弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

交渉中の「退職はやむを得ない」という発言が退職の意思表示とは認められなかった例

1.退職条件をめぐる交渉

 違法不当な解雇が行われた場合にも、条件によっては退職を受け入れても構わないと考えている労働者がいます。このような事案では、解雇の無効を主張しつつ、退職条件に向けた交渉をして行くことがあります。

 時々、この退職条件に向けた交渉の中での言葉尻を捉え、「退職の意思表示を受けた」などと主張し出し、交渉の場を破壊する使用者がいます。

 しかし、こうした揚げ足取り的な手法が、裁判所で是認されることは先ずないように思います。近時公刊された判例集にも、交渉中の退職を受け入れるかのような言動について退職の意思表示であることを否定した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、

東京地判令6.12.12労働判例1332-37 オフィス・デヴィ・スカルノ事件です。

2.オフィス・デヴィ・スカルノ事件

 本件で被告になったのは、芸能タレントのマネジメントやプロモート等を主な業務とする株式会社です。

 原告になったのは、

被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、ブログやSNSのを含むさまざまな文書の原稿作成等の業務を担当していた方

被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、被告代表者のマネージャー業務に従事していた方

の二名です。

 被告から退職扱いされたことを受け、地位確認を請求するとともに、未払残業代等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本日、注目したいのは、地位確認請求との関係です。

 被告は交渉中の「退職はやむを得ない」「復職することは現実的でない」などの言動を踏まえ、合意退職の成立を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、合意退職の成立を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、令和3年3月12日に原告aと電話協議を行った際、原告aは同月20日付けで退職することを合意した旨主張する。」

「しかしながら、前記認定によれば、原告aは、同年2月28日以降、被告と退職条件をめぐる交渉を行う中で、有給休暇の買い取り、未払残業代の支払、慰謝料の支払を要求しており・・・、また、同年3月12日にも、これを前提とした話し合いがされ、原告aは、被告の代理人弁護士に対し、同月20日付けで退職することはやむを得ないとしつつも、金銭解決の要望を伝え、被告の代理人弁護士も、ソフトランディングが一番良いと考えている旨を述べ・・・、原告aの上記要望を検討する姿勢を見せていたところである。そうすると、原告aが退職はやむを得ない旨述べたのは、同年2月12日の出来事があった以上、被告に復職することは現実的ではないとの認識の下、退職条件に関する協議を行う過程で、納得できる退職条件が示されれば被告を退職するとの考えを述べたにとどまるものというべきであり、金銭的条件について合意に至らない状況で被告を退職するとの意思表示をしたとは認められない。

「したがって、原告aと被告が金銭的条件について合意に至っていない本件においては、原告aが被告を合意退職したとはいえず、被告の上記主張は採用できない。」

「被告は、原告aが平成30年12月20日や令和2年6月頃に提出した退職願に基づく退職の申入れについて、令和3年2月14日に被告代表者が承諾した旨主張する。」

「しかしながら、これらの退職の申入れの後、原告aは、被告代表者との話し合いの末、勤務を継続している・・・のであり、上記の退職届に基づく退職の申入れは、原告aと被告代表者との間で既に撤回されたものと扱われていたというべきである。被告の上記主張は採用できない。」

(中略)

「被告は、令和3年3月4日に原告bと電話協議を行った際、原告bは同月20日付けで退職することを合意した旨主張する。」

「しかしながら、前記認定によれば、原告bは、同月4日の電話協議において、退職はやむを得ないが、金銭面での問題が残っている旨を述べたのに対し、被告の代理人弁護士は、要望があれば書面で提出してほしい旨を伝え・・・、また、同月5日の協議でも、原告bは、給与1年分の解決金等の支払を求め、被告の代理人弁護士は、同月20日までの給与相当額を支払うとの提案をする・・・など、金銭面での交渉を行っていたところである。そうすると、原告bが退職はやむを得ない旨述べたのは、同年2月12日の出来事があった以上、被告に復職することは現実的ではないとの認識の下、退職条件に関する協議を行う過程で、納得できる退職条件が示されれば被告を退職するとの考えを述べたにとどまるものというべきであり、金銭的条件について合意に至らない状況で被告を退職するとの意思表示をしたとは認められない。

「したがって、原告bと被告が金銭的条件について合意に至っていない本件においては、原告bが被告を合意退職したとはいえず、被告の上記主張は採用できない。」

「被告は、原告bが令和3年1月頃にした退職の意思表示について、被告において、後任のマネージャーが見つかり次第、原告bの退職を認める旨の条件付きの承諾をしていたところ、被告が令和3年2月14日にその期限の利益を放棄したから、原告bは被告を合意退職したとも主張する。」

「しかしながら、本件全証拠を精査しても、被告が、原告bの退職について、上記のような条件付きの承諾をしていたといえるような事情は見当たらないし、また、原告bは、過去に被告を退職するとの意思表示を示したことがあったものの、その後、被告代表者との話し合いの末、勤務を継続している・・・のであり、原告bの退職の意思表示は、原告bと被告代表者との間で既に撤回されたものと扱われていたというべきである。被告の上記主張は採用できない。」

3.意味のない揚げ足取り

 この種の揚げ足取りが裁判で奏功することは先ずないように思います。また、こうした交渉態度をとられると、労働者側としても本音ベースでの建設的な話し合いは不可能であると判断せざるを得ません。成果にも繋がらず、訴訟外での話し合いの場をつぶすだけで何のメリットがあるのか良く分かりません。

 こうした誰の利益のもならない揚げ足取りは、今後行われなくなると良いと思います。