トーマス・フリードマン
ドナルド・トランプ氏が大統領として行ってきた数々の恐ろしい言動の中で、最も危険な出来事が8月1日に起こった。私たちが信頼し、独立している政府の経済統計機関に、トランプ氏は事実上、彼と同じくらいの大うそつきになるよう命じたのだ。
トランプ氏は、気に入らない経済ニュースを彼にもたらしたという理由で、上院で承認された労働統計局長エリカ・マッケンターファー氏を解雇した。そしてその数時間後に、2番目に危険なことが起こった。我が国の経済運営に最も責任を持つトランプ政権の高官たち(民間企業にいれば、気に入らない財務データを持ってきた部下を解雇することなど決して考えもしなかったであろう人々)が全員、それに同調したのだ。
彼らはトランプ氏にこう言うべきだった。「大統領、もしこの決定について考え直さないなら、つまり、悪い経済ニュースをもたらしたという理由で労働統計局のトップを解雇するなら、今後、その局がよいニュースを発表した時、誰が信頼するでしょうか」と。しかし、彼らは即座にトランプ氏をかばった。
誠実な共和党の役人は絶滅した
ウォールストリート・ジャーナルが指摘したように、ロリ・チャベスデレマー労働長官は1日朝、ブルームバーグテレビに出演し、発表されたばかりの雇用統計が5月と6月は下方修正されたものの、「雇用はプラス成長を続けている」と宣言した。ところが、数時間後、トランプ氏が自身の直属である労働統計局長を解雇したというニュースを知ると、彼女はX(旧ツイッター)にこう投稿した。「雇用統計は公正かつ正確でなければならず、政治目的で操作されてはならないという大統領の見解に、私は心から賛成します」
同紙はこう問いかけた。「では、午前中に『プラス』だった雇用統計が、午後には操作されたのだろうか?」。もちろんそんなことはない。
トランプ氏のやったことを聞いた瞬間、過去の出来事が私にフラッシュバックした。それは、2021年1月のことだ。トランプ氏が20年の大統領選で敗北した後、ジョージア州の共和党員の州務長官に対し、大統領選の結果を覆すのに十分な票(正確には1万1780票、とトランプ氏は言った)を「見つける」よう圧力をかけ、それができなければ「刑事罰に問う」とまで脅したと報じられた。会話の録音によると、この圧力は1時間にわたる電話の中でかけられた。
しかし、当時は今と違って、誠実な共和党員の役人というものが存在した。ジョージア州の州務長官は、存在しない票を捏造(ねつぞう)することに同意しなかった。しかし、そのような共和党員の役人は2期目のトランプ政権では完全に絶滅したようだ。こうして、トランプ氏の腐った人間性は今や私たちの経済全体にとって問題となっている。
スコット・ベッセント財務長官やケビン・ハセット国家経済会議委員長、チャベスデレマー労働長官、ジェイミーソン・グリア米通商代表部(USTR)代表といったような上司の下で働くとき、彼らが自分を守ってくれないばかりか、職を守るためには生けにえとして自分をトランプ氏に差し出すだろうと知りながら、今後、どれだけの政府官僚が悪いニュースを伝える勇気を持てるだろうか。
「バナナ共和国でしか見られない」
ここに名を挙げた人物の全員が恥を知るべきだ。特に元ヘッジファンドマネジャーであるベッセント氏は、事態をよく理解していながら介入しなかった。なんという臆病者だろう。ベッセント氏の前任者であるジャネット・イエレン氏は、前財務長官であり米連邦準備制度理事会(FRB)の前議長でもあり、そして真の誠実さを持つ人物だが、労働統計局長の解任についてニューヨーク・タイムズの私の同僚ベン・カッセルマン氏にこう語った。「これはバナナ共和国でしか見られないようなことだ」と。
外国からこれがどう見られているかを知ることは重要だ。ロンドンを拠点とする債券トレーダーで、市場の専門家の間で人気のニュースレター「ブレインズ・モーニング・ポリッジ」を発行しているビル・ブレイン氏は4日にこう書いた。「8月1日金曜日は、米国債市場が死んだ日として歴史に刻まれるかもしれない。米国データを読むにはある種の技術が必要で、それは信頼に基づいていた。今、それが崩れ去った。データが信頼できないなら、何を信頼すればいいのだろうか」
