2025年8月臨界点―石破政権はなぜ支持率が下がらないのか

#出所を明示していただければ無断転載自由です
2025年8月22日 横浜商科大学 田中辰雄

 2025年8月、参議院選挙後の政党支持、内閣支持は奇妙な状況にある。衆議院選挙、都議会選挙、参議院選挙と3連敗した自民党の支持率は、新聞各社の調査で20%程度に低迷している。自民党内では石破おろしの声が吹き荒れ、両院議員総会では事実上、総裁選の前倒しを決定した。
 その一方で、石破内閣の支持率は30%を越えて安定しており、直近ではむしろ上がったという報告もある。[i] 規模は小さいが石破辞めるなというデモも行われた。自民党支持者に限った時の内閣支持率が6割以上という報道が出たこともある。[ii] 選挙で3度も負けて両院で過半数を割れば内閣支持率は下がり、退陣に追い込まれるのが通例であるが、それがなかなかおこらない。

 これはなぜであろうか。本稿の目的はこれを調べることである。結論は簡単で、いま石破内閣を支えているのはリベラル側であることが原因である。保守リベラルの政治傾向を調べると、リベラルの人が石破首相は辞めなくてよいと答え、保守の人が石破首相は辞めるべきと答えている。保守政党である自民党の党首をリベラルが支えるという異例な状態が生じている。


1.石破首相の続投を望んでいるのはどのような人か

 調査は2025年10月10~12日にウエブモニター調査で行われた。昨年衆議院選挙直後(24年10月)、今年の参議院選挙直後(25年7月)、そして今回(25年8月)と調査は3回繰り返しており、同じ人に聞いているため追跡が可能である。対象は18歳~79歳までの1855人で、トラップ設問で不適切回答は除いてある。なお、ウエブ調査では回答者が若年層に偏るので、回答者の年齢別構成が人口×投票率の比率に等しくなるようにウェイトをかけて調整した。投票率も乗じたウエイトなので、若年層が投票に行かないなど投票率の差を反映した結果をみることができる。[iii]

 まず、石破首相は辞めるべきかどうかを尋ねた。図1がその結果である。辞任すべきと思うと答えた人が46%、辞任すべきと思わない人が42%で拮抗する。各新聞社の世論調査でも似たような結果が出ており、辞めなくてよいと言う意見が一定量みられる。3度にわたり選挙に敗れ、自身が率いる政党の支持率が20%程度しかない政党の党首に対して、総理を辞めなくてよいという声が4割もあるのは異例である。

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 では、この辞めるべきと思わない人(人数にして731人)はどんな人なのであろうか。それを示したのが図2である。一番上のバーは支持政党が自民党かどうかで分けたものである。辞任すべきでないと答えた人のうち、自民党の支持者は22.7%だけであった。他は別の党の支持者であるか、支持政党なしである。次のバーは今回の参議院選挙で投票した先であり、自民党に投票した人は21.4%しかおらず、他党に投票した人が56.2%もいる。最後のバーは、いま選挙があるとしたら比例区はどの党に投票するかを聞いたものである、自民党に投票すると答えた人は22.8%だけで。自民党以外に投票する人が49.4%に達する。

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 この図2のメッセージは明らかである。石破首相に辞めなくてよいと言っているのは自民党の支持者ではなく、自民党に投票した者でもなく、これから自民党に投票する人でもない。石破首相に辞めなくてよいと言っているのはおよそ自民党には投票しない人々である。

 このことは図2の上段の支持政党を細分化して政党別の比率を見てみるとよくわかる。図3がそれで、支持政党が同じ人を集めて、そのなかで辞任すべきと思わない人がどれくらいいるかを、見たものである。立憲民主党が59%というのは、立憲民主党の支持者のうち実に6割が石破首相は辞めなくてよいと思っていることを意味する。共産党ですら辞めなくてよいと考える支持者が53%もいることに注意されたい、立憲民主党と共産党という代表的なリベラル政党の支持者の実に半分以上が石破首相は辞めなく良いと考えていることになる。

