米金融大手のゴールドマン・サックス証券で16年間、日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーダーとして活躍した田内学さん。2019年に同社を退職し、現在は中高生を中心とした「金融教育家」として活動している。
2021年、初めての著書『お金のむこうに人がいる 元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた 予備知識のいらない経済新入門』(ダイヤモンド社)を出版。お金ではなく「人」を中心に考えると、私たちの社会が抱える問題の本質が見えてくる、と説く。
お金の本質とは―。そして、私たちはお金とどう向き合うべきなのか? 金融業界という資本主義のど真ん中で生きてきた著者が、これからの時代を生き抜く上での「羅針盤」となる考え方を語った。
【目次】
1. ゴールドマン・サックスを辞めて「金融教育家」に
2. 投資とは、社会全体を豊かにすること
3. 投資の失敗は、労働の無駄遣い
4. 元外資系金融トレーダー流・投資の心得
5. 不動産投資は「保険」にならない
6. 僕が漫画家に投資する理由
7. 社会を作っていくのは自分たち
ゴールドマン・サックスを辞めて「金融教育家」に
―金融業界で生きてきた田内さんが、なぜ「お金」ではなく「人」に焦点を当てて本を書こうと思ったのでしょうか?
僕はゴールドマン・サックスで主に日本国債の金利トレーダーをしていました。お金の動きを日々俯瞰している中で感じたことは、社会全体で見ると、基本的にお金は「誰かから誰かの財布に移動しているだけ」ということです。
金利や配当の分だけお金が増えるという人もいますが、それもまた他の財布からの移動に他ならないのです。そして、お金自体に価値があるわけではないし、社会が抱える問題はお金では解決できないんです。
現代社会では、生活を支えているのはお金だと思っている人が多いかもしれません。しかし、人間の社会は本来、一人一人が支え合って成り立っていたはずです。つまり、誰かの労働によって生活は支えられているのです。
貨幣経済が発達した現代では、お金さえあればモノやサービスを消費できるという感覚に陥り、「働く人」の存在が見えにくくなってしまっています。実際には、僕たちがお金を使って生活に必要なモノやサービスを消費できるのは「誰かの労働」のお陰なのです。
―日本では、いわゆる「老後資金2000万円問題」が波紋を呼びました。年金問題についても、独自の視点を持たれているそうですね
年金だけだと老後の生活費が不足する可能性があるということで、個人の投資を推奨する風潮になっていますね。ですが、何か本質的な部分が見落とされているのではないかという思いがありました。
老後の生活が不安だからお金を貯めておこうというのは、個人のソリューションとしてはいいのだけれど、社会全体で考えると、そもそも少子化で働き手が少なくなっていることに問題があるわけだから、個人が老後のために貯蓄をするだけでは解決しません。
いわば、将来の安心を買うのに、僕らは「イス取りゲーム」をしているのが現状なんです。ほかの人よりもたくさんお金を稼いでいたら、イスに座れる。だけど、そもそもイスの数が限られているから、みんなが頑張ってお金を貯めたとしても、座れない人も出てくる。だとしたら、社会全体としてやるべき努力は、イスの数を増やすためにどうしたらいいか、ということだと思うんです。
よく「未来のために投資する」って言われるんだけど、それはお金を増やすのが目的じゃなくて、本質的にはみんなの生活がより便利にならないと意味がないのではないかと思います。社会に対してそういう問題提起ができるような本を書きたいと思ったんです。
投資とは、社会全体を豊かにすること
―「貯蓄から投資へ」の流れがあります。そもそも「投資」とは何でしょうか?
