師匠11

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久しぶりの更新。

もう主だったエピソードは出尽くしたから、小話程度に。

 

師匠はとにかく正直だった。

嘘が吐けない。いや、絶対吐かない。そこだけは頑固だった。

 

僕が師匠の隣で会社の愚痴を言った際も、

「この会社が、まだそこまで成長していないってことだよ」

あっさりとこう言う人だった。

 

 

『MUNTO』をやる随分前、2年くらい前になるだろうから、2001年辺りの話だ。

京アニはいよいよ元請制作を始めようと準備を行っていた。

しかし、「初監督」は誰がやるの?

 

史実上、京アニの「初監督」は石原さん、武本さんと意見が分かれるところだが、会社としてはやはり無理くりでも、木上さんに「事実上」の初監督をやらせたくてしょうがなかった。

社長夫妻はとことんまで師匠に詰め寄った。

「あなたが先陣切ってやらないと後が詰まってるのよ!」まぁ、それは理屈だ。

 

いつも会社の会食に使っている、近所の小さな居酒屋の二階の個室(と言っても言わばメゾネットタイプだ)でそんな話で喧々諤々となった。

僕も酒に酔った勢いで加勢したような記憶がある。

「師匠!あんたがやらなくて誰がやるんすか!?」

しかし、師匠は絶対に首を縦に振らない。

僕も次第にイライラしてきた。

 

そんな時だ、堪り兼ねた師匠が突然、どこから出たの?というような大声で、

「すいませーーん!!」

と声を張り上げ、頭を下げた。

僕も、他のメンバーもさすがにビビった。

その直後、慌てたように階段をタタタと駆け上がる音がして、店員さんが、

「あの、お呼びでしょうか!?」

いやいや、あの、あなたを呼んだ訳じゃないんです!?

こちらも慌てて制するのに必死だった。

 

その場では結局師匠は監督を固辞したままで終わった。

どうしてそこまで嫌がるのか?僕は疑問だった。

まぁ、確かに僕も当時は監督という役職にはまったく魅力を感じていなかったが……。

 

その後しばらくして、会社の自社製作(自主制作)、会社としても師匠としても初の完全オリジナル作品として『MUNTO』プロジェクトは立ち上がる。

思えば会社も相当折れたのだろう、原作付き、他社資本ありきの下請けではなく、あくまで自腹の自社製作。

今で言うとジブリの『君たちはどう生きるか』並みの破格の待遇だ。

 

それでも師匠は、正直乗り気ではなかったように思える。

僕が早速使いっ走りとして呼ばれ、あれやれこれやれと師匠の傍で働いたのだが、どうも彼が生き生きと仕事をしていた姿が思い出せない。

嫌々、とまでは言わないが、師匠にスイッチが入った時の燃え上がるオーラみたいなものが見えなかったのだ。

どこか不自由そうに作業していた。

 

結果、『MUNTO』は2003年3月にリリースされた。

その直後、武本さんが監督をした初元請TVシリーズ『フルメタル・パニック? ふもっふ』が2003年8月にOAされるのだから、かろうじて京アニ作品の『初監督』は師匠が務めた、ということになるのだろう。

 

そこから僕が京アニを離れた後も、『MUNTO』シリーズはしつこく作り続けられ、挙句には劇場版になるのだが、僕は『MUNTO』シリーズが作家・木上益治の「致命傷」になったという印象を受ける。

僕も他人事でなく、オリジナル作品の監督は怖い。責任が全部監督に一極集中するからだ。

 

僕にはそれが、ちょっと、勿体なかったなぁ、と思う。

 

 

因みに当時の僕は『MUNTO』だけでなく、同時に『ふもっふ』も、更には『あたしンち』にもローテで参加していた訳だから、我ながら良く働いてたなぁ、と思う。

オチはないがこの辺で。

 

 

 

 

 

 

 

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