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 これはなぜであろうか。なぜリベラル陣営の人が石破政権の存続を望むのだろうか。アンケート調査は理由の詳細を聞くのは得意ではないが候補をあげて大雑把な事を聞くことならできる。図4は5つの理由をあげ、複数候補で回答者にあてはまる理由を選んでもらった結果である。
 1は石破内閣を支持している、2はまだ様子を見たい、という理由で積極的な支持理由である。1の石破内閣を支持している、は8.2%で1割に満たない。辞任しなくてよいと言っても、積極的に支持している人はほとんどいない。2の様子を見たいは4割程度賛同者が存在する。回答者の中には自民党支持の人もいるので、そのためと考えられる。

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 3は、悪いのは自民党であって石破首相ではないという理由で、これがもっとも多く、7割近くに達する。石破首相は長らく自民党内の反主流で、また離党していたこともあり、多くのリベラル論客と対談をしたりして自民党内ではリベラル色が強い議員の一人である。それゆえリベラル陣営からすると自民党本体と石破首相を切り離して評価することが可能である。実際、立憲民主党・共産党支持者だけに限ってグラフを描くと、3を理由に挙げる人が75%まで増える。
 4は石破首相が辞任すると、(例えば高市氏など)保守色の強い政権ができかねないので、石破政権が続くことを望むという考えである。これに近い考えはすでに何人かのリベラル論客からあがっており(例えば古谷氏[i])、ここでも4割近い人が理由として挙げている。立憲民主党・共産党支持者だけに限ると5割近くまで増える。

 まとめると、リベラル陣営が石破首相の辞任を望まないのは、石破氏がリベラル的で自民党内ではまだましな方であり、これが倒れるともっと保守よりの政権ができてしまうと思っているからと考えらえる

 こうして現時点で石破首相に辞めなくてよいと思っているのはリベラル陣営である。これを確かめるために、最後に、石破首相に辞任を求める人と求めない人に分けて、保守・リベラルの政治傾向(思想)の分布を描いてみよう。保守・リベラルの測定方法は前のノートのとおりである。[iv] 図5がその結果である。

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 横軸は保守リベラルの度合いで、右に進むほど保守で、左に進むほどリベラルである。黒の実線が辞任すべきと答えた人の分布で、赤の点線が辞任すべきでないと答えた人の分布である。見てわかる通り、辞任すべきでないと答えた赤の点線の分布の方が左側すなわちリベラル側にある。辞任すべきという人の黒の実線は右側にあり、特に右端のこぶができているあたりでは、辞任すべきと言う人が多く、強い保守層に石破首相は辞任すべきという人が多い。この図は間違いではない。リベラル側が辞任しなくてよいと言い、保守側が辞任すべきと答えている。平均値をとると、辞任すべきでないの赤の点線がマイナス0.178、辞任すべきの黒の実線がプラス0.232となる。辞任すべきでないと考える人を石破政権の支持者と考えると、石破政権はすでにリベラル政権である。そうだとすれば、自民党が両院議員総会を開いて石破おろしに躍起になるのも理解できるし、野党が石破政権退陣を迫らないのも自然な結果である。

2.自民党の事情

 しかし、そうだとすると1つ疑問が出る。図3の支持政党別の意見を見ると、自民党支持者でも石破首相は辞めるべきではないという意見が62%占めている。現在の自民党は、自分の党の支持者の6割が辞める必要はないと考える首相を、辞めさせようと奔走していることになる。これはなぜだろうか。
 その理由は、自民党の支持者の中身が変質したためである。すなわち、自民党内の右派の支持者が自民党から離れ、現在、自民党支持者として残っている人々が保守内左派の人だけになった。図6は過去3回の選挙の時に、比例区で自民党に投票したと答えた人の政治傾向(保守度)の推移である。政治傾向とは図5での分布の平均値で保守の度合いを表す。

