緋色の炎 ④
「……スピ、ネ?」
「キヒッ、ぃよう……悪いけど時間がないんだ、弾をくれ」
土気色の顔色、血に塗れたシスター風の魔法少女衣装。
幽鬼のようなふらついた足取りだが、先ほどよりもまだ“生きている”彼女がそこにいた。
「シスターガール……お前、大丈夫なのかヨ?」
「さあてねぇ、何時まで持つかな……ああバカ、よくもまあここまでギチギチに詰め込んだな」
ゴルドロスから受け取った銃弾を眺めると、スピネは呆れたようなため息を零す。
どんどんと魔力を吸い込むものだからありったけを入れ込んだのだが、何か間違えたのかな?
「なんでもかんでも詰め込み過ぎるもんじゃないよ、撃つにも神経使うなこれ……ま、いいさ。 その分コイツを打ち込めばさすがのペスマスも死ねるだろうね」
スピネは手慣れた手つきで拳銃へと銃弾を込めると、勢いよく弾倉を回した拳銃の撃鉄を己の額に当てる。
明らかに弾倉に対して弾の規格が大きすぎるが、彼女が作った弾なら彼女の杖に収まらない道理はない。
目を瞑り、撃鉄を額に当てて集中するのは彼女のルーティーンなのだろう。
しかしこんな状況で不謹慎だが、私にはその姿が祈りを捧げるように見えた。
「……おい、何突っ立ってんだよシルヴァ。 こっち来て手伝え」
「ほえ……? ……わ、私が撃つのか!?」
「そうだよ、悪いがアタシはもう眼がロクに見えないんだ。 遥か空の急所に撃ちこむなんて到底無理だ、だから頼む」
こちらへ振り向き、力なく微笑むスピネの瞳には光彩が見えない。
それはまるで死人のような……いや、そうか。 お前は本当に……
「……分かった、分かったよ」
壊れてしまわないよう、銃を握るスピネの手を上からそっと包み込む。
掌に伝わる冷たい温度にどうしても腕が震える、目の前にいるのに彼女の存在がとてつもなく遠い。
「……シルヴァ、お前がこの先魔法少女を続けるなら多かれ少なかれ必ず別れはある。 それだけは覚えてな」
「ああ……ああ……っ!」
「アタシで慣れておけよ、一日だけの友達だからさ。 後腐れなくて良いだろ」
「もう一回同じことを言ったらな、我だって怒るからな!」
「キヒッ、ごめんごめん……腕は伸ばすなよ、腋は締める様に、片目は閉じなくていい、引鉄にはまだ指を掛けるな、あとはゆっくり深呼吸」
およそ10年分の先達の言葉を受け止め、指示通りに大きく息を吸って吐く。
早鐘を打つ心臓が少し落ち着き、改めて雲の上にいる目標を睨みつける。
気づけば射線上には、一列にならんだお札が宙に浮かんでいる。
誰かが用意してくれたナビゲートだろうか、あれを貫く通りに撃てと
「怖がる必要はありませんわ、あれはロウゼキさんのもの。 貴女は落ち着いて引き金を引くだけで良い」
後ろからはツヴァイが震える肩に手を掛け、揺れる照準を正してくれる。
ありがとう、お蔭で狂わずに引き金を引ける。
「……さようなら、スピネ。 私の友達」
「ありがとう、シルヴァ。 たった一人の友達」
撃鉄が弾かれ、轟音を跳ね上げた拳銃が螺旋の光を吐き出す。
空中に並べられた札を1枚、1枚と貫くたびに加速するそれはあっという間に分厚き雲を貫き、その先に隠れた満天の星空をこじ開けた。
いつの間にか空は夜の帳を降ろし、無数の星に照らされた月と、太陽のように輝く緋色の炎がこの東京の闇を祓う。 それはまるでお伽噺のような――――
「見ろ、スピネ。 月が綺麗だぞ……なあ、なぁ……っ!」
――――――――…………
――――……
――…
それは初め、体躯に見合う巨大なペストマスクかに見えた。 だが違う。
よく目を凝らしてみると黒いマスクの表面は歪に蠢いている、それは人だ。
黒焦げの焼死体のような人型の実体がいくつも絡み・蠢き合って巨大なマスクのような形を形成している。
マスクの眼孔に当たる部分は……見ない方がいい、慌ててクワガタの目を覆い隠す。
『配慮はありがたいが問題ない、あの人型実態は都内のあちこちで見られた変質物に似ている。 おそらく魔物と同じように取り込んだものと推測』
「あんなものがあちこちにあったのかよ……」
『見なかったのならそれは良い事、だがまずは目の前に集中を』
――――ピギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!
