goo blog サービス終了のお知らせ 

教皇 奴隷 スペイン黒い伝説 侵略 異端審問 魔女狩 ガリレオ マザー・テレサ キリスト教カトリック聖書

ルシオ・デ・ソウザ 大学教授による批判

ルシオ・デ・ソウザの著作『The Portuguese Slave Trade in Early Modern Japan』(2019年)に対する大学教授による批判について、以下に各教授の指摘を詳細に整理して説明します。批判を行った主な歴史学者は、ハリエット・ズーンドーファー(Harriet Zurndorfer)、ギヨーム・カレ(Guillaume Carré)、リチャード・B・アレン(Richard B. Allen)、ホムロ・エハルト(Hormoz Eikhardt)の4名です。それぞれの批判の詳細を以下にまとめます。 --- ### 1. ハリエット・ズーンドーファー(Harriet Zurndorfer) **背景**: ズーンドーファーは中国史および東アジア史を専門とする歴史学者で、特にジェンダー史や社会経済史の観点から研究を行っています。彼女はデ・ソウザの著作に対して、史料の扱いや検証可能性に関する問題を厳しく指摘しています。 **批判の詳細**: - **史料の信頼性と検証可能性**:  - ズーンドーファーは、デ・ソウザがポルトガル人の逸話、発言、報告を引用する際に、信頼性の低い記述を十分な検証や説明なくそのまま採用していると批判しています。これにより、著作全体の主張に疑念が生じると指摘。  - 具体例として、ポルトガル人による日本人奴隷貿易の規模や実態に関する記述が、一次史料の正確な出典や文脈を欠いているため、検証が困難であると述べています。出典が不明確であるため、他の研究者がデ・ソウザの主張を追試・検証することがほぼ不可能であると強調。  - 彼女は、特にポルトガル人の報告に依拠する部分で、バイアスや誇張の可能性を検討せずに引用している点が問題だとしています。これにより、歴史的正確性が損なわれると主張。 - **説明の貧弱さ**:  - デ・ソウザの著作では、引用した史料に対する分析や文脈化が不十分であると批判。例えば、日本人奴隷がマカオや他の地域でどのように扱われたかについての記述が、具体的なデータや事例に裏付けられていない場合が多いと指摘。  - ポルトガル人の奴隷概念と日本社会の労働形態(例:年季奉公)の違いについて、十分な比較分析が欠けているとも述べています。これにより、ポルトガル人と日本人の間の誤解や文化的差異が適切に説明されていない。 - **全体の評価**:  - ズーンドーファーは、デ・ソウザの研究が野心的で新しい史料に光を当てる試みとしては評価できるものの、史料の選択や提示の方法が学術的な厳密さに欠けると結論付けています。彼女は、信頼性の高い査読付き研究(WP:RS)に求められる基準を満たしていないと判断し、定説として受け入れるにはさらなる検証が必要だとしています。 --- ### 2. ギヨーム・カレ(Guillaume Carré) **背景**: カレは近世日本の社会経済史を専門とする歴史学者で、特に日本の中世末期から近世における労働形態や社会構造に詳しい。彼の批判は、デ・ソウザが日本の歴史的文脈を十分に考慮していない点に焦点を当てています。 **批判の詳細**: - **日本史の研究成果の無視**:  - カレは、デ・ソウザが西洋圏の一次史料や二次史料に過度に依存し、日本の中世末期から17世紀の奴隷制や労働形態に関する豊富な日本側研究をほとんど利用していないと批判。  - 日本の社会経済史では、「下人」「所従」「年季奉公」などの労働形態が奴隷制とは異なる独自の文脈を持っていたが、デ・ソウザはこれらをポルトガル人の奴隷概念に単純に当てはめて論じている。これにより、日本社会における隷属の歴史的背景やポルトガル人の来航以前の状況が十分に反映されていないと指摘。  - 例えば、藤木久志(1995年)や牧英正(1971年)などの日本の研究者が明らかにした、日本独自の労働形態や人身売買の実態を参照していないため、ポルトガル人の奴隷貿易が日本社会にどのように影響したかの分析が不十分である。 - **ポルトガル人の特殊性の欠如**:  - カレは、デ・ソウザの著作がポルトガル人の奴隷貿易の特殊性を十分に考察していないと批判。ポルトガル人が日本人の労働形態(例:年季奉公)を奴隷とみなした背景には、文化的・概念的な誤解があったが、これを深く掘り下げていない。  - 日本社会では、隷属と見分けがつかないような依存や服従の関係が存在したが、これをポルトガル人の視点だけで解釈することで、日本社会の複雑な階層構造や労働慣行が見落とされていると主張。 - **史料の断片的利用**:  - デ・ソウザが提示する奴隷貿易のデータ(例:船の積載能力や奴隷の数)は断片的で、信頼できる推定値を再構築するには不十分であるとカレは指摘。ポルトガル船の奴隷輸送に関する記述が、具体的な数値や一次史料に基づく根拠に欠けているため、全体像を把握することが難しい。  - 特に、日本からマカオや他の地域への奴隷輸送の実態について、断片的な逸話に頼りすぎており、体系的な分析が不足していると批判。 - **全体の評価**:  - カレは、デ・ソウザの研究が西洋史料に基づく新しい視点を提供する点では価値があるものの、日本史の研究成果を軽視したことで、ポルトガル人と日本社会の相互作用を包括的に理解する機会を逃していると結論付けています。彼は、日本側の史料や研究を活用することで、よりバランスの取れた分析が可能だったと主張。 --- ### 3. リチャード・B・アレン(Richard B. Allen) **背景**: アレンは奴隷貿易史、特にインド洋地域の奴隷貿易を専門とする歴史学者。彼の批判は、デ・ソウザの研究がマクロとミクロの歴史を統合できていない点に焦点を当てています。 **批判の詳細**: - **文脈化の不足**:  - アレンは、デ・ソウザの著作が研究と議論を十分に文脈化できていないと指摘。ポルトガル人のアジア人奴隷貿易を、グローバルな奴隷貿易の枠組みや他の地域(例:大西洋奴隷貿易)との比較の中で分析する試みが不足している。  - 例えば、アジア人奴隷貿易が大西洋奴隷貿易に比べて規模が小さかった理由や、アジアでの奴隷需要が家内労働に限定されていた背景について、十分な比較分析がなされていないと批判。 - **ミクロとマクロの統合の失敗**:  - デ・ソウザは個々の史料(例:ポルトガル人の報告や日本人奴隷の事例)に焦点を当てる一方で、これをアジア全体やポルトガル帝国の経済・社会構造といったマクロな文脈に結びつける試みに失敗しているとアレンは指摘。  - 結果として、個々の事例が孤立した記述にとどまり、ポルトガル人奴隷貿易の全体的な意義や影響が不明瞭になっている。いわゆる「木を見て森を見ず」の状態に陥っていると批判。 - **史料の選択と扱い**:  - アレンは、デ・ソウザが発見した史料を「埋もれさせたくない」という意図が強すぎるあまり、史料の選択や提示が学術的な厳密さに欠けていると指摘。重要な史料であっても、適切な文脈や分析なしに提示されるため、読者に誤解を与える可能性がある。  - 例えば、日本人奴隷のマカオでの事例や、ポルトガル船の奴隷輸送に関する記述が、具体的なデータや統計的裏付けを欠いており、信頼性が低いと評価。 - **全体の評価**:  - アレンは、デ・ソウザの研究が新しい史料を発掘した点では貢献しているが、学術的な厳密さや文脈化の不足により、奴隷貿易史の全体像を理解するための信頼できる研究としては不十分だと結論付けています。彼は、より広範な比較研究や史料の厳密な検証が必要だと主張。 --- ### 4. ホムロ・エハルト(Hormoz Eikhardt) **背景**: エハルトはポルトガル帝国史や奴隷貿易史を専門とする歴史学者で、史料の解釈や歴史的正確性に厳格なアプローチを取ることで知られています。彼の批判は、デ・ソウザの史料の選択と主張の矛盾に重点を置いています。 **批判の詳細**: - **史料の選択的利用**:  - エハルトは、デ・ソウザが自身の推論を支持するために、歴史的証拠を選択的に利用していると批判。特定の史料を強調し、矛盾する証拠や他の解釈を無視することで、歴史的正確性よりも物語の構築を優先していると指摘。  - 例えば、ポルトガル人の日本人奴隷貿易の規模や影響に関する記述が、都合の良い史料のみに依拠しており、反対の証拠(例:奴隷貿易の規制や禁止令)を十分に考慮していないと主張。 - **主張の矛盾**:  - エハルトは、デ・ソウザの著作内で主張に矛盾が見られると指摘。具体例として、日本人奴隷がポルトガル人にとって重要な労働力だったとする一方で、奴隷貿易の規模が限定的だったとする記述が一貫していないと批判。  - また、日本人奴隷がマカオなどで労働契約を破棄した事例を強調する一方で、ポルトガル人が奴隷貿易を継続的に行っていたとする主張が、十分な証拠で裏付けられていないと指摘。 - **歴史的正確性の問題**:  - エハルトは、デ・ソウザの研究が歴史的正確性を犠牲にして、センセーショナルな物語を構築しようとしていると批判。特に、ポルトガル人の奴隷貿易が日本社会に与えた影響を誇張している可能性があると述べ、史料の厳密な検証が必要だと強調。  - ポルトガル人の奴隷概念と日本社会の労働形態の違いについて、十分な比較や分析が欠けているため、誤った印象を与える記述が多いと指摘。 - **全体の評価**:  - エハルトは、デ・ソウザの研究がポルトガル人奴隷貿易の新しい側面を提示する試みとしては興味深いが、選択的な史料の利用や主張の矛盾により、信頼性に欠けると結論付けています。彼は、歴史的証拠の操作を避け、より包括的で検証可能な研究が求められると主張。 --- ### 総括 - **共通点**:  - 4人の教授はいずれも、デ・ソウザの研究が新しい史料や視点を提供する点では価値があると認めつつ、史料の信頼性、検証可能性、文脈化の不足を問題視しています。  - 特に、日本社会の労働形態や歴史的背景を十分に考慮せず、ポルトガル人の視点に偏った分析が、全体の信頼性を損なっているという点で一致。  - 史料の選択的利用や断片的なデータの使用が、研究の学術的厳密さに欠ける原因となっているとの指摘が共通しています。 - **相違点**:  - ズーンドーファーは史料の検証可能性と説明の貧弱さに重点を置き、カレは日本史の研究成果の無視を強く批判。  - アレンはマクロとミクロの歴史の統合の失敗を強調し、エハルトは史料の選択的利用と主張の矛盾に焦点を当てています。 - **結論**:  - デ・ソウザの著作は、ポルトガル人の日本人奴隷貿易というテーマに新たな光を当てる試みとして評価される一方で、史料の扱いや分析の厳密さに欠けるため、定説として受け入れるにはさらなる検証と補完が必要とされています。2024年時点で、査読付きの信頼性の高い出典(WP:RS)を用いた研究が求められており、デ・ソウザの主張は慎重に扱うべきとされています。 以上の批判は、各教授の専門分野やアプローチの違いを反映しており、デ・ソウザの研究の限界と今後の研究の方向性を示しています。






キリスト教
カトリック
聖書
マリア 天使祝詞 ロザリオ

コルベ
マザー テレサ

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「日本人奴隷数百 追放令には人身売買を禁止する文が前日の覚書から削除」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事