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 4年前の衆議院選挙で自民党に投票した588人の保守度は0.343であった。昨年の衆議院選挙の時の投票者(431人)の保守度は0.211に低下し、今年の参議院選挙の投票者(302人)では0.188にまで低下した。この間、比例区で自民党に投票する人の数は588人→431人→302人と一貫して減っており、得票率の減少とともに保守度は低下を続けた(0.343→0.211→0.188)。この調査で個人の政治傾向は変わっていないので、これは自民党の岩盤保守層が自民党から離れて他の党に移動したためと考えるしかない。
 この間、国民民主党や参政党が登場して自民党から有権者を奪っていった。参政党投票者の保守度は0.409、国民民主党への投票者の保守度は0.270で自民党支持者より高い。現在の自民党支持者は岩盤保守層が抜けてしまった保守層内の左派だけなのである。それゆえ彼らの意向を聞けば石破首相は辞めなくてよいという結果が得られる
 しかし、保守内の左派の支持だけでは自民党政権の展望は開けない。政権を取るためには保守層右派の票を取り返す必要があり、そのためには石破首相をより保守色の強い総裁に切り替えなければならない。そこで起きているのが現在の石破おろしの動きと理解することができる。

 その目論見は実現可能であろうか? 保守票の奪還に最も向いている候補と考えられる高市氏を例に挙げて考えてみよう。今回、自民党に入れなかった人に、参議院選挙でもし総理が高市氏だったら自民党に投票していたかどうかを聞いてみた。また、逆に今回自民党に入れた人に、総理が高市氏だったら自民党に入れるのをやめたかどうかも聞いてみた。高市氏は自民党内で最右派に属するため、嫌う人もいるからである。表1がその結果である。

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 今年の参議院選挙比例区で自民党に投票しなかった人はサンプル中に1609人いる。このうち総理が高市氏なら自民党に投票していたかと問われて、投票していたと「思う」+「やや思う」と答えた人は243人であった。率にすると15.1%であり、前回調査とほぼ同じ結果である。[v] 一方、比例区で自民党に投票した人は246人いるが、このうち、総理が高市氏だったら自民党に投票しなかったと「思う」+「やや思う」という人が78人いる。率にすると31.8%でかなり高い。高いのは現在の自民党の支持層が保守内左派になったためであろう。しかし、母数の違いが効いて、差し引きすると243-78で165人の増加となり、得票率は上昇する。自民党の得票率は13%(=246/(1609+246))から22%に約10ポイント上昇する計算になる。つまり得票数は2倍弱になる。人々は、思う+やや思うの回答通りに実際に行動するとは限らないが、変動幅は大きく、話半分としても5%ポイント上昇し、得票数は1.4倍程度になる。比例の得票率がこれだけ増えれば勝利と言ってよいだろう。この結果を見る限り、保守票の奪回はできそうである。

 どこから奪回するのか。これは、「高市氏なら自民党に投票していた」と答えた243人が実際に投票した先をみればわかる。図7がそれで、図7(a)は人数を、図7(b)はその党の投票者に占める割合を示したものである。

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 図7(a)を見ると参政党と国民主党が多くて、50~60人に達している。投票に行かなかった人も高市氏なら50人程度が高市氏に投票すると言っており、この3つで6割を占める。図7(b)の投票先での比率でみると、国民民主党・参政党がやはり高いが、保守党がさらに高くなっている。国民民主党の投票者の2割程度、参政党投票者の4割弱、そして保守党投票者の5割弱が高市氏が総理なら自民党に投票していたと答えている。この比率は非常に高い。自民党から離れた岩盤保守層が、国民民主、参政、保守の3党に移動していることをうかがわせる。高市氏が総裁になって選挙を戦えば保守票は取り戻せそうである。

