第22話 電脳監獄の鎮魂歌

【導入:女王代理の決断と、四人の騎士】

 SCENE 1:それぞれの檻


 その監獄の名は、『電脳拘置所』。

 そして、その最深部で、私の仲間たちが、ゆっくりと死に向かっていた。


 天神家の広大な自室。莉愛は、自らがハッキングでこじ開けたデータの奔流の果てに、絶望的な真実を突き止め、震える指を止めた。

 詩織、夜瑠、キララ。三人の魂は、ネットワークの地図から完全に消え、囚われた者の絶望をエネルギー源として存在する、呪われた牢獄に幽閉されている。

 もう、泣いている時間はない。

 莉愛は静かに息を吸うと、K-MAXの仲間たちへ、短いメッセージを送った。


『至急、天神本宅へ来てください。道は開きます』


 その頃、タワーマンション最上階の司令室。その空気は、まるで深海の水圧のように、重く、冷たく、息苦しかった。

 壁一面の巨大モニターに、三つのバイタルサインが危険な赤色で無慈悲に点滅している。


「…くそっ…!」


 アゲハが、苛立ちを隠さずに壁を殴りつけた。ガツン、と硬い音が虚しく響く。


「やめてください、アゲハさん。壁が壊れてしまいます」


 まりあが、おずおずとアゲハを諌める。


「うるせえ! 見てるだけしかできねえなんて、耐えられるかよ!」


「でも…」


 その重い空気を、みちるの冷ややかな声が断ち切った。


「イライラしたって、状況は変わらないわよ。今、私たちがすべきことは、莉愛さんからの連絡を待つこと。それだけ」


 みちるはスマホの画面から目を離さずに言う。だが、その指先が微かに震えているのを、誰も気づかなかった。王も、騎士もいない玉座。残されたのは、圧倒的な無力感だけだった。

 その沈黙を破ったのは、三人のスマホに同時に届いた、莉愛からの招集命令だった。


 SCENE 2:地下司令室『アルカディア』/ 四騎士の誓い


 招集を受け、タワマンのエントランスで待っていた三人の前に、一台の黒塗りのリムジンが、音もなく滑り込んできた。自動で開いたドアの先には、本革の匂いが漂う、広すぎるほどの空間が広がっている。


「うわっ、マジかよ…」アゲハが悪態をつき、まりあは「映画みたいです…」と目を丸くする。


 三人が乗り込むと、車内の大型モニターが起動し、ミューズプライムのアバターが優雅にお辞儀をした。


『皆様、ようこそ。お飲み物はいかがなさいますか? こちらのシャンパンは、1998年もののドン・ペリニヨンでして…』


「いや、水でいい…」


 アゲハが呆気に取られていると、ミューズはどこか誇らしげに微笑んだ。


『わたくし、莉愛様によって基本システムをアップデートしていただき、『ミューズ・オリジン』として新生いたしました。これまでの100倍の演算能力を獲得しておりますの。ふふっ』


 その自慢げな様子に、三人は顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。


 リムジンが、天神邸宅の壮麗なエントランスポーチに静かに滑り込む。執事の柏木がドアを開けると、三人は息をのむような光景を前に、一瞬、車から降りるのをためらった。

 高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、磨き上げられた大理石の床を黄金色に照らし出している。そのホールの中央に、莉愛は一人で、まるで城の主のように静かに立っていた。

 リモート授業に出ていたのだろう、ブレザーの制服を完璧に着こなしている。


 そこにいたのは、部屋に引きこもっていた、弱々しい少女ではなかった。背筋を凛と伸ばし、その瞳には、もはや怯えの色はなく、全てを背負う覚悟を決めた、司令塔の強い光が宿っていた。


