法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『杉原千畝 スギハラチウネ』

 1955年の日本で、センポという日本人をさがしている外国人が外務省にやってきた。外国人はセンポに命を救われたユダヤ人だという。しかし外務省にはそのような外交官の記録はなかった。
 1934年の満州で、外交官の杉原千畝白系ロシア人と協力して列車内の追跡をかわしていた。そしてソ連の列車強奪を阻止するが、日本軍は協力者も殺してしまった。モスクワ大使館に行くことはソ連から拒否された。
 1939年のリトアニアで、領事代理となった杉原は、ソ連だけでなく友好国のドイツの動きもさぐりはじめるが……


 2015年の日本映画。第二次世界大戦時に独断でユダヤ人に大量のヴィザを発給してホロコーストから救いつつ、本国ににらまれて戦後に冷遇された外交官の史実にもとづく。

 監督のチェリン・グラックは日本出身の米国人で、ハリウッド映画の助監督でキャリアをつんで、日本映画で外国パートの監督を何度か担当した人物。
エルトゥールル号遭難事件や杉原千畝の実写映画が公開間近 - 法華狼の日記

ローレライ』『太平洋の奇跡』で外国パートを演出した監督が初めて全体の監督をしたらしいが、予告映像からは2時間ドラマくらいの映像に見える。

 なお上記の情報は誤りで、外国のコメディ映画を2009年にリメイクした『サイドウェイズ』が初めて全体を監督した作品のようだ。


 実際に観賞すると、予想外に実録スパイ映画の性質が強め。たしかに冒頭でユダヤ人が登場しているが、そこから満州でのソ連との駆け引きにリトアニア到着までは対ソ連意識が強めで、行動は諜報重視の外交官の範疇にとどめている。もちろん少しずつソ連よりもドイツの動きに懸念をもつようになり、初期のユダヤ人虐殺を転換点として救出のため動きはじめるが、ヴィザ発給はクライマックスより少し早くて、ドイツに移っての諜報活動にも描写をさいている。そしてユダヤ虐殺をふくむドイツの愚行とそのようなドイツへ安易にたよろうとする日本への批判こそがクライマックスに位置づけられている。
 ユダヤ人を弾圧するドイツと日本が同盟していることへの直接的な批判はないが、そもそも後半からドイツの愚かさを追求して大日本帝国の未来図とかさねあわせる描写がクライマックスなので、そこは問題とは思わない。どちらかといえば杉原が高等教育を学び、前半の諜報でも活躍していた満州が日本の傀儡国家であることへの自省や批判が見られないことが気になった。日本はあくまで愚かな戦争につきすすんだことが問題とされており、杉原を認めつつも賛同しない人物がアジア解放の大義を語って杉原が否定しない描写があったりして、日本の植民地主義やアジア侵攻時の虐殺は描写されていない。


 しかし誤解を恐れずにいえば二線級のスタッフが真面目に歴史を映画化しようとした作品のひとつという感じで、ちゃんと観客に娯楽要素も提供しようとするところもふくめて真面目なので、力不足なところは多々あってもそれなりに楽しめる映画ではある。
 おそらく広い空間を映す余裕がなくてカメラワークに制限があり、台詞や芝居がたくみというわけでもないので、ただ会話するだけの描写は弛緩しがちだが*1、さすがにヴィザ発給などのやりとりはシチュエーションに助けられて悪くない。杉原を後押しするオランダ領事の屁理屈と、領事がそれを選択した背景がきちんと初登場時の会話で印象づけられていたあたりが特に良かった。ヴィザを発給するにあたって思考してさまざまな手段をこうじることで、決断するだけで終わらず最後まで全力をつくしたことが実感できる。
 短いカーチェイスなどアクション全般は同時代の韓国映画に負けているが、ミニチュア特撮も活用したVFXは全体的に良い。銃撃による流血もしっかり描写しているし、転換点となるユダヤ虐殺の嗜虐的な支配欲の発露はよくできていた。リトアニアの次にドイツへ行き、無茶な対外侵攻の結果として爆撃されている情景を窓の外からの光と音響だけで表現したところは、予算節約のためだろうが演出としても効果的で印象に残った。

*1:たとえば「運転手」と初めて出会う場面は棒立ちの会話を切り返しで見せるよりも、いったん自動車に乗って現地の視察をかねながら会話すれば絵に動きが出たと思うが、そのような撮影ができるほどの制作費がないことも理解できる。