彼はさらに、31年5月に自身のニュースレターがどのようなものになるかを想像した。それは、こう始まるという。「トランプ氏の経済真実省(旧米国財務省)の発表へのリンク:『トランプ大統領のリーダーシップの下、米国経済は記録的なスピードで成長を続けている。SNSトゥルース・ソーシャルの傘下にある真実省の雇用統計は、全米での完全雇用を示している。都市部の緊張はかつてないほど低くなっている。すべての新卒者が米国の成長著しい製造業で高給の仕事を見つけており、その結果、トランプ社傘下の多くの大企業が深刻な人手不足を報告している』」
もしこれがとっぴな話だと思うなら、あなたは明らかに外交政策のニュースをフォローしていない。なぜなら、この種の手法、つまりトランプ氏の政治的ニーズに合うように情報を仕立て上げるやり方は、すでに諜報(ちょうほう)分野で行われているからだ。
5月、トゥルシ・ギャバード国家情報長官が、2人の情報機関幹部を解雇した。トランプ氏はトレン・デ・アラグアというギャングがベネズエラ政権の指示の下で活動していると主張していたのだが、2人が監督していた評価はこの内容を否定するものだった。トランプ氏は、ギャング構成員と疑われる者を適正な手続きなしに国外追放するために、ほとんど利用されていなかった1798年制定の敵性外国人法という怪しげな法的根拠を持ち出していたが、2人の評価はそれを損なうものだったのだ。
そして今、自分で自分の目をふさぐようなこの傾向は、政府のさらに隅々にまで広がりつつある。
「容易な誤り」ではなく「困難な正しさ」を
バイデン政権時代にサイバー・インフラセキュリティー庁(CISA)長官を務め、米国屈指のサイバー戦専門家でもあるジェン・イースタリー氏は先日、ダニエル・ドリスコル陸軍長官によって、米陸軍士官学校(ウェストポイント)の上級教員職への任命を取り消された。これは、極右の陰謀論者であるローラ・ルーマー氏が、イースタリー氏はバイデン時代のスパイだと投稿した後のことだった。
もう一度、ゆっくり読んでみてほしい。陸軍長官は、トランプ氏の狂信的な信奉者の指示に従って、(誰の目にも明らかに)米国で最も熟練した無党派のサイバー戦専門家の一人であり、自身もウェストポイント出身である人物の教員としての任命を取り消したのだ。
読み終わったら、SNSリンクトインでのイースタリー氏の返答を今度は読んでみてほしい。「私は生涯を通じて無党派として、共和党・民主党両政権下で、平時にも戦時にも我が国に仕えてきた。すべての米国民を凶悪なテロリストから守るため、国内外で任務を指揮してきた。これまでのすべてのキャリアで、特定の党派に偏ることなく愛国者として、権力の追求ではなく愛する祖国に奉仕するため、すべての敵から守り抜くと誓った憲法に忠誠を尽くすため働いてきたのだ」
そして彼女は、自分が教える栄誉を得ることのない若いウェストポイントの士官候補生たちに、こんなアドバイスを添えた。「ウェストポイントの卒業生たちは皆、『士官候補生の祈り』を知っている。その祈りは、私たちに『より容易な誤りではなく、より困難な正しさを選びなさい』と求めている。この言葉は、とてもシンプルでありながら力強く、30年以上にわたり私の指針であり続けた。会議室でも作戦室でも。疑念にさいなまれる静かな瞬間でも、公の場でリーダーシップを発揮する時でも。より困難な正しさは決して容易ではない。それこそが重要なのだ」
この女性が次世代の戦士たちに教える立場となることを、トランプ氏は望まなかったのだ。
より容易な誤りではなく、より困難な正しさを常に選択する――。その倫理観は、ベッセント氏やハセット氏、チャベスデレマー氏、グリア氏には全く理解されていないものだ。トランプ氏自身については言うまでもない。
だからこそ親愛なる読者のみなさん、私は生来の楽観主義者だが、初めてこう信じるようになった。もしこの政権が発足後わずか6カ月で示したような行いが4年間も続き、増幅されるならば、あなたが知っている米国は消え去ってしまうだろうと。そして、どのようにそれを取り戻せるのか、私にはわからない。
(©2025 THE NEW YORK TIMES)
(NYタイムズ、8月4日電子版 抄訳)
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