「莉愛ちゃん…!」


 最初に沈黙を破り、駆け寄ったのはまりあだった。その手を取り、無事な姿に安堵の涙を浮かべる。莉愛は、そんな彼女の手を力強く握り返した。


「心配かけてごめんね、まりあちゃん。でも、もう大丈夫。私がいるから」


 その、以前とは比べ物にならないほど力強い声に、まりあはこくりと頷いた。


「へっ、やっと出てきやがったか、引きこもり姫。心配させやがって」


 アゲハが、ぶっきらぼうな口調で、莉愛の頭をガシガシと、少しだけ乱暴に撫でる。その不器用な優しさに、莉愛は「ありがとう、アゲハちゃん。あなたたちの力を借りに来たの」と、挑戦的に微笑み返した。


 みちるは、腕を組んだまま、莉愛を上から下まで値踏みするように見つめている。


「…ふーん。なんだか、吹っ切れた顔してるじゃない。圭佑くんがいなくても、ちゃんと戦えるって顔ね。…その方が、私たちの『軍師』様としては頼りになるわ」


 ツンとした言葉の裏に隠された、絶対的な信頼。四人の心は、この再会の瞬間に、確かに一つになった。


「みんな、来てくれてありがとう。話は、私たちの新しい『城』で」


 莉愛がそう言うと、彼女の背後にある、壁に偽装された隠し扉が、音もなく静かに開いた。その奥には、地下深くへと続く、プライベートエレベーターが光を放っている。


「ついてきて。私たちの、反撃の始まりよ」


 エレベーターが到着したのは、屋敷の地下深くとは思えない、圧倒的な開放感に満ちた巨大なドーム状の空間だった。

 壁面そのものが360度のシームレスなディスプレイとなっており、現在はリアルタイムの全世界ネットワークの力学地図が、青い光の星雲のように美しく投影されている。中央には、ガラス張りの円卓状コンソールが鎮座し、その上には天神グループが誇る量子AI**『ミューズ・オリジン』**の演算コアが、心臓のように静かな光を放っていた。ここは、単なる部屋ではない。天神家の情報網と防衛システムを統括する、巨大なコンピュータの内部そのものだった。


「すごい…」


「ここが、私たちの新しい『城』…アルカディアよ」


 莉愛は中央のコンソールに立ち、壁面のモニターに『電脳拘置所』の構造図を映し出す。


「…私一人では、ハッキングに限界がある。アゲハちゃん、まりあちゃん、みちるちゃん。あなたたち三人で、内部に突入してほしいの」


「待ちなさい。三人じゃ、戦力が足りないわ」


 声を上げたのは、莉愛の腕時計から飛び出したキューズだった。


『莉愛が**本体(オリジン)**をアップデートしてくれたおかげで、私もアルカディアの演算能力を一時的に借りられるようになったのよ。このリソースを使えば、私も戦闘用アバターとして最適化できる。私も行くわ。マスターKの仲間を、みすみす死なせるわけにはいかないもの』


 キューズのアバターが光に包まれ、そのゴスロリ衣装の裾や袖が、よりシャープで攻撃的なデザインのデータアーマーへと変化する。四人目のダイバーが、決まった。


【展開①】絶望の監獄塔と、三つの試練

 SCENE 3:電脳拘置所へのダイブ


 魂がデジタルノイズへと分解され、再構築される感覚。

 アゲハ、まりあ、みちる、そしてキューズの四人が降り立ったのは、永遠の夜に支配された世界だった。空には紫色の月が浮かび、ゴォォ、と絶え間なく吹き荒れる嵐が、肌を刺すように冷たい。錆びた鉄の匂いと、罪人たちの怨嗟の声。そして、空気そのものが、魂の重みで澱んでいるかのように息苦しい。その中心に、天を突く巨大な螺旋状の監獄塔が、絶望の象徴のようにそびえ立っていた。


 SCENE 4:第一階層『無音の劇場』- ノーフェイス・オーディエンスとの死闘


 第一階層は、がらんとした劇場だった。ステージの中央、スポットライトの下に、心を閉ざしたキララのアバターが、力なく膝をついている。

 客席を埋め尽くす、のっぺらぼうの怪物『ノーフェイス・オーディエンス』。彼らが一斉にキララに視線を向けると、ブゥン、と空間が震えるような精神攻撃のノイズ波が発生した。


「キララちゃんのアバターが…!」


 まりあの悲鳴通り、キララの体がバチバチと音を立てて劣化していく。


「キララさんは、私が守ります!」


 まりあがステージに駆け上がり、ハート型の巨大な盾『アミティエ・ガーディアン』を展開。ノイズ波をギリギリで防ぐが、盾には絶え間なくヒビが入る。


「雑魚はあたしに任せな!」


 アゲハが叫ぶと、その手にしたエレキギターが禍々しい光を放ち、棘のついた巨大な**戦斧(せんぷ)**へと変形した! 彼女は獣のように地を蹴り、無言の観客たちに斬りかかる!

