オレたち参上 ⑥
私の姉は凄い人だ
山田 良子、始まりの10人と呼ばれた魔法少女の1人。
この世界に魔力が溢れたその日から、力を失う瞬間まで戦い続けた強い人だった。
「家族を守るため」と笑って傷を増やして帰ってくるあの人を見る度に、私の胸にぢくりと何かが突き刺さった。
初めにおかしいと思ったのは、学校から帰ってすぐのことだった。
玄関の扉を開き、「ただいま」と言っても返事はない。
確か今日は両親の帰りが遅くても、姉は家にいるはずだ。
頼んでもいないのいつもいの一番に駆けつけて来る姉、ぎゅーっと私を抱きしめて「おかえり」を言ってくれる姿はいつまでたっても現れない。
まあそんな日もあるか、きっと出かけているか疲れて寝ているのだろう。
気にせず手を洗おうと台所に向かった私は、それを見つけてしまった。
床には水たまりの中で割れたコップ、テーブルの上には散らばった錠剤と突っ伏したまま動かない姉の姿があった。
寝ているだけだと思いたかった、しかしいくら体を揺すっても姉は眼を覚ます事はない。
姉の恰好は今朝、私を寝ぼけ眼で見送ってくれたパジャマ姿のままだ、一体いつからこの状態だったのだろう。
気づけば私はパニックになりながら110番に電話を掛けていた、いたずらと切り捨てずに真摯に対応してくれた名も知らぬ恩人を私は一生忘れないだろう。
すぐさま警察と救急車が駆け付け、動かない姉の身体を担架で担いで大きな病院へと運び込んだ。
魔法局お抱えの病院で姉の身体は隅々まで調べられ、結果は全て“異常なし”。
元魔法少女である姉への検査は厳重で、医師に混ざって研究員のような人たちも出入りしていたが、それでも何もわからなかった。
たまに薬品臭い白衣を着た人たちが意味のないカルテを書きに来るだけの病室で、姉は未だ穏やかな寝息を立てている。
ベッド脇の機械は常に規則的な音を立て、いつも通りにこの異常事態に異常なしという報告ばかりを繰り返す。
毎日、両親と共に横たわる姉の様子を確かめに来るが変化はない。
どうしてこんなことになってしまったのだろう、その理由は誰にも分からない。
……いや、嘘だ。 1つだけ手掛かりはある、あの錠剤だ。
姉に服薬が必要なほどの深刻な病歴はない、ならあの時にテーブル上に散らばっていたカラフルな錠剤はなんだったのだろうか。
「魔法少女になれる薬」の噂を知ったのはまた少し後の事だった、その頃になってようやく姉の気持ちが理解出来た私は駄目な妹だろう。
ああそうか、お姉ちゃんはきっとまた魔法少女に戻って―――――置いてけぼりになってしまったあの人を迎えに行こうとしたんだ。
――――――――…………
――――……
――…
「…………」
「……だから、自分はこの薬の出どころを探っているっす。 元凶を潰し、お姉ちゃんの意識を取り戻すために」
花子と名乗った少女がぽつぽつと語る話を、俺はただただ聞いていた。
俺の瞳を見つめ返す真剣な眼差しは嘘を語っていない、少なくとも俺はそう感じる。
彼女は本気で姉のためにこの魔法少女事件の真相を追っている、しかしそうなると1つ解せないことがある。
「事情は分かった、だが1つ聞かせてくれ。 だったらそれこそ魔法局にでも頼めば良いんじゃないか?」
「えっ、えーとそれはー……」
『ケッ、鈍いなぁ! こいつはテメェのファンでテメェと一緒に行動したいからに決まってんだろ!』
気まずそうに視線を逸らす彼女の手元で、画面が点滅する携帯から声が響く。
いつの間にか手に握られた雷の剣はなくなり、代わりに握られていたのはゴツゴツしい装飾が施された折り畳み式のガラケーだ。
恐らくはアレに電撃を纏わせたものが先ほどまでの剣で、そして彼女の杖なのだろう。
機械音混ざりで声質はよく分からないが、携帯から聞こえる乱暴な口調は先ほどまで戦っていた赤い特攻服の声だ。
《マスター、良いんですかマスター!? 携帯に住む美少女とか私とキャラ被ってませんかアレ!!》
「部外者は黙ってろ紅いの&白いの。 それだけが理由じゃないだろ、君はまだ何か隠してるな」
『はぁーん!? おい花子、代われ! やっぱコイツとはそりが合わねえ、一発ぶんなぐって上下関係をしっかr』
「はいはい、セキさんはお黙りっす!!」
彼女はバチンと力任せに携帯を閉じ、くぐもりながらも喚く声を無理矢理黙らせる。
そしてそのまま大きく息を吐き出すと、軽く笑ってお手上げとばかりに両手を上げて見せた。
「……流石っすね、他のも理由はある。 けどそれは今はまだ言えないっす」
「そりゃまたなんで、 隠し事があるってならこっちも全面的な協力はでき――――」
――――ドゴオオオォ!!!!
俺の言葉を遮るかのように、突然背後から爆発音が轟く。
反射的に振り返すと、もうもうと立ち込める煙の中から現れたのはラピリスと見知らぬ3人の魔法少女。
そのうちの1人、さび色の髪の毛をした少女が残りの2人を庇うようにラピリスが振り下ろす刀と拮抗している。 ……驚くべきことに、素手で。
「ラピリス!? おま、素手相手にそれは不味いだろ!」
「なんで貴方がここにいるんですかブルームスター! 峰打ちですよこれは、それによく見てください!」
言われた通り、ギリギリと拮抗する腕と刀を集中して見れば何かがおかしい事に気付く。
交差されたまま振り下ろされたラピリスの刀は差し出された腕によって防がれている、1ミリもその皮膚に食い込むことも無く。
たまに刀と腕がこすれて漏れる音は金属質なものだ、魔法少女と言えど人間が立てていい音ではない。
「おわー!? 見るでごじゃる二人とも、更なる魔法少女が! 誰でごじゃるか!?」
「あたしも知らないわ! それよりレトロ、だいじょぶ!?」
「だいじょーぶ……うがー」
覇気のない掛け声を出し、レトロと呼ばれた少女が力任せにラピリスの身体を吹き飛ばす。
まるで紙きれのように飛んで行くラピリスの身体は、俺が駆けだすよりも早く現れたロウゼキがしっかりと受け止める。
「くっ……すみません、油断しました!」
「気を付けてなー、独断専行は危ないで……ん?」
ふと、こちらに視線を向けたロウゼキと目が合った。
いや、正確には俺と目があったわけじゃない。 紅を引いた彼女の瞳は俺の背後に隠れた少女へと向けられている。
「やっば……! ブルームさん、ここは逃げるっす!」
「えっ? あ、お、おい!?」
見つかった少女は慌てて俺の手を引き、その場から逃げ出す。
追って来るかと思ったがラピリスを抱えたロウゼキは立ち尽くすばかりで、視界の端でこっそりと逃げ出す3人組にも目をくれず、ただ茫然と見送るばかりだ。
「……花子、はん?」
俺の手を引く少女の名前を、その口からぽつりとこぼしながら。