なぜ彼女は立ち上がってしまったのか ④
≪バニー! Yeha!!≫
「待ってろブルームスター!!」
引き出す力のチャンネルを入れ替え、誰もいない街を飛ぶ。
長い滞空時間の中で素早く地上を見渡すがせいぜいネズミの群れが駆け回っているだけだ。
遠くの方からこの退廃した街にふさわしくない荒々しいエンジン音も聞こえてくるが、遠すぎる。
向かって戻ってきて間に合うか、それに向こうもめまぐるしい速度で移動を続けている。
いるかも分からない身近な魔法少女を探すか、確実にそこにいる遠くの車を追いかけるか。
どうする、どうすればいい。 分からない、私は馬鹿だからどっちが正しいのかよく分からない。
「ううぅうぅうぅうぅぅうぅぅ……! 誰か来てよー!! ブルームスターが死んじゃうよー!!」
「はて、今ブルームスターと言いましたか?」
行き場のないもやもやが涙となって瞳をにじませたとき、頬を撫でる風が吹いた。
慌てて涙を拭って視界を鮮明に、するとそこには私と並行して宙を跳ぶ二刀の魔法少女が居た。
確かロウゼキさんと合流した時に一緒にいた子だ、名前はえっと……
「――――ラプラス!」
「ラピリスです、それであなた独りですか? 詳しい状況を聞かせてください」
「じ、地獄にホットケーキ……!」
「仏ですね、それで事態は一刻を争うのではないのですか?」
「……はっ、そうだった! あのね、大変なんだよ! ブルームスターが……」
2人揃って地に足を付け、抑えきれない焦りでつっかえながらも今のブルームスターの状態について話す。
怪我をしている、魔力が足りない、だというのに足止めを買って出た。
悪い情報が出てくるたびに目の前の少女の眉間に皴が寄る、怖い。
漏れ出るオーラは怒気なのか魔力なのか分からない、頭の角飾りは本物なんじゃないだろうか。
「……場所は?」
「えーと、向こう!」
「分かりました、すぐに向かいます。 あなたも……」
一緒に、と彼女が言い掛けたところで周囲からネズミの群れが押し寄せて来た。
話が長引いたせいで引き寄せてしまったか、このままブルームスターの所に戻ったらきっと彼女に怒られてしまう。
「ラピラピは先行ってて! うちはこいつら何とかしてから行くし!」
「らぴ……あなたのあだ名のセンスについては言いたいことがありますが分かりました、無理はしない様に!」
「オッケー! ブルームのこと頼んだぁ!」
≪レオ! Yeha!!≫
一陣の風を残し、瞬く間に飛び去ったラピリスを背に、群がるネズミたちへと立ち向かう。
切り替えたチャンネルはライオン、その威圧感はチューチューこちらを威嚇する小動物たちを竦ませ……ライオン?