 だが、斬り裂かれた怪物たちは、すぐに黒い霧となって再生してしまう。


「だったら、その想いごと、上書きしてやる…!」


 みちるが歌い始めたのは、キララの「始まりの歌」。その懐かしいメロディーが、キララの心の奥深くに届いた。


「私…ただ、歌が、好きだっただけなのに…」


 キララの涙に呼応し、みちるとまりあの歌声が重なる。希望のハーモニー――**『双星のレゾナンス』**が、怪物の吸収限界を超えるほどのポジティブなエネルギーで劇場を満たし、ついにその存在を浄化した。


【展開②】魂の共鳴と、地獄からの鎮魂歌

 SCENE 5:第二階層『孤独の玉座』- 夜瑠救出戦


 第二階層。過去の栄光を映し出す幻影に囲まれ、夜瑠は一人、孤独な玉座に座らされていた。

『あなたは完璧だ』『誰もあなたを理解できない』『戻ってきてはいけない』

 幻影たちの囁きは、彼女のプライドを肯定しながら、その心をゆっくりと殺していく呪いだった。


「てめえの相手は、あたし一人で十分だ」


 ステージに立ったアゲハは、夜瑠がセンターだった頃の、あの完璧なアイドルソングを、あえて自分流の激しいロックアレンジでシャウトした。


「やめて…! 私の完璧な世界を、あなたのノイズで汚さないで!」


 夜瑠の拒絶は、悲鳴に近かった。だが、アゲハは魂で叫び返した。


「うるせえ! 完璧な世界なんざ、クソ食らえだ! アイドルだとか過去の栄光だとか、どうでもいいんだよ! あたしは、今、ここにいる『月音夜瑠』の歌が聴きてえんだ!」


 その剥き出しの言葉が、夜瑠のプライドという名の鎧を打ち砕く。


「私…本当は、またみんなと…歌いたかった…」


 アゲハのシャウトに、救出されたキララの弱々しい、しかし確かな歌声が重なる。ライバルとして認め合う二人の魂が共鳴し、夜瑠を玉座から解き放った。


 SCENE 6:第三階層『完璧なバーカウンター』- 詩織救出戦


 第三階層では、詩織が「完璧なリーダーでなければ」という強迫観念に囚われ、永遠にシェイカーを振り続けていた。一度でもレシピを間違えれば、足元が奈落へと変わる。

 彼女の背後では、仲間たちの期待が具現化した巨大な影が、「お前が失敗すれば、全てが終わる」とプレッシャーを与え続けていた。

 救出されたキララと夜瑠が、自らの弱さを乗り越えたからこそ言える言葉で呼びかける。「詩織ちゃん、一人で背負わないで!」「私たちは、もう大丈夫だから…!」

 だが、その声さえも、彼女の呪縛を解くには至らない。


『――私が、道をこじ開ける!』


『アルカディア』で戦況を見守っていた莉愛の指が、コンソールの上を舞う。彼女は、詩織の精神を縛る呪いのコードに、真正面からハッキングを仕掛けた!


