前回は東京の東端を行く交通機関、城東電車江戸川線→都電26系統→トロリーバス101系統の変遷をご紹介いたしましたが、今回はその手前の都心寄りの都電25系統 錦糸堀(錦糸町)~西荒川のご紹介です。
この都電25系統の沿線は、下町育ちの私が言うのもなんですが水面より低い江東ゼロメートル地帯にあって、東京23区内とは思えない場末の雰囲気一杯の町工場と住宅地帯でした。但し、昭和60年以降の再開発によってこの一帯はマンション化され、現在は昔の面影は全くありません。
①昭和12年 現在の江東区を走っていた路面電車の路線図で、黄色いのが電停です。東西に伸びる青い線が城東電車小松川線の錦糸堀(錦糸町)~西荒川(小松川)、後の都電25系統。真ん中から南北に青い線が伸びているのが城東電車砂町洲崎線の水神森~洲崎(東陽町) 後の都電38系統、左端の赤い線は後から出来た東京市電で錦糸町から洲崎(東陽町)に南下する都電28系統になりました。
②昭和43年9月 25系統 錦糸堀車庫前
③昭和43年9月 25系統 亀戸駅前 この先トロリーバス101系統との並走区間 (既出)
④昭和43年9月 25系統 亀戸9丁目 25系統はここから京葉道路(国道14号線)と分かれて専用軌道に入り、風景は一変して軌道の左右には工場と住宅が軒を連ねる独特の世界になります。
⑤昭和43年7月 25系統 浅間前~小松川3丁目
⑥昭和43年7月 25系統 浅間前~小松川3丁目 名物だった中川専用橋 城東電車時代の面影を一番色濃く残していた区間で、工場排水により真っ黒で悪臭を放っていた中川を、水面スレスレで渡っていきます。
⑦2015.6 現在の⑥の場所からで、工場は無くなり河川もキレイになりました
⑧昭和43年9月 25系統 浅間前~小松川3丁目
⑨昭和43年9月 25系統 小松川4丁目 これでも電停です。のどかに脇では野菜の露天売り。首都高7号線の建設工事が始まりました
⑩昭和43年7月 25系統 西荒川 終点
⑪昭和43年7月 25系統 西荒川 終点
⑫昭和43年9月 25系統 西荒川 終点 荒川の土手より写す
⑬2015.6 現在の⑫と同じ場所から写す。横断歩道の手前で、信号待ちしている車の位置が終点の跡になります。
西荒川は何ともうら寂しい終点でありました。城東電車時代に荒川に専用鉄橋を建設して川向こうの江戸川線 東荒川~今井橋と繋ぐ構想もあったそうですが、都電時代も含めてついにその夢は実現せず昭和43年9月28日に、そばを走っていたトロリーバス101系統と共に幕を閉じてしまいました。
⑭追加(1) hso**macさんからのコメントで、小松川3丁目→小松川4丁目と分かりました。
⑮追加(2) 小松川3丁目→浅間前 中川専用橋で、方向幕から察するに川の亀戸側からのようです。
⑯追加(3) 浅間前~小松川3丁目 hso**macさんからのコメントで、川の亀戸側からと判明しました。
⑰追加(4) 浅間前~小松川3丁目 工場の雰囲気から⑯の傍のようです。
⑱追加(5) 錦糸堀と亀戸の間にある横十間川の橋梁の架け替え工事中
⑲追加(6) ⑱の連続で多分、錦糸町駅そばの都バス車庫前(墨東病院そば)から撮ったのでしょう。