としている。
 ただ、尾形さんら複数の現・元社員は「社長が知らなかった」とする説明に「納得できない」と口をそろえる。ある元社員はこう話した。「法令との整合性をきちんと詰めずにここまで事業を拡大してきたのなら、逆に問題だ。信じることはできない」

調査報告書を受けたアンビス社の見解に不信感を示す元社員の看護師=8月

 ▽「経営陣は交代してほしい」
 アンビス社は調査報告書を受け「関係者にご迷惑とご心配をかけ、深くおわびする」と陳謝。次のような改善策を進めると発表した。

  •  訪問看護の計画立案の適正化
  •  正確な記録作成
  •  人員の適切な配置と運営体制の強化
  •  マニュアルなどによる業務の標準化
  •  コンプライアンス部門の再構築
  •  社内のコミュニケーション向上

 今も医心館で働く尾形さんはこう話した。
 「社長は全社員向けに『反省している』というメールを送ってきたが、『不正はなかった』と言っている時点で、とてもそうは思えない。私たち社員は大切にされていないと以前から感じていた。私を含め、辞めようと思っているスタッフは多い。経営陣が交代して、会社を変えてほしい」

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