198.第6章「平成の東映」
第8節 東映アニメの国際展開 泊懋(つとむ)編
1993年4月、東映の常務取締役の泊懋(つとむ)が東映動画代表取締役社長に、これまで社長を務めて来た今田智憲は取締役会長に就任します。
6月、東映で岡田茂が代表取締役会長となり、専務取締役の高岩淡が新たに代表取締役社長になりました。
4. 泊社長時代の主な出来事
泊は今田の路線を引き継ぎ、マーチャンダイズ、海外販売、自社制作、デジタル推進、イベント事業をより積極的に進めて行き、泊社長時代、東映動画は大きく発展します。
『ドラゴンボールZ』や「美少女戦士セーラームーンシリーズ」『SLAM DUNK』などの大ヒットで東映動画の収益が拡大。
1994年には、新宿区横寺町にあった土地付き建物を文化放送より購入し、新宿オフィスを構えました。
1995年には、次世代人材の育成を目指し、お茶の水に東映アニメーション研究所を創設します。
この年、過去最大の国内版権収入を記録、翌1996年には40周年記念パーティーを盛大に挙行しました。
1998年10月、国内外での今後を鑑み東映動画は東映アニメーションに商号変更します。
2000年12月、東映アニメーションはアニメ製作会社として初めて東京証券取引所に店頭上場しました。
5. 泊社長時代の海外展開
今田の自社による海外営業路線を踏襲した泊は、積極的に海外展開を図ります。
東映動画国際部は1986年に日本で公開した『劇場版 北斗の拳(Fist of the North Star)』を、ストリームライン・ピクチャーズに販売しました。
スト社による英語吹き替え版は、1991年に北米で最初に公開され、1994年にはマンガ・エンターテインメントによってヨーロッパとオーストラリアで公開されます。
〇 「美少女戦士セーラームーン(Sailor Moon)」海外ファン人気拡大
1995年、DICプロダクションズ(現ワイルドブレイン)、シーガル・エンターテインメント、サックス・フィンリー・メディアは、『美少女戦士セーラームーン(Sailor Moon)』の最初の2シーズンの英語版を北米でリリースするライセンスを取得しました。
カナダのオプティマム・プロダクションズが英語吹き替え版を制作し、8月28日にカナダのYTVで初放送されます。
続いて9月11日からアメリカのおよそ80局で放映が始まりました。
アメリカでの放映時間の問題もあり、第2シーズンの『美少女戦士セーラームーンR(Sailor Moon R)』16話で、残念ながら放映が打ち切られます。
しかし、ファンによる嘆願書が作成され、ゼネラル・ミルズ社のスポンサードによって1997年6月9日からUSAネットワークで再放送が始まりました。
17話から残りの英語吹き替え版の制作も再開し、9月20日から11月21日までカナダYTVで放送されました。
1998年6月1日からは、アメリカカートゥーン ネットワークの平日午後の番組枠である「Toonami」でシリーズの再放送が始まります。
1999年、クローバーウェイ社が吹き替え版を制作したオプティマム・プロダクションズと契約を結び、『美少女戦士セーラームーンS(Sailor Moon S)』と『美少女戦士セーラームーンSuperS(Sailor Moon SuperS)』の英語版を制作。カナダではYTVで、後にアメリカの「Toonami」で放送され2002年9月13日まで続きました。
熱心なファンたちにより復活した「美少女戦士セーラームーン(Sailor Moon)」は、アメリカでも長きにわたり愛されます。
〇 『ドラゴンボール Z(Dragon Ball Z)』海外ファン大人気獲得
1989年にハーモニー・ゴールドUSAは『ドラゴンボール(Dragon Ball)』の北米での権利を取得し、5話分と劇場版1作のほぼ全てのキャラクターの名前を変更し、吹き替え版を制作しましたが、テスト放映で終わりました。
その後、1992年から1994年までハワイに拠点がある日本ゴールデンネットワークが字幕版を放映します。
1994年に東映プロデューサーの堀長文の甥の日系人ゲン・フクナガは、堀から『ドラゴンボール(Dragon Ball)』の北米の配給ライセンスを取得の提案があり、ファニメーション・プロダクション(現・クランチロールLLC)を立ち上げ、バンクーバーで映画吹き替え版を制作しました。
『美少女戦士セーラームーン(Sailor Moon)』の全米放映が始まった1995年9月、続いて『ドラゴンボール(Dragon Ball)』の全米放映が開始しますが、視聴率が振るわなかったことで13話で打ち切りとなります。
