木内達朗俳句集
俳句のことについて書いたので、自分が作っていた句を載せておきます。
二十代後半から三十代にかけて作っていたものです。
炎昼や鉄鎖が鉄の孔とほる
夏服の刈りあげ蒼き項かな
散財や横断歩道に水馬
片蔭の孔雀ひきずる己が羽
日暮里と西日暮里の梅雨晴間
夜濯や隣の家に唐の犬
愛してる愛してないと夏座敷
海月ごとひとかたまりの碧さかな
虹指して虹と呼びたる目眩かな
雑踏を過ぎて金魚の腹透ける
羽抜鶏来て茨線に羽残す
桜の実もぎて暗渠の板撓ふ
焼鳥と犬の糞もて秋高し
裸見て裸になるや天の川
天の川体液が肌隔てつつ
とほく見て睫毛のかゆき野分かな
パン切つて腐葉土蒸れる無月かな
天使なら羽のあたりの痛みかな
ゴムの葉を人滑るほど拭きにけり
ピラルクの暴れ土産の鱗なり
;山笑ふなら植ゑてみむ
探梅や蹄の型の保育園
春雷の音鳴りやまず幻燈機
早春や踵の下の砂流る
果に来て触れたる春の海ひとつ
木蘭や鏡の縁の薄曇
滝落ちて青きゼリーとなりにけり
滝壺ににほひのありて犬通る
最強のばい独楽さへも帰すかな
ながいもをながきすがたでもちかへる
駅の夜茸こぼしてしまひけり
溝板を鳴らし通ひぬ鳳仙花
像のあるピンクの家の夜長かな
踏切の我に返りて紅葉かな
落葉踏む音忘れないやうに踏む
手袋をぬげば手袋はめる夜気
裏となり表となりて焚火燃ゆ
冬晴に骨ばっかりの豊島園
さまざまに宇宙人だよ蜜柑かな
銀杏落葉行くところまで追はれけり
鍵束の鍵冬空に響くなり
銀皿に色鉛筆や冬の朝
素足にて履く革靴や霙雪
オリーブ油湛へし壜を冬日向
寒林を自転車細く抜けにけり
厚氷割れるごとくに凍るなり
スカートに暗き影ありクリスマス
聖夜なりそれぞれ拗る撞木鮫
吾が腸の出来の悪さよ沈丁花
家出ると言ふなり梅に出会ふなり
津波にて来る巨木や揚雲雀
大蒜の架けられてゐる大樹かな
何物も栽培されず春疾風
春塵となりて畑の傾きぬ
春塵の道古くせる夕かな
春燈や研ぎて瑞西の鑿薄し
てらてらとほうれんそうのおもたさよ
夜半の春パスタの艶のをとこかな
真夜中に茹でるパスタや沈丁花
アリオ・オリオ・ペペロンチーニ春惜しむ
海市立つ中に銀行ありにけり
咲き満ちて枝痺れをる桜かな
満開の花より低きもの昏し
ひともとのさくらが深き夕かな
花見ればしづかにつもる話かな
ちるさくら触れて硝子に温度なし
喧騒の中を明日へちるさくら
曇天に青みてさくら散り果てし
君だけが素裸になる花曇
春泥を来て虹色に油浮く
春の燈住みたき闇のありにけり
赤鯊と青鯊を釣る朧かな
泣きはらす足ひれはずす走り出す
眦を飛魚掠む航路かな
水底にハートの穴や桜桃忌
炎天を来て看板に突き当たる
かき鳴らす大魚の骨の旱かな
南北にせみのぬけがら裂けてゐし
初潮や壷のごとくに蛭木立つ
蟷螂の来て万力に留まるなり
島々に棚田大陸には田螺
メレンゲの山ふきこはす短夜かな
部屋に水満たして薔薇を鍵穴に
時鳥少年日本縦断す
街道を逸れて蜻蛉の中を行く
ポケットに瑪瑙平らや花芒
サーカスを出でて荒野の居待月
ネジ工場ネジ溢れたる夜長かな
秋麗筋肉痛の椅子とゐる
燈火親しのりしろにのり多すぎて
前脚を仕舞ふ犬ある良夜かな
花野行く枯野の色の犬なりき