向こうも俺たちの姿を確認したのか、耳を塞ぎたくなるほどの喚き声をあげる。
流石にこの距離にもなればかなりの音量だ、魔力どうこうの問題ではなく耳が痛い。
《聞くに堪えませんね、鼓膜が壊れる前にケリ付けましょう!》
『核はマスクの下にある、あの人型実態たちは気にしなくていい。 ……あれはとっくの昔に死んだもの』
「……わかった」
泣き叫び続けるマスクの下から、また大量の魔物たちが湧きだし始める。
その数は今までの比ではない、途切れず湧きだす群れは遠目から見るとまるで黒い帯だ。
「数えるのも馬鹿らしいが……洒落くせぇ!!」
どの道時間はない、下手に避けることを考えるより取るべき手段は正面突破ただ1つ。
炎の尾を引き、流星となった箒は荒れ狂う魔物の帯を真正面から貫きながらペストマスクへと突き刺さる。
突き刺さった柄の上から見下ろした周囲はまさに悪夢だ、悶え苦しむ人の群れが皆救いを求めて脚へと絡みつく。
「タス、ケ゛……タ゛スケテ゛ぇ!!」
「コロ゛サナイデ、イ゛ヤァ!!!」
「オネガイ゛、ミステ゛ナイデ!! タスケ゛テ!!」
「ママ゛、ママドコ!? サビシイヨ゛ォ!!」
「こいつら……喋っ……!?」
脚に縋りつく亡者の群れは声高に助けてくれと喚き立てる。
毛のないつるりとした黒い肌、眼孔にはあるべき瞳はなくぽっかりとした穴が覗き、叫ぶ口の中には歯も舌も無い。
それでも赤い涙を流すその群れに縋りつかれると、俺は迷わず振りほどくという真似が出来なかった。
《――――マスター、気を強く持ってください!!》
『それに生体反応はない、あるのは操っている本体の悪意だけ。 助けるのなら迷うな、焼き切って!』
「っ……!!」
二人の声に後押され、足元から引き抜いた箒を全力で人型の群れへと叩きつける。
それは叩きつけられた地点を中心に巨大なクレーターを形成し、次に火柱と化して周りの人型を薪にくべながら遥か空へと立ち上る。
熱に焼かれ、苦しみ悶える人型。 だがそれも俺が迷うように本体が操っているのか、だとしたら反吐が出る。
《今度は上です、魔物が降ってきます!》
「なんだってんだよ、今度は――――」
頭上から一体の魔物が落下する、それは足元の人型たちを踏み潰しながら着地した。
片手に構えた分厚い盾、鋭く仕立てられた突撃槍を構えた巨体。
黒い鎧に身を包んだそれを見た瞬間、俺の中に生まれた僅かな迷いは強い怒りによって払拭された。
『……ア゛、アア゛ア゛……』
その一歩は迷わず踏み出せた、握る拳を叩きつけると面白いほど簡単に盾は砕ける。
突き出される槍の先端へ掌を押し付けると、ただそれだけで音を立てて蒸発した。
腹の底で沸々と煮え滾るものが、そのまま熱となって放出される。
「いい加減にしろよ……いい加減にしろよテメェ! こいつは、お前如きが踏み躙っていい奴なんかじゃねえんだよッ!!」
≪――――SCAR RED STAKE!!≫
靴底でガリガリと足場を削るようにこすり付けると、微々たる摩擦熱では考えられない熱量が脚へと収束する。
その熱を叩きつける様に足元を蹴りつけると、足場を砕きながら軽い身体は面白いように宙を跳ぶ。
見上げた空はいつの間にか星空で、ウサギが餅をつく月が俺たちの姿を見降ろしている。
そして見下ろせば、そこには跳躍の衝撃でマスクの嘴が折れた悪鬼が1匹、耳障りな苦悶の声を上げている。
『……ブルームスター、手を!』
反射的に腕を伸ばすと、真下から伸びた光の帯が強かに掌を打ち付ける。
痛みはない、掴み取った何かを確認すればそれは銀色に輝く弾丸だ。 ああ、そういう事か。
《マスター、変えてください! 決めに行きますよ!!》
≪――――SCAR RED IMPALING!!≫
握りしめた弾丸を銀に輝く箒へ変え、真下のペストマスクへ投げつける。