1996年、『ドラゴンボール Z(Dragon Ball Z)』の北米配給ライセンスを取得したファニメーションはサバン・エンターテインメントと協力し英語吹き替え版を制作、9月から全米に放映を開始すると高視聴率を獲得しました。
しかし、サバンの都合で2シーズン終了後の1998年に米国版制作が中止に至ります。
その後カートゥーン ネットワークにて『ドラゴンボール Z(Dragon Ball Z)』の再放送を「TOONAMI」でスタートすると、瞬く間に当時カートゥーン ネットワークの最高視聴率を記録し、ファニメーションはサバン抜きで追加の吹き替え版を制作しました。
この成功を受け、『ドラゴンボール(Dragon Ball)』を再吹き替えしてカートゥーン ネットワークで2001年8月20日から2003年12月1日まで放送し人気を呼びます。
ファニメーションの『ドラゴンボール Z(Dragon Ball Z)』吹き替え版は、カナダ、アイルランド、イギリス、オランダ、ベルギー、オーストラリア、ニュージーランドでも放送され各国で大ヒットしました。
フランスでは、1995年にフランス国営テレビTF1「Club Dorothée(クラブ・ドロテ)」の人気投票で第1位が『ドラゴンボールZ』、第2位に『美少女戦士セーラームーン』が選出されました。
『ドラゴンボール Z』はその後、フランス全土で劇場版が公開され、10月『復活のフュージョン!!悟空とベジータ』と『龍拳爆発!!悟空がやらねば誰がやる』が111館、1996年10月『危険なふたり!超戦士はねむれない』と『超戦士撃破!!勝つのはオレだ』が124館で封切られ大ヒットします。
〇 香港にTOEI ANIMATION ENTERPRISES設立 アジア営業拡大
アジア市場での販売拡大を目指し、1997年3月、香港にてANIMATION INTERNATINAL LTD.と共同で、放映権・商品化権の在香港販売子会社TOEI ANIMATION ENTERPRISES LTD. (現連結子会社)を設立しました。
この会社を起点に、韓国、中国、香港、台湾、インドネシア、シンガポール、タイなど東アジア諸国に営業を進めて行きます。
1999年7月16日から中国の52のテレビ局で『ドラゴンボール(龙珠超)』が、続いて2001年3月からは『デジモンアドベンチャー(数码宝贝大冒险)』も約60の局で放映が始まりました。
韓国では、2001年10月に衛星放送のアニメ専門チャンネル㈱大元デジタル放送に出資します。
2008年12月には株式を追加取得し、100%子会社となりました。
〇 『デジモンアドベンチャー(Digimon: Digital Monsters)』アメリカでブレイク
1999年、サバン・エンターテインメントは、『デジモンアドベンチャー』の北米ライセンスを取得し、『Digimon: Digital Monsters』というタイトルで英語版を制作。8月14日からFox Kids Networkで放送が始まり、カナダでもYTVで放送され、大人気を博します。
2000年10月6日から、劇場版の『デジモンアドベンチャー』(細田守監督)と 『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(細田守監督)、『デジモンアドベンチャー02 前編・デジモンハリケーン上陸!! 後編・超絶進化!!黄金のデジメンタル』(山内重保監督)の3作を合体した『Digimon: The Movie』が全米1822館で公開され、3日間で全米第5位の興行成績を記録する大ヒットとなりました。この劇場版は、世界各国でも公開され人気を集めます。
英語吹き替え版テレビシリーズ『Digimon: Digital Monsters』は、2000年に20世紀フォックス(サバンの親会社)に、2002年にはブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメントによってDVDでリリースされました。
2002年9月、4キッズ・エンターテインメントにライセンスした『キン肉マンⅡ世(Ultimate Muscle: The Kinnikuman Legacy)』全51話の放映がFoxBoxにて開始します。
人気を博し、アメリカ向けの続編13話を制作し、2003年10月18日から同じくFoxBoxで放映されました。
泊社長時代、「美少女戦士セーラームーン」「ドラゴンボールZ」「デジモンアドベンチャー」などのテレビシリーズ作品を通じ、世界中に日本製アニメのファンを拡大します。
2003年6月、泊懋社長は代表取締役会長、テレビ朝日出身で2002年に入社した専務取締役の高橋浩が代表取締役社長に就任します。
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