投資というのは本来、経済が成長するために必要なものです。経済が成長するとは、僕たちの生活が豊かになるということです。しかし、株などの金融商品の売買を繰り返すだけでは、僕たちの社会全体の生活は豊かになりませんよね。大事なことが置き去りにされてしまうと、お金を増やすことばかりに夢中になって、経済は成長しないし、生活も豊かにならないということになりかねません。
例えば、アフリカの開発途上地域で生活が豊かになっていく状況をイメージする時、水道を掘って、井戸を掘って、学校を建てて、病院をたくさん作って―ということだと思うんです。
先進国でも基本は同じですね。例えば世界トップの経済大国アメリカではIT大手のGAFAなどが台頭して新しいサービスを作ろうとしてきたわけですね。もし、僕らがずっと新しいものを作ろうとしないで、同じものを作り続けていたら、生活は豊かにならないと思います。
では今の日本はどうかというと、米国企業が作った商品やサービスを使わせてもらっている状況です。残念なことに、新興企業やスタートアップがあまり出てこず、新しいものやサービスを生み出す力が弱いことが原因だと思います。結果的に海外にお金が流れてしまい、貿易赤字や円安につながっていますよね。
だから、自分たちの将来の生活を豊かにしていくためには、ただお金を増やすことを考えるだけじゃなくて、新しいものやサービスを作っている企業にお金を流したり、新しいものを作ろうというチャレンジ精神がある人が育つ環境を作ったりすることが大事だと思います。
投資の失敗は、労働の無駄遣い
―不動産投資が過熱して新築アパートが増えた結果、空室率が上がって赤字経営のアパートが増えることについて、著書の中で懸念を示されていますね
日本では人口が減っていく中で、必要以上に賃貸物件を建てても、将来的に空室だらけになってしまうんじゃないかと思っています。不動産投資を賃貸事業として考えた時、投資家にとってはお金を損したってことになるんですけど、社会全体で見たら建物を建てた人とかいろんな人にお金が流れただけで、お金が無駄になったわけではない。
じゃあ何が無駄になったかっていうと、労力とか資源です。せっかくアパートを建てたのに、人が住まなかったら、木材の材料や職人の労力など有限なものを、役に立たないことに使ってしまったことになります。実はそれこそが問題だと僕は思っています。
不動産投資に限ったことではありませんが、投資をするということは、そこにお金を流して労働力や資源を使うということです。投資が失敗して無駄になるのは、実はお金ではなく、労働力や資源なのです。
―不動産投資によって収益物件が乱立する状況はよくないと?
個人の投資家というより、銀行を中心としたシステムに問題があると考えています。銀行にとって、不動産を担保にすれば貸し倒れのリスクが少ないため、ほかの業種よりも不動産業界に融資が流れやすい傾向にあると言えます。でも本当はもっとリスクを取って、投資するべき分野にお金が回す必要があるのではないでしょうか。
例えば、将来の介護人材が足りないのであれば介護ロボットの開発をすることが必要なのかもしれないし、介護ロボットを実際に作るような研究開発をする人もいないといけない。
不動産関連でいえば、将来を見据えて、建設業界の人手不足が問題ならば、機械化して効率よく建てられるようにするとか、もしくは、なるべく長くもつ建物を造っておいて、将来、働き手が少なくなっても、住み続けられるようにするといいかもしれないですよね。
元外資系金融トレーダー流・投資の心得
―金融業界を生き抜く中で見えてきた投資の本質とはどのようなものですか?
確実に言えることは、以下の2つです。
(1)世の中のためになるものが、儲かる
(2)すでに「みんながやっている投資」は損をする
まず、1つ目については、やっぱり世の中の役に立つものは、ちゃんと儲かるようになっているということです。自分にとって有益なものにはみんながお金を払うからです。株式投資をする時にその会社の将来性を見る人は多いと思いますが、将来性があるということと、儲かるということは一致すると考えています。
例えば、太陽光発電は再生可能エネルギーとして注目されてきましたが、山林を削って開発するケースが近年問題になっていますね。将来災害が起きるリスクがあるのであれば、短期的に利益が出たとしても長期的には続かないでしょう。払いたくないけど、強制的に搾取しているような商品やサービスがあった場合も同様です。短期的に儲けることあっても、長くは続かないでしょう。
2つ目も、投資の世界ではよく言われることですが、「儲かっている」という話を聞いて投資を始めると、大体損をすることになります。
僕がゴールドマンで働いていたころに取引していた国債先物取引の例でいうと、7割ぐらいの人が上がると思っているときは、上がるんですよ。でも、10割の人が上がると思っているときは、上がらない。その時点ではそれ以上買う人が存在しなくなっちゃっているからです。
特に、先物って実際の需要で買う人はいなくて、値上がり目的で買う人が多い。値上がり目的で買うということは、要は、自分が安く買って、高く誰かに売りつけることですよね。人より先に動かないと意味がないんです。
だから、他の人が儲けていると聞いたときに、
―どんな投資にも共通して言えることでしょうか?