光の軌跡を残して投擲された箒は、黒い人型で出来たマスクを容易く蹴散らし、その下に隠れた“核”をむき出しにする。
壊れたマスクの下から覗く灰色の魔石、俺の身体の何倍もあるそれは心臓のようにドクドクと不気味な鼓動を繰り返している。
奴が抉り、喰らったスピネの心臓が脳裏に蘇る。
――――ユ、ル―――――シ―――テ……
「言ったろ、お前は今からッ!!」
マフラーから噴射された炎が俺の身体を後押しし、剥き出しの核に突き刺さった箒目掛けて落下する。
俺は光の包まれた視界の中で、一瞬の静寂と何かを蹴り砕いた手応えだけを感じた。
「……火炙りだってな!」
眼を開いて宙に投げ捨てられた体を捻り、後ろを振り返ると大きな風穴を開けられた肉の壁だけが見えた。
穴の断面は赤々と熱され、命にも等しい核を失った肉体はみるみるうちに崩壊していく。
炎に焦げ、空気の中へと溶けるその遺骸は灰すらも残らない、残さない。
お前はもう、彼女達が愛したあの土地に触れる事すらおこがましい。
ブルームスター・灼火体
ラピリスと黒騎士から託された魔力によって新たに形作られたブルームスター第三の姿。
否、七篠陽彩が持つ心がより正確に反映された姿である。
誰かを守りたい、振りかかる火の粉を被るは自分だけで良い。
愚かとも言える自己犠牲の根底にあるのはきっと炎のように美しく、花のように儚いものなのだから。
ある騎士が遺した、果たせなかった誓いの残滓。
・灼火帯
ブルームスターの首に巻き付いた茜色のマフラー。
常に大気中に含まれる魔力を吸収し、高密度のエネルギーとして装着者へ供給。
このマフラーを巻いている限り、装着者の全スペックは大幅に引き上げられる。
また、外部から与えられる強い衝撃に対し瞬時に硬化する性質を持ち、不意な攻撃から急所である首を保護する。
・彼岸羽織
一見風化し掛けたボロボロの外套。 裏地は黒く、表は赤い。
空気に晒されただけで崩れるほど脆いが、その破片はすぐさま高温の火の粉となり外敵を焼き焦がす。
表地の赤色は敵意をもって目視した相手の感情を呼び起こし、装着者に対して「無視できない」という認識汚染を齎す。
いわば強烈なヘイトチャージ能力。 味方への被害を最小限にし、相手の冷静さを失わせる。
加えて外套自体が高熱を帯びており、周囲に舞う火の粉や陽炎が天然のチャフとなって遠距離・または魔力的な攻撃を逸らす効果を持つ。 非科学的なプロセスにより、装着者がこの高温による害を受けることはない。
火の粉が舞うその姿はまるで花弁を散らす華のように美しい。
・芍薬布
彼岸羽織の下に纏う軍服風の魔法少女衣装、及び白手袋を構成する布地。
驚異的な防刃・防弾性能を誇り、至近距離で対物ライフルを撃たれようが衣装に焦げ跡1つ付ける事すら叶わない。
防ぎきれない衝撃に対しては半自動的に表面が炸裂し、爆風によってその勢いを殺しながら相手にダメージを与える。 この爆発を利用し、拳撃・蹴撃・跳躍などの性能を引き上げる事が可能。
・沫雪箒
名をまつゆきそう、灼火体が振るう真っ白な箒。
正体は白熱するほどの高温を常に帯びた箒型の杖、今までの形態と同じように接触したあらゆる物質がこの杖へと変化する。
その強度は元となった素材から数十倍に引き上げられ、軽く振るうだけで厚さ10㎜の鉄板を容易く焼き切る。
穂の部分が放射状に広がって内部から火炎を吐き出す遠距離形態、圧倒的な熱量を穂先に収束させて槍のようにすぼまった近距離形態の2つのモードに切り替える事が出来る。
上記の通り高温を帯びているが、この熱によってブルームスター、及び味方は熱傷を負わない。
だが敵意をもって触れたら最後、骨の髄まで焼き尽くされてそこには灰しか残らない。
舞い散る灰は、まるで降り頻る雪のよう。