「僕らの上の世代の先輩方は上下関係に厳しいところがあって、良し悪しはともかく、例えばスタジオに入ってきたら大きな声で挨拶をする。先輩方にはお茶をお出しして、ドアの開け閉めも僕らがしてっていうようなことを叩きこまれた、最後の世代なんです」(岩田光央)
近年、声優業界から失われつつある文化とは……? 音響監督歴58年、レジェンド的存在である明田川進氏の新書『音響監督の仕事』(星海社)より、ベテラン声優・岩田光央氏との対談パートを一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
◆◆◆
失われつつある、アフレコ現場での基本的な礼儀
――『AKIRA』のあとにご一緒された『ミルモでポン!』のことを覚えてらっしゃいますか。
岩田:はい。主役の小桜エっちゃん(小桜エツコ氏)が凄く頑張っていた作品で、僕はインチョという非常にかわいらしい役をやらせていただいて。大人数の現場で、若い子たちがたくさんいるなかで参加した作品でした。
明田川:(ほほ笑みながら)僕はあのとき、非常に助かりましたよ。
岩田:たしか1期の最終話アフレコのときに、なんだか生意気なことを言ってしまいまして……。
明田川:いやいやいや、本当に助かりましたよ。僕が言うよりも効果があったと思います。
――話が見えないのですが、アフレコのときに何があったのでしょうか。
岩田:あの作品には多くの若手たちも参加していたんですが、そのなかに、ものづくりの基本的なところをないがしろにしている人たちがいるなと感じていたんです。僕ら声優は、現場に入った瞬間から集中をきらさず、全力を出して一丸となって作品を作っていくべきなんですけども、それ以前の挨拶や返事などが一部の若手の人たちのなかで欠如しているのではないかと、ずっとモヤモヤしていて……。
しかも、最終話のアフレコが終わってスタッフの皆さんが挨拶をされているなか、当の若手の人たちがそれをニコニコしながら聞いているのが許せなかったんです。音響監督さんがみんなに投げかけているのに、どうして返事をきちんとしないのだろうとか、それに対して明田川さんご本人が鷹揚にかまえられていただけに義憤のようなものが湧きあがったんでしょうね。当時はまだ、ちょっと血気盛んなところもありましたので(笑)。「ちょっと待ってください」と言って、今話したようなことを生意気にも言わせてもらったんです。
――明田川さんがコラムで、「岩田さんがいるだけでスタジオの雰囲気が締まる」と言われていたのは、このことだったのですね。
明田川:「岩田さんはそういうふうに成長してくれたんだな」と思って、ありがたかったですよ。
岩田:当時いちばん気になっていたのは、僕が大それたことを言ってしまったことによって、現場の和を乱してしまったのではないかということで、若手の人が僕の言葉をうけとめてくれたのだろうかとも、ずっと気にかかっていました。
明田川:実際、その後は雰囲気が変わりましたよ。岩田さんが言わんとしたことがみんなに通じたんじゃないかな。
岩田:『ミルモ』は頑張っている若い子もいっぱいいて凄く刺激的な現場だったんですよ。だから言えばよくなると思って、つい思いをぶつけてしまいました。僕自身、若い頃に先輩方からそういう指摘をしていただきましたから。僕らの上の世代の先輩方は上下関係に厳しいところがあって、良し悪しはともかく、例えばスタジオに入ってきたら大きな声で挨拶をする。先輩方にはお茶をお出しして、ドアの開け閉めも僕らがしてっていうようなことを叩きこまれた、最後の世代なんです。
そうしたことが時代とともに合わなくなってきていることも自覚していましたが、それでも基本として守らなくてはならないことは絶対あると思っていまして。
明田川:基本的な礼儀ですよね。