灰色の顛末 ⑤
「…………ど、どうしましたお兄さん? 心配をおかけしたのは申し訳ありません」
「いや……いや、無事なら良いんだよ。 無事なら……」
――――気づけば俺はアオの身体を抱きしめていた。
小さな体から伝わる温もりは、恐怖と疲労で凍えた体に染みわたる。
震える俺の身体を見てか、アオは心配をかけたと申し訳なさそうな顔を見せる。
違うんだ、これは俺の勝手な都合だ。 君が俺のことを忘れていなかったという情けない安堵からだ。
「……ごめんなさい、また無茶をしました。 傷はすぐに治します、心配しないでください」
「当たり前だ、若い娘が傷なんて残すな。 ……その、顔のガーゼは?」
「ああ、軽い火傷ですよ。 味方の火の粉を浴びてしまって……ああでも、これってお兄さんとお揃いですね」
「駄目だ、治せ。 治してくれ、頼むから」
「分かりました、貴方が望むのならばそうします」
顔の火傷は十中八九、黒衣の余波で受けたものだろう。
俺のせいだというのに名乗り出せない情けなさに涙が出てくる。
そんな俺を案じてか、いつの間にかアオの手は慰めるように俺の頭をくしくしと撫でまわしていた。
「……むっ、お兄さんもかなり怪我をしてますね。 どうしました、またヤクザに因縁付けられてリンチにされましたか? 何処の組のものか覚えてますか、今すぐこの手でお礼参りと洒落込まなければ」
「違う違う、これはえーと……ほら、アオを探して色々探し回っているうちに河原の土手から落っこちて」
「つまり連絡を怠った私の責任ですね、腹を切ってお詫びします」
「違う違う違う! ただの俺の不注意だよ!」
世界の終わりみたいな表情をしたアオは放っておくと本当に何をしでかすか分からない。
適当な嘘ではぐらかしてしまったが、この怪我は自己責任で間違いないんだ。 アオに無駄な気負いはさせたくない。
「むぅ……お兄さんがそういうなら、ですが今日はもうしっかり完璧完全安静にしてきっちりかっきり休んでください。」
むくれた顔のアオに背を押され、自室の前まで連行される。
このまま大人しく部屋に入らない限り彼女の監視は離れないだろう、仕方なく渋々部屋の扉を開ける。
「……顔色がかなり悪いです、しっかり休んでください。 お風呂くらいなら良いですけど仕事の心配はしないでください、どうせ明日は休みになる事でしょう」
「今月の営業日数大丈夫かよ……ああもう、分かった分かった!」
「言わなきゃ絶対お兄さんは無茶しますからねっ、おやすみなさいっ」
「……ああお休み、また明日」
そのままアオに部屋の中へ押し込まれ、力強く部屋の扉が閉じられる。
あの子はこのまま魔法局へ向かうのだろうか、もうこんな夜更けだというのに。
《もう深夜回ってますからね、また明日と言っても今日の話ですが》
「放っとけ、ああしっかし……疲れたなぁ」
精魂尽き果てた体を、整頓されたベッドの上へと投げだす。
耐えがたい布団の魔力を前に意識が沈む、このまま睡魔を受け入れてしまえば泥のように眠れるはずだ。
この胸に渦巻くモヤモヤも、目が覚めたら薄れてしまうのだろうか。
「……なあハク」
《何ですかマスター、シャワーは明日にしておきますか?》
「ああ、そうする……俺は、どうすれば良かったんだろうな」
《……私には分かりません、ですが答えを探すのであれば付き合いますよ。 時間はきっと、まだあるはずですから》
「そうか……そうだな……」
ハクが入ったスマホを枕元に放り、ゆっくりと目を閉じる。
完全に意識を手放す寸前、机の上に置かれた白い花のコサージュが目に留まる。
……コサージュなんて持っていたっけ、でもなんだろう、あれは大事なものだったような気がする……
しかしそれ以上思考が進むことはなく、俺の瞼は閉じられ、微睡の中へと落ちる。
その間もずっと俺を見守るように、白い花はただそこに咲き誇っていた。
――――――――…………
――――……
――…
『……酷い顔だな』
目を覚ますと、そこはベッドの上ではなく灰色の雲に覆われた空の下だった。
雑草がぼうぼうに生え散らかしたコンクリートから体を起こす、周囲にぐるりと立ち並ぶビルはどれもこれも荒廃した姿で、まるでさっきまで激戦を広げていた東京のような……。
「なんだってんだよ、これも夢か……? なあ黒騎士」
『ああ、そうやもしれぬな』
俺の手元にはハクは居らず、代わりに目の前に立っているのはペストマスクと共に消え去ったはずの黒騎士だ。
その姿はペストマスクが生み出した生気のない抜け殻などではない、俺たちに魔石を託したあの気高き騎士のものだ。
「……今さら化けて出て何のようだ、主のかたき討ちにでも来たか?」
『否、貴公に礼を』
すると騎士は胡坐をかいた膝の上に両手の拳を当て、そのまま深々と頭を下げる。
……待てよ、今コイツはなんて言った? 礼だって? 自分が見せた悪夢にしても都合が良すぎる。
「馬鹿を言うなよ、俺はお前の主を見殺しにしたんだぞ」
『その責はあの場に居た己にもある、貴様が一人で背負うものではない』
「それは、お前はあの時……」
『動ける体ではなかったというのなら、お前もそうだろうブルームスター。 ならば何故お前はそこまで自分を追い詰める』
「それ、は……だって……」
『今更結末は変わらない、死者を悼むよりもお前は先のある未来を行け、強き者よ。 それでもお前がまだ自分を許せぬというのなら――――』
騎士はそこで一度言葉を切り、その大きな掌を俺の頭へと伸ばす。
その気になれば人間の体など簡単にへし折れそうな掌は、その無骨さとは裏腹に優しく頭を撫でる。
それは、母親のような慈しみをもって。
『――――せめて、自分がお前を許そう。 この世の全てに忘れ去れようとも、必ずお前の罪を覚えている』
「……なんだよ、どうせこれは夢なんだろ。 お前だって、俺が作り出した都合のいい幻想で……っ」
『そうかもしれぬ、だがそうでないかもしれない。 貴様に託した魔石の残滓かもしれぬ、それとも安易に奇跡とでも呼ぼうか』
―――――おーい、何やってんだよ。 アタシを待たせる気かお前?