冬日向移りて犬の鼻に差す
落葉中劇の形に人のゐて
雑踏や葱一本の落ちてをり
目醒むれば海を氷の軋りたる
海岸に見慣れぬ氷来てをりぬ
天鵞絨のごときを鮫の触れ過ぐる
幾度も塗られて厚き捕鯨船
小春日の鯨荒野にうち揚がる
耳元に水の始まる短夜かな
朝寝して部屋いちめんの私かな
いつてきます上がり框に蟻の列
ひとつおきにデージー植ゑし旧家かな
蝌蚪の群上まで続く棚田かな
雨音のキャベツ畑より鳴りはじむ
初夏と手旗信号送るかな
熱風の山擦過して行きにけり
酋長に抜擢されし酷暑かな
涼しさやハサミの泳ぐ理髪店
管を抜けヒトがプールに落ちてくる
足下がうねりますので夏の鯉
水分子じやらじやら滝を落ちにけり
蟻集う蛾は要塞のごとくなり
夕桜電球ひとつ買ひにけり
豆飯や磨き終へたる長廊下
アトリエの吹子のごとく螢あり
それぞれの部屋に十時の時計あり
眠れずにゐて鳩もゐる篭枕
空港へ犬を迎へに行く晩夏
梅雨晴間急坂匂ひ立つを行く
茄子の今生まれたやうな形かな
万緑や汽車どきどきと発車せり
吾が肌に増えし黒子や朝曇
夏夕何やら青きテレビかな
鳳梨を提げて真赤な橋渡る
トラツクの色塗り替へし夏野かな
甘藍の回る音して雀出る
這ふ蛇と這はるる土地の肥ゆるなり
サングラス外してたたむ揚子江
河童忌や滴り落つる蟻の列
舟底に不協和音や夏終る
朝霧や離れて座る漫才師
土手を沿ふ土手の小道や鳥渡る
キヤラメルの箱の重さや水澄める
秋うらら君の嫌ひなもの茹でる
手風琴忙しきかな秋麗
哀しみの中に石あり烏瓜
茱萸見れば茱萸と言ひたくなりにけり
とほあさに鳥の影差す原爆忌
春立つや薄き孤島に船着きぬ
春立ちて道道の蓋開けにけり
失礼な犬ついてくる花曇
鞦韆を揺らしてみれば揺られけり
限りなく自転車続き山笑ふ
焼野原鯨のごとき車行く
鎧戸や商店街の百千鳥
人知れず沸く風呂ありぬ春の闇
北窓をあけて糸杉参差なる
眼鏡橋くぐれば上を金魚売
空港に群れる手紙や土用浪
沖膾無数の瓶の寄せ来る
水眼鏡砂紋に映る波紋かな
葉桜のなかを通ひぬ眩暈して
眠りつつある早乙女の眠たさよ
螺子山の柔らかすぎてソーダ水
雲低くありて都心や金魚玉
厚氷切り出されては透き通る
冬晴を行く銀色の人の群
滑らかな犬でありけり日脚伸ぶ
あろはしやつからだにあてて涼しさよ
アイスクリームに蛾のへばりつく逢瀬かな
インク壜返してもらふ秋暑かな
煙突の肌滑らかや鰯雲
紙の天麩羅石の天麩羅おめでたう
枯草や座してこの日の浮子選ぶ
川底に寝て流し目や夏の果
看板あまた塗りつぶされて年の暮
恐竜の小さすぎたる恐さかな
猿山にボス彳める西日かな
砂浜へ降る道細き暑さかな
蝉時雨発電所股眼鏡かな
化けの皮剥がれて久し臭木の実
艀船行き交ふ湾の暑さかな
鋲刺して指に腹あり温め酒
星を得て望遠鏡の虚なる
本箱のニス乾ききる秋の空
万年筆ごろりと在りて無月なる
夕暮の猫は箱なり鳥渡る
老犬を鼻のごとくに愛しけり
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購入者のコメント
2「海市たつ中に銀行ありにけり」という木内さんの句が好きです!
まあ、それはそうでしょう(笑)