不動産投資でも、安く買って高く売ることは実際あると思います。ただ、安く買って高く売るということは、他のカモを見つけるということでしかない。全員が安く買って高く売るというのは絶対無理で、必ず誰かが高く買わされているし、安く売らされているんです。
投資をするときは、情報の偏りがあるということに注意しないといけない。市場の中にはプロがいるので、素人は不利です。だから、すごく割安で手に入ったと思ったら、必ず裏があるはずです。中には儲かっている人もいるかもしれないが、それは偶然だと考えた方がよくて、その手法が正しいとは限らない。儲かっている人の方法を真似しても、みんなが成功するわけではないですよね。
不動産投資は「保険」にならない
―田内さんご自身はこれまでどのような投資をしてきましたか?
ひと通りの投資はかじっています。実は不動産投資もやっています(笑)。
ゴールドマン・サックスで働いているときは、基本的に個人で株などへの金融投資はやっていませんでした。というのも、個人で金融投資をすることに時間をかけるよりも、サラリーマンとして仕事を頑張った方が収入が増えるという考えがあったからです。
ただ、考えが少し変わるきっかけになったのが、2000年代後半に起きた「リーマン・ショック」です。世界的な金融危機になると、円高傾向となります。そうすると、会社の業績が悪化するかもしれない上に、自分が持っているドル資産が目減りしてしまう可能性があったわけです。その時に、最悪のケースでも安心できるように「保険」として投資をすることを考えました。
投資先を考える上で大事なのは、その人にとっての「最悪」を想定することです。
例えば、先ほどのリーマン・ショックの話の続きで、2011年くらいに1ドル=75円くらいまで円高ドル安が進んだことがありました。この先ドルは上がるしかないってところまで行ったんですが、僕はその時ドルを買わなかったんです。なぜなら、外資系企業で働いていた僕にとっては、それ以上ドルの価値が下がったら「最悪」だったからです。
―起こる確率が低い場合でも、そのリスクを重視するということしょうか?
自分にとって起きたら「最悪」の事態はどんなに確率が低くても、起きる時は起きてしまいます。僕の場合、ドルが暴落する確率が仮に1割だったとします。もし、人生が10個あったなら、確率で考えれば9個は成功し、1個は失敗するということですよね。でも実際には自分の人生は1回限りで、0か1かです。なので、投資を保険として考えた場合、僕にとってドルを買うことは、リスク分散にならないと判断したわけです。
―不動産投資も「保険」として始めたのでしょうか?
僕の場合は日本の不動産は、ドルと同じであまり持たない方がよいと考えていました。というのも、ゴールドマン・サックスから報酬としてもらった株をまだ持っているので、ドル安になると資産が目減りしてしまいます。
一方、不動産はどうかというと、海外から見るともともと割安な上に、円安でさらに割安感が出て外国人投資家が買っていることが価格上昇の一因です。
ということは、もし円高になったら、外国人投資家の購入意欲は減る可能性があります。その場合、不動産資産も減るし、ドル資産も減ることになりますよね。だから、不動産はやめておこうと考えました。
一方で、家賃収入を重視するのであれば、買った不動産の値段がすごく下がったとしても問題ないと考えることもできます。不動産を購入する際は、資産性と収益性の両面から判断するようにしています。
僕が漫画家に投資する理由
―有望なベンチャー企業などに投資する「エンジェル投資家」としても活動されているそうですね
将来性のある事業に取り組んでいるスタートアップなどに投資しています。少し変わったところで言うと、「漫画家投資」というのもやっています。
『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』などの漫画作品を手掛けた有名編集者の佐渡島庸平さんとの出会いがきっかけです。僕は初めての著書を出版するにあたって、佐渡島さんのもとで1年間修業をさせてもらいました。その彼が漫画家の卵を育てるための活動をしていると知って、応援することにしたんです。
漫画家って、一人前になるまでご飯を食べていけないから、生活するためにアルバイトで生計を立てないといけなくて、腕を磨く時間がないんですね。そういう人たちが漫画に専念できるように、会社で給料を払って一人前になるまで養っていき、作品が売れたらその収益の一部をもらえる仕組みです。
始めて数年が経ちますが、今のところは赤字ですし、この先も投資資金が回収できない可能性の方が高いかもしれないです。そういう意味では、一般的な投資の感覚とは大きくちがいますね。
―どのような考えで「漫画家」に投資しているのでしょうか?