『……済まぬな、あの方がご立腹だ。 地獄の底より登る蜘蛛の糸を共に探さねばならぬ』
「今の声は……だって、なんで……お前たちは……!」
がらくたの街が白い光に呑まれて消えて行く。
目の前にいる黒騎士の姿も、遠くで怒りを顕わにする“誰か”も、徐々に光の粒子に溶けてその輪郭が崩れる。
背を向ける黒騎士に手を伸ばすがまるで届かない。 待ってくれ、俺もお前に救われたんだ、だから礼の一つくらい……
『さらばだ、緋色の戦士。 大丈夫だ、お前は何も気に病むな。 我々は十分に救われた』
――――――――…………
――――……
――…
《……マスター、マスター? もう11時ですけど、まだ寝ます?》
差し込む朝日に重い瞼を開けると、そこはいつもと変わらない殺風景な自室だった。
枕元ではハクが控えめなアラームを鳴らし、画面の中でアナログな時計を抱えてピョンピョン跳ねている。
ふと、体を起こすと俺の瞳からは透明な液体が溢れ出していた。
《マスター、泣いているんですか……?》
「……ハク。 俺、夢を見たんだ。 なんでだろうな、どんな夢か思い出せないのに……」
《……そうですか、ならきっとはそれはいい夢だったんですよ。 思わず泣いてしまうくらい》
零れる涙を拭い、締め切ったカーテンを開くとそこには雲一つない青空が広がっている。
身体の節々はとても痛いし、汗や土埃でベトベトだが、俺の気分はなぜか少しだけ晴れていた。
晴れない雲も、明けない雨も無い。 きっとこの灰色の顛末だって、いつかきっと透き通った青に照らされてしまうのだろう。
「……生きるよ、お前たちが生かしてくれた命だもんな」
生き方までは変えられない、それでもちょっとだけ……前を向いて歩こうと思う。
まずはシャワーを浴びて、飯を食って……優子さんたちはまだ帰ってきていないのだろうか。
帰ってきたら精一杯叱られよう、それだっていつかいい思い出になるはずだから。
烏羽 朱音 (魔法少女名:スピネ) 杖:変身弾倉バレルチェンジャー
今回「東京事変」を引き起こした首謀者。
特徴的な笑い方とギザ歯がチャームポイント、姉よりわずかに身長が高い。
今回の「東京事変」首謀者であり本来なら魔法少女になれなかったはずの女の子。
その変身媒体である拳銃には倫理を無視した改造が施されており、使用者の寿命を大きく縮めてしまう。
そもそも彼女がこの杖を手に入れた日は、人工的に作り出された変身媒体である「チェンジャー式」の初号機が完成した時期よりも以前の話であり、多くの謎が残る杖である。
しかし彼女が魔法陣を閉じる際、同時に失われてしまったためにその謎は永遠に屠られてしまった。
固有魔法は自身の血肉を素材に魔力を込める事で特殊な弾丸を生成できる「魔弾の魔法」
血液から魔物を従える弾丸、乳歯から出鱈目な軌道を描く弾丸、涙液から煙幕弾などなど、その全貌は本人すらも把握しきれていない。
この魔法による副作用か、彼女の血肉は魔物のにとって上質な餌となり、喰らう事で魔物の力を大きく引き上げる事が出来る。
副作用の伴う変身、魔弾の対価に支払う血肉、その影響により彼女は内臓器官の殆どを失っていた。
本来なら致死に至る損失、しかしその苦痛の中でも体に宿る魔力の力が彼女の命を無理矢理生き永らえさせていた。
魔法少女衣装のシスター服は、「許してほしい」という彼女の懺悔が現れたものだったのかもしれない。
好きなものは家族、嫌いなものは孤独。 彼女もまた、どこにでもいる普通の女の子だったはずなんだ。
名前の由来は茜、花言葉は「傷」「私を想って」など
魔法少女名の由来はスピネル、パワーストーンとしての効能は「成功を呼ぶ」「生命力を高める」など