『詩織さん! 聞こえる!?』


 莉愛のハッキングによって生まれた、ほんの一瞬の隙間。そこから、仲間たちの声が、詩織の心へと流れ込む。


「詩織さんがいたから、頑張れたんだよ! 完璧じゃなくたっていい! 私たちが支えるから!」


 その魂の叫び――**『軍師のアンセム』**が、詩織の心の最後の砦を溶かす。救出された三人の仲間と、突入班の歌声が一つになり、詩織を呪縛から解放した。


【結び】監獄の底の邂逅と、王の目覚め

 SCENE 7: 魂の墓場(データ・グレイブヤード)


 仲間を全員救出した瞬間、監獄塔がガラガラと崩壊を始めた。一行は、出口である最下層へと向かう。

 たどり着いたのは、消去された魂の残骸が漂う、モノクロームの静寂な空間――『魂の墓場』だった。

 その中央に、鎖に繋がれた神宮寺彰がいた。「来たか、人形ども。だが、もう遅い。この監獄の主は、もはや私ではない」

 神宮寺の嘲笑と共に、闇の奥から無数の赤い目が浮かび上がる。『データ・リッパー』の群れだ。


「さあ、新しいお仲間よ。永遠にここで遊びましょう?」


 新たな看守として君臨する『囚人Q』――綾辻響子が、狂気の笑みを浮かべて姿を現した。

 絶体絶命。アゲハたちが身を挺して、仲間を守ろうとした、その時だった。


 SCENE 8: 王の帰還


 現実世界、病院のICU。眠り続ける圭佑の指が、ピクリと動いた。

 彼の傍らで付き添っていた玲奈が、モニターのバイタルサインが奇跡的に回復していくのを見て、息をのむ。「まさか…みんなの声が、圭佑に届いているの…?」

 圭佑の精神世界である「小学校の教室」。その薄暗い空間に、どこからか仲間たちの歌声が響き始める。それは、光の粒子となり、倒れていた圭佑のアバターの傷を癒やし、その心に温かい光を灯していく。

(…ああ…みんなの声が、聞こえる…)

 圭佑が、ゆっくりと目を開けた。


『――ああ、聞こえてるぜ。…心配かけたな、俺の自慢の戦乙女たち』


 その意識は、仲間たちの魂が繋いだ**希望の道(ライン)**を光の速さで駆け抜け、光の柱となって『魂の墓場』へと降臨した。聖なる光がデータ・リッパーの群れを薙ぎ払い、綾辻の狂気の笑みを凍りつかせる。

 王が、帰還した。

 仲間たちが自分なしでこの試練を乗り越えたことに、圭佑の瞳には驚きと、ほんの少しの寂しさ、そしてそれを遥かに上回る誇らしさが宿っていた。

 彼は、満身創痍の仲間たちを背に庇うと、神宮寺と綾辻を睨みつけ、高らかに宣言した。


「神宮寺…綾辻…。お前たちが俺の仲間(ファミリー)を弄んだ罪、その身で償わせてやる。ここからは、お前たちのための、地獄の始まりだ」


【エピローグ:盤上の観劇者たち】

 豪華絢爛なオペラハウスのVIPボックス席。

 老紳士――**"時計屋"が、懐中時計の蓋をパチリと閉じた。「予定より3分12秒早いお目覚めだ。まあ、許容範囲内だろう」

 妖艶な美女――"女帝"が、スクリーンに映る『囚人Q』(綾辻)の姿を指差し、面白そうに言う。「それにしても、綾辻は見事なものね。あの監獄に落とされて一週間も経たずに、他の囚人たちの絶望を喰らって、自らをシステムの『支配者(看守)』に作り変えてしまうなんて。あの貪欲さ、嫌いじゃないわ」

 "時計屋"が、冷静に分析を加える。「彼女は理解したのだ。あの監獄から脱出する唯一の方法は、より大きな絶望でシステムを上書きし、自らが『法則(ルール)』そのものになることだと。…まあ、それすらも我々の『実験』の一環だがな」

 二人の背後には、ゴシック・ロリー-タドレスに身を包んだAI人形――『デルフォイ』**が、背中のメカニカルな黒い翼を静かにたたずませ、音もなく浮遊している。

 その人形の口が僅かに開き、神々しくも不気味な合成音声が、ボックス席に響き渡った。


「――警告。偽りの女王が戴冠する時、王の歌は世界を揺るがす。――警告。そのハーモニーこそが、最後の引き金となる」

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