『BOX 袴田事件 命とは』DVDジャケットより

「新右翼のカリスマ」との関係

後藤忠政にとって「生涯の友」は野村秋介──新右翼のカリスマ、あるいは教祖と呼ばれた活動家である。横浜の愚連隊出身ながらバブル期にはヴェルサーチのスーツを着こなしてメディアに登場し、従来の「右翼」のイメージを覆す存在となった。

野村は映画プロデューサーにも進出。二・二六事件を題材にした『斬殺せよ 切なきもの、それは愛』(90年)とチンピラもの『撃てばかげろう』(91年)を立て続けに送り出し、それぞれ東映系で全国公開された。そこには盟友である実業家、サムエンタープライズの盛田正敏のバックアップがあった。バブル景気と修羅場の絆で誕生した『斬殺せよ』にはビートたけしも出演、かつて野村に危機を救われた縁から新党「風の会」結成の記者会見にも出席している。

『斬殺せよ 切なきもの、それは愛』DVDジャケット

俺に是非を説くな激しき雪が好き──そんな句を詠んだ野村秋介は1993年10月20日、朝日新聞東京本社役員応接室を訪れ、両手の拳銃によって自決する。前年、新党を率いて国政に挑んだ際、山藤章二が『週刊朝日』のイラスト連載において「風の会」を「虱(しらみ)の党」と揶揄。そのことに激怒して抗議を続け、かねて朝日の思想信条に異議があったことなどから直接行動に出たという。

野村自決後もその意志を受け継ぐものたちが映画業界で活躍。やがてサム系列のプレイビルパブリッシャーズからエロVシネや実録ヤクザVシネを連発して、レンタルビデオのヒットメーカーに。後者では組長の葬儀といった実際の映像が提供されており、「実録ゆえ実名」をウリに現役の暴力団組長までもがペンネームで作品づくりに乗り出した。

『師・野村秋介 回想は逆光の中にあり』(蜷川正大著/展転社)
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芸能界との交流も盛んな後藤忠政は、そんな野村や後継者の姿を見ていたことだろう。『BOX 袴田事件 命とは』を製作するにあたって、野村門下生で「俺の堅気の若い衆」という夏井辰徳に脚本をオファー。夏井は『獅子王たちの最后』(92年)でデビューしたのち、本作が2本目の映画となった。

哀川翔×錦織一清、暴力団新法施行直前のチンピラふたりを描いた『獅子王たちの最后』は野村秋介が「監修」を務めており、前作『獅子王たちの夏』(91年)も同様だ。そして、この二部作を手がけた高橋伴明こそ、『BOX 袴田事件 命とは』の監督である──。

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