「……ライオンって猫じゃん!?」
本能で天敵を感じているのか、よく見ればネズミたちは必要以上に怯えているような気もする。
ごめんブルームスター、私馬鹿だから……さっき使えばよかったね、ごめんね。
――――――――…………
――――……
――…
「動かないでください、燃えますよ」
片手に構えた紅い太刀を振るう、すると舞い散る火の粉が彼女の身体に纏わりつくトリモチへ火をつけた。
そして見る見るうちにトリモチは燃え尽き、拘束されていた彼女の身体を解放する。
「サンキューラピリス、助かった」
「御託は後です、まったくあなたはいつもいつも……」
じろりと睨みつけた彼女の体はボロボロだ、灰のように白かった髪も、眩しいほどの白いマフラーも泥にまみれてその美しさを損なわせる。
乾いた血、傷だらけの四肢、呼吸するのも精いっぱいなほどの死に体。 本来ならば既に戦闘不能の状態だ。
だが立つ、彼女は立つ、それがブルームスターという魔法少女だ。 譲れぬ信念を片手に握り、その瞳を真紅に燃やして必ずや立ち上がる。
頑固で、強情っぱりで、しつこくて、厄介で、それでいて強い。 そんな彼女がこれほど痛めつけられようともまた立ち上がろうとしている。
そんな彼女を、ここまで痛めつけた相手が目の前にいる。
「……向こうにチャンピョンさんが居ます、まっすぐ走れば合流出来ますよ。 逃げますか? 戦いますか?」
「はっ、聞く必要あるのかよ」
膝に手をつき、反動をつけてブルームスターが立ち上がる。
ああいやだ、逃げてくれればいいのに。 立ち上がってしまえば私は貴女に頼ってしまう。
もう満身創痍なのに、なぜ彼女は立ち上がってしまったのか。
「ラピリス、危ないと見たらすぐ逃げろよ。 俺は俺で何とかする」
「駄目です、逃げる余力も残ってない貴女を置いて行けるわけがないでしょう」
「おいおい……アタシらを無視してイチャつくなよあんたらさぁ!」
「「イチャついてない!!」」
心外だ、実に心外だ。 彼女とは仲間でもなんでもないしここへ来たのも見捨てたら寝ざめが悪いからで心配だったとかそんな事では断じてないから心外だ。
実に心外なスピネが放った銃声を合図に、止まりかけていた戦場が再び動き出す。
スピネの射撃は正確だ、逆に言えば狙いが分かれば防ぎやすい。 急所をひたすら狙う銃撃なら刀を傾けるだけで軽く逸らせる。
一発二発を弾けば十分、三発目が飛ぶより迅速に距離を詰める。
「させっか……黒騎士!」
『御意――――』
「――――いいや、お前の相手は俺だね!!」
スピネを守る様に立ち塞がる騎士の巨体、それを押しのけるように横から飛び出したブルームスターが騎士に向かって身体ごと衝突する。
その身体で無茶をする、だが心配して足を止めた所で彼女のためにはならない。
彼女が作ってくれた一瞬を逃さず、騎士の足元を抜けてスピネへと肉薄。
『身を挺して仲間の活路を開くか、無駄な事を……』
「はっ、そいつはどうかな。 あいつはやるよ、ラピリスは強い」
『……? 貴様、得物はどうした?』
「スピネ、あなたを討伐します!!」
「キヒッ、やれるものならやってみな!!」
およそ2と半歩、そこを超えれば刀が届く私の間合いだ。
それは相手も分かっている、私の足を止めようと飛んでくる銃弾を掻い潜りながらも一歩。
視線を読み、続く銃弾を刀で弾きながらもう一歩、あと少し――――
「っ――――させるかよ!!」
あと半歩、しかし覚悟を決めたような声で叫んだ彼女が自らの足元に向けて新たな銃弾を放つ。
着弾、そして炸裂。 私とスピネを巻き込んだ爆発は地面を抉り、その破片をまき散らしながら爆風で私達の距離を離す。
「あ、づ゛――――!?」
「アタシもだよ! 肉を切らせて何とやらってな!!」
吹き飛ぶ破片と土煙が舞う視界の中、爆風に乗って跳んだスピネが銃口を向けていた。
刀は届かず、間に合わない。 次の瞬間には正確な射撃が私を射抜くだろう。
だから私は、挟み撃ちだけは避けるために半身を捻った。
≪――――IMPALING BREAK!!≫
「なっ……ガッ!?」
私の頬を掠め、一直線に飛んで行った羽箒が強かにスピネの鳩尾へと叩きこまれる。
まったく、こっちの事を気に掛ける余裕があるわけもないのに。
『創造主!?』
「へっ、危なかったなラピリス。 良ければ手ぇ貸すか?」
「御心配には及びません、むしろあなたが休んでいても良いくらいですがね!」
ああ腹立たしい、余計な借りを作ってしまった。
なにより彼女が背中で戦ってくれている、その事を頼りになると感じてしまっている自分に腹立たしい。