 野党側としてはそれは避けたいところだろう。すでに参政党の登場で右派ポピュリズムへの警戒感は高まっている。今は保守票が分裂しているので大きな脅威になっていないが、高市氏のような人が出て保守票をまとめてしまうと脅威が倍加する。それを避けるためには石破政権が続いた方がありがたい。かくして野党は石破おろしをしないし、リベラル陣営は石破首相は辞める必要はないと言い続けていると考えられる。
 選挙で3連敗して過半数割れした保守政党の首相を、なぜリベラル陣営が辞めなくてよいと言うのか、また自民党支持層の6割の人が辞めなくてよいと言っている首相を、なぜ自民党議員が辞めさせようと奔走しているのか、一見すると不思議な事態もこのように考えると理解することができる。関係者は皆、それぞれ合理的に行動しているのである。

 ただ、皆が合理的に行動しているとしても、生じた結果が異例であり、ねじれていることに変わりはない。野党が選挙で敗れた与党の首相に対し、辞めないでよい、と言うのはどう考えてもおかしい。このようなねじれた事態はいずれなんらかのきっかけで解消されるだろう。今は、きっかけがあれば大きく状態が変わる不安定な均衡状態と考えられる。
 水は気体・液体・固体の3つの状態を取るが、圧力と温度によってはその3つの状態が共存する状態になり、臨界点と呼ばれる。臨界点の水はわずかショックで気体・液体・固体のどれかに移行する。今は、ちょうどその臨界点に似た状態にあると考えられる。このような状態は珍しく、記録に残す価値があると思って行ったのが本調査である。臨界点が崩れるきっかけが何になるかは石破首相次第であり、どうなるかいまはまったくわからない。

 最後に、感想を一つ述べる。関係者は皆、合理的に行動していると述べたが、1つだけ行動が理解しにくいグループがある。それは自民党内で石破氏を支える党内左派の人々の行動である。昨年の衆議院選、今年の参議院選で自民党内の右派議員の多くが落選し、自分たちの勢力が強まったのは良いが、同時に右派についていた支持者も自民党を去ってしまった。これは政権党としては自殺行為である。自民党は党内に右派と左派を支え、それぞれが交代で政権担当することで幅広い国民の支持を得てきた。長く続いた安倍政権は右派であり、その後に岸田政権が左派的な政策を取り入れた。次は右派に戻してバランスを取るのがこれまでの自民党らしい対応方法である。
 しかし、自民党内の左派はこれに抵抗しているように見える。支持者の保守度が下がり、リベラル寄りの人が増えて自分たちには都合が良いかもしれないが、その先に展望があるとは思えない。これ以上リベラル系有権者の支持を増やそうとすれば、リベラルの本家本元である立憲民主党の支持者を奪うしかなく、それは元々が保守政党である自民党には無理な相談である。ここから先どこに行こうとするのか、自民党内の左派の思惑が読めない。あるいは右派に主導権を渡した時の報復を恐れているのかもしれないが、そうだとすればコップの中の争いであり、国民から見ると小さな話である。







[i]   「参政党研究」の第一人者・古谷経衡氏が語る“支持者の本質” 「大半は人生で初めて投票に行く“無関心層”だが300万~500万票は動く」



[i]   石破内閣支持率 7ポイント上がり38% 不支持は45% NHK世論調査 | NHK | 選挙

[ii] 「石破降ろし」65%が反対◆ 自民支持層-時事通信8月世論調査【解説委員室から】(時事通信) - Yahoo!ニュース

[iii]  ただし、ウエイトから投票率を外しても数値が多少変わるだけで、結果の大勢に影響はない。

[iv] 参政党の支持者はどこから来たか?|Tatsuo Tanaka

[v] 参政党の支持者はどこから来たか?|Tatsuo Tanaka


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コメント

3
hiro
hiro

元々体感としてあったものが、数字として分析されていてよかったです。

mskkhk
mskkhk

素晴らしい分析であり納得感大。今後も楽しみにしています。

Tatsuo Tanaka
Tatsuo Tanaka

読んでいただき、ありがとうございます。これからも折に触れてつづけていきます

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2025年8月臨界点―石破政権はなぜ支持率が下がらないのか|Tatsuo Tanaka
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