純粋に応援したいという気持ちが強いです。僕はサラリーマンとして金融業界に身を置いてきて正直なところ、「何かを生み出している」という感覚を持てなかったんです。
でも、彼らの活動に投資して話を聞いていると、一緒にものづくりをできている気がするんです。もうこれは、将来性とか収益性などの物差しでは計れない面白さがあると思っています。結果的に投資した漫画家が大ヒットしたら僕もハッピーだし、本当に一緒に夢を見ているような感じですね。
投資において儲けるってことだけを考えると、自分以外の登場人物が見えなくなってしまいます。でも、本当はそこには新しい商品やサービスを作る人だったり、そこに関わるたくさんの登場人物がいるはずなんですよね。
―投資は自身の利益を増やすことだけが目的ではないと?
もちろん、個人にとっては将来生活に困らないようにすることは投資の大きな目的です。僕自身も投資をはじめたきっかけはそうでした。
ただ、生活に必要な十分な資金が確保できたら、そこからは「余剰の部分」ということになります。その部分がまさに「エンジェル投資」みたいなものになるんですが、僕はそうした余剰資金は最悪ゼロになってもいいと思って投資しています。
エンジェル投資をする人は同じような考えの人が多いと思うんですが、必要以上にお金があったら、それを自分のためにだけ使いたいと思わないです。
個人がどれだけお金を増やしても、それは奪い合いをしているに過ぎなくて、社会全体でみたらお金がどこかからどこかに移動しているだけ。それって虚しいじゃないですか。大事なことは、そのお金によって何が生み出されたかだと思うんです。
社会を作っていくのは自分たち
―あらためて、著書『お金のむこうに人がいる』に込めた思いを聞かせてください
伝えたいのは、社会というものは、誰かから与えられているものではなくて、自分たちが作っていくものだということです。
この本をこれから読んでくれる人にあらかじめ伝えておきたいのは、投資での儲け方などを教えるようなハウツー本ではないということです。
こういう視点を持つと社会の見え方が変わりますよという話で、じゃあ個人がどうしたらいいかという具体的な方法を書いてあるわけではありません。本を読んで各自で考えてもらえたらいいなと思っています。
―今後も金融教育に力を入れていくそうですが、次回作の予定もあるのでしょうか?
今は小説を書いているところです。テーマは『お金のむこうに人がいる』と似ているのですが、小説にすることで経済の本とかビジネスの本には興味がない層にも読んでもらいたいですね。
前作を書くきっかけになった編集者の佐渡島さんのところで、今回も修業をしました。小説を書くのは今回が初めてです。
読者に面白いと思ってもらうためには、登場人物の感情の変化を描くことが大事なんですが、それが最初は難しくって…。佐渡島さんからのアドバイスで「漫画家養成塾」の半年コースに通って、物語を作るための基礎を学びました。
そうして昨年末に一度書き上げて、佐渡島さんに見せたんですが、その時の反応はいまいちでしたね。それで「もう一回書き直したらよくなりますよ」と言われて、そこからまた全部書き直しました。
苦労して書き上げた小説『きみのお金は誰のため』は、10月18日に出版予定です。物語を通して「お金とどう付き合えばよいか」を感じてもらえる一冊なので、経済とかに興味がない人にもぜひ読んでもらえたらうれしいです。
田内学(たうち・まなぶ)
1978年、兵庫県生まれ。灘中学・高校を経て、東京大学に進学。在学中にプログラミングにはまり、国際大学対抗プログラミングコンテストアジア大会入賞。東京大学大学院情報工学系研究科修士課程修了。2003年、ゴールドマン・サックス証券株式会社入社。以後16年間、日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日銀による金利指標改革にも携わる。2019年、ゴールドマン・サックス証券を退職。
2021年、著書『お金のむこうに人がいる 元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた 予備知識のいらない経済新入門』(ダイヤモンド社)を出版。現在は子育ての傍ら、「金融教育家」として活動している。
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(